2004年39号 第218話

【前回まで】
右手を折られた烈 海王は多彩な足技で寂 海王を追い詰めていく。その技の数々に寂は感じ入り、烈を日本へ連れて行くために敗けられないと決意を新たにした。

 おヒゲの抜けた寂海王に電話がかかってきた。黒電話を盆に載せてやって来
た大会スタッフのアゴヒゲを指に巻いて遊びながら、寂は受話器をとった。
「もしもし、寂だけど」
「カンチョサン、クーケンドーノドージョー、ツブレチャッタヨー」
「なんだって!」
 寂はスタッフのアゴヒゲを全部むしり抜いた。悶絶するスタッフに中指を立
てて、自分と試合中の烈海王を振り返って言った。
「烈さん、ちょっと日本へ行ってくる。しばらく待っていてくれたまえ!」
「あい」
 見送る烈に手を振って、寂は闘技場を飛び出した。日本の空港に到着すると、
休む間もなく空拳道の東京本部に向かった。
「カンチョサン、オカエリー」
 本部ビルの前にインド人の門下生が立って、一心不乱にカレーを食い続けて
いる。インド人の頭上には、空拳道の大看板がかかっていた。
「なんだ、潰れてなんかいないじゃないか」
「ナカニハイレバ、ワカルヨー」
 インド人に言われて、寂はビルの自動ドアを潜った。とたんに刺すような臭
気が寂の鼻を突いた。
「ウホ?」
 ビルの中は密林のジャングルだった。大きなゴリラがバナナをくわえて寂を
キョトンと見つめている。寂はゴリラと見つめ合って、やがて群がるハエを手
で払って外に出た。しばらく黙って考え込んで、インド人に尋ねた。
「なんだこれは」
「ゴリラノパラダイスヨー」
「そうか。地方の支部はどうなっているんだ」
「ワカンナイヨー」
「大阪支部を見てくる。お前はとりあえず家に帰って待機していろ」
「カンチョサン、カレーイリマセンカー?」
「いらん」


 寂は大阪支部にやって来た。フランス人の門下生が寂を出迎えた。やはりカ
レーを頬張っている。
「カンチョサン、コレハカレーデスヨー。アナコンダジャナイデスヨー」
「んなこた聞いとらん。道場が潰れたらしいんだが、ここはどうなってる?」
「パソコンショップヨー」
「そうか、やはりダメか」
 寂は窓からビルの中をのぞき込んだ。フロアの真ん中に大きな上皿天秤が置
いてあって、片方の皿にパソコンが載っている。白衣を着た老人がもう一方の
皿に岩を落とすと、パソコンは高く投げ出されて天井に激突してバラバラにな
った。同じく白衣を着た若い男がその様子を観察して、真面目な顔でレポート
用紙に文字を書き込んでいる。老人が寂に気づいて窓を睨むと、寂はあわてて
首を引っ込めてフランス人に質問した。
「ねえ、あいつら何やってんの?」
「ダカラ、パソコンショップヨー」
「ああそう。ワシ、他の支部にも行ってみるわ」
「カンチョサン、カレータベタガッテルネー」
「いらん!」


 どこの支部も似たような有様だった。肩を落として中国に戻ると、闘技場で
は烈がカレーを食いながら待っていた。寂は日本での顛末を烈に説明した。
「という訳だ。残念ながら、あなたを日本へ呼ぶ理由はなくなった。すまない」
「バカモーン!」
 烈は寂のズボンを引っ張って、あつあつのカレーを流し込んだ。
「もの凄くあつーい!」
「道場が潰れたぐらいであきらめたら、彼らの未来は一体どうなる!」
 烈の合図で、闘技場の奥から二人の若者が歩いてきた。カレーまみれの寂の
目が、二人を見て大きく見開かれた。
「カンチョサン、ボク、カレーモクーケンドーモツヅケルヨー」
「カンチョサン、カレータベテ、ボクニオカネハラウヨー」
「お、お前たち!」
 門下生のインド人とフランス人だった。大盛りのカレー皿を両手に持ってい
る。烈もカレーを食べている。なんかもうカレー臭くてしょうがなかった。


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