
2004年36+37号
第216話
【前回まで】
寂 海王は2度までも握手を求め、そこから攻撃をするが、烈 海王はそれに対してことごとく反撃をしてのけた。更に握手を求める寂。それに応えた烈は遂に寂の術中にはまってしまう!!
寂の一本背負いが決まった。相手の誘いにみすみす乗って手痛い痛棒を食っ
た烈を目の当たりにしても、郭海皇に慌てた様子はまったくなかった。
「ふあーあ」
郭は大きく伸びをして、ヤスリで爪の手入れを始めた。郭の隣で試合を観戦
していた範海王が、遠慮がちに郭を諌めた。
「郭老師。烈殿のピンチなのですから、少しは応援してさしあげないと……」
「なに、烈君は勝つよ」
郭は範の顔を見ずに答えた。爪の粉を吹き飛ばして仕上がり具合を丹念に改
めて、確信に満ちた口調で続けた。
「烈君の実力は、君もよく知っているだろう。彼が闘いに敗れる様を、君は想
像できるかね?」
「……確かに」
その通りだ。これほどまでに郭に信頼された烈の強さが、範は羨ましかった。
そして自分は一体どれだけ郭に認められているのだろうかと、ふと考えた。
開け放した闘技場の窓から風が吹いた。郭のかぶっていた帽子が飛ばされて、
後方の通路まで転がっていった。
範は立ち上がって通路に向かった。床の帽子を拾い上げようとすると、帽子
は範から逃げるように横に動いた。怪訝な顔をしてもう一度手を伸ばすと、や
はり帽子は動いてその手をすり抜けた。範は通路に屈み込んで、息を殺して帽
子に近づいていった。
「それっ」
今度は逃がさなかった。範は押さえつけた帽子の端をめくって中を見て、そ
れから両手で優しく拾い上げて試合場に戻った。
「郭老師、この者が老師の帽子をかぶっておりましたぞ」
いたずらっぽい笑みを浮かべて、範は帽子を手渡した。二つに畳んだ帽子を
郭が開くと、小さな雛鳥が顔を出した。郭は思わず目を細めて、赤子をあやす
ような声をあげた。
「おうおう、親とはぐれたのか? かわいそうに」
郭は雛鳥のさえずりに耳を傾けて、そして大きく頷いた。
「お主の巣は裏山にあると。よろしい、ワシらが連れて行ってしんぜよう」
「老師は鳥の言葉が分かるのですか?」
郭はカラカラと笑うばかりである。驚く範と共に闘技場を出て裏山を登った。
郭は木漏れ日の降り注ぐ林の中で足を止め、一本の木を見上げた。30メート
ルはあろうかというブナの木だった。郭は雛鳥を抱いたままその場にしゃがみ
こんで、大地を蹴って一気に跳躍した。
「とう!」
木の中程の太い枝まで達した。枝のしなりを利用してさらにもう一度、わず
か二回の跳躍でてっぺんまで登りきった。雛鳥を巣に戻してやると、そこへ親
鳥が飛んできた。雛鳥は他の雛鳥に混じって、親鳥の与えるエサをおいしそう
についばんでいる。
「元気に育てよ、雛鳥!」
雛鳥に別れを告げて山を下りた。闘技場への帰り道、範が郭に話しかけた。
「先ほどの跳躍、お見事でした」
「いやいや。烈君だったら一息で登りきっているところじゃよ」
「そういえば、そろそろ試合も終わっている頃ですな」
「ああ。烈君の勝利の瞬間に立ち会えなかったのは残念じゃが」
「なーに。あの烈殿のこと、一勝では飽き足らずに今頃勇次郎相手に闘ってい
るかもしれませんぞ」
「ははははは。まあ誰が相手であろうと、烈君は負けはせんがのう」
「そうですとも! 烈殿に限って、まさか試合に負けるなんてことは!」
二人は闘技場に戻ってきた。中国軍のベンチに深々と腰かけて、卒倒しそう
なくらいにふんぞり返った。
「烈君が負けるはずはないんじゃ! のう烈君!」
烈は仁王立ちで寂を見下ろしていた。寂は首まで地面に埋まって気を失って
いた。口から血の色のアブクを吹いて、頭の上に中国の国旗が刺さっている。
烈の圧倒的な大勝利であった。
「負けろやー!」
郭と範は同時に椅子ごとひっくり返った。あれだけ長い前フリも、一生懸命
考えたリアクションも、ぜーんぶ無駄になってしまった。
烈も少しは空気を読めよ。
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