
2004年33号 第213話
【前回まで】
「海皇」の息子・春成と「地上最強の生物」の息子・刃牙。最強の血を引く2人の息子が激突。ベストコンディションである刃牙は、春成をわずか2秒で一蹴してしまったッッ!!
寂海王はとても奥ゆかしい。日々の修行でも決してでしゃばることなく、新
人の指導は弟子に任せて自分は寝てばかりいる。二万人目の門下生をディズニ
ーランドに招待した時も、ずっとベンチに座っていた。
「先生ー! ダンボダンボー!」
「ははははは」
一人でダンボに乗って大はしゃぎする門下生に笑って手を振った。一緒に遊
びたい衝動をぐっと抑えて、通りがかりのミッキーをつかまえて空拳道の稽古
に余念のない寂である。
そんな寂だから、勧誘用のパンフレットにも絶対に顔は晒さない。去年のパ
ンフレットには自分の写真の代わりに本部以蔵の写真を貼り付けた。
「先生! 寂先生!」
「じゃく? ワシ、本部ー」
「寂先生! 今すぐ空拳道を教えて下さい!」
「くーけんどー? なーにー?」
「こうですか! 先生、空拳道ってこうですか!」
「わかんなーい」
「寂先生、自分を弟子にして下さい!」
「えーよー」
「いえー!」
ホームレス風情に弟子をとられた。それでも寂に不満はない。神心会が自社
ビルを建てても死刑囚が日本に集まっても、寂は不動の心で己の道を歩き続け
る。とても奥ゆかしい。
対抗戦第三試合。寂と烈海王が激しく火花を散らす試合場に、日本人観光客
の集団がフェンスを越えてなだれ込んできた。チラシと烈の顔を交互に見比べ
て、烈を取り囲んで地べたに這いつくばった。
「寂先生! こんなところにいらっしゃいましたか!」
「寂先生! 大擂台賽の首尾はいかがでございますか!」
「寂先生! 自分を背負って水面を走って下さい!」
空拳道の入門希望者だ。今年の勧誘用パンフレットには、ヌンチャクを振り
回す烈の写真がでっかく掲載されていた。基本的に人の頼みは断れない烈であ
るが、いくらなんでも空拳道は教えられない。寂に助けを求めると、寂は満面
に笑みを浮かべてプルプルと首を振った。お前に任せた、ということだ。
「いや、プルプルじゃなくて。これ全部アンタのファンなんだろ?」
「ははははは。いいからいいから」
寂は奥ゆかしい人なので、公衆の面前でチヤホヤされるされることを好まな
い。人違いに気づかない入門希望者に腹を立てることもなく、腕を組んで成り
行きを見守っている。
「寂先生! 先生の空拳道で、自分に夢を見させて下さい!」
「寂先生! いきなり一番弟子にして下さい!」
「寂先生! 劉海王の葬式はぶわーっと派手にやりましょう!」
烈はだんだん腹が立ってきた。日本の海王なんかと間違われて気分のよい筈
はない。懐からヌンチャクを取り出して、男達の横面を片っ端から殴りつけた。
「いい加減にしなさーい!」
殴られた男が血ヘドをはいて倒れる様を見て、他の男達は心底嬉しそうに手
を叩いた。
「出ました! 必殺の空拳道!」
「すごーい! 白林寺サイコー!」
「貴様も死ねー!」
「寂先生! 自分にもキツーイ空拳道をお願いします!」
「寂先生! 救命阿って言って下さい! せーの、救命阿!」
「貴様は何だ」
一人、明らかに異質な発言を繰り返す奴がいる。烈はそいつの髪の毛をふん
捕まえて、ドスのきいた口調で問いかけた。
「私が烈海王だって、絶対分かってるよな? 私のこと馬鹿にしてんの?」
「はい! 寂先生の差し金です!」
「寂ー! てめー!」
烈が血相変えて振り返った先に、寂の姿はなかった。面倒事に巻き込まれる
のはまっぴらなので、控え室のベッドに潜って高いびきをかいていた。
いやー、寂先生ってば奥ゆかしい。
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