2004年26号

 オリバの打ち下ろしをまともに喰らって、龍くんはたまらず尻もちをついた。
「どうじゃ龍さん! ワシの強さ、思い知ったか!」
 と叫んで大見得を切ったオリバは、オリバではなかった。白くて長いアゴヒ
ゲをたくわえた、見たことも無いじいさんだった。
「なんの、まだまだ勝負はこれからじゃい!」
 そう言って起き上がった龍くんも龍くんではなく、闘技場近くの八百屋のご
主人だった。こちらは毎朝闘技場に新鮮な野菜を届けに来るので、大会関係者
にも顔を知られている。
 龍くんがお返しにオリバの肩を両手で小突くと、オリバはじいさんなのでい
とも簡単にすっ転んだ。倒れたオリバに馬乗りになって、オリバの皺くちゃの
顔をポコスカ殴りつけた。
「オリバさん、助太刀するよ!」
 龍くんの前に範海王が立ちはだかった。範は町の婦人会の副会長を務めるお
ばちゃんであった。昨日龍くんの八百屋で買ったトマトが虫食いだらけだった
事にひどく腹を立てているので、敵とか味方とかどうでもよくなっている。
「うぬぬ、三対一とは卑怯な! 範も烈も、まとめてワシが葬ってくれる!」
 龍くんは怯まない。婦人会のババア連中が店の前にウンコ座りになって長話
をするので、他の客がちっとも寄り付かない。いつか文句を言ってやろうと、
ずっとチャンスを窺っていたのだ。
 龍くんは今、三対一と言った。範がおぶっている赤ん坊が、どうやら烈海王
らしい。範の後頭部を面白そうにペシペシはたいて、打岩の修行に余念が無い。
「ちょっと待ってくれよ!」
 日米軍の陣営にいた刃牙が立ち上がった。地元の中学に進学したばかりの若
き刃牙は、大人たちの私情にまみれた汚い駆け引きを許すことができなかった。
「範さんは、龍さんの味方なんだろ! 龍さんを裏切ってオリバさんの味方に
なったって、そんなのオリバさんはちっとも喜びゃしないよ!」
「息子の言う通りですよ。百年に一度の大擂台賽なんだから、最低限のルール
はキチンと守って楽しくやりましょうよ」
 いかにもサエないサラリーマン風の勇次郎が、後ろ髪の寝グセを押さえつけ
ながらボソボソと言った。勇次郎も刃牙も知らないことだが、実は刃牙は妻と
オリバじいさんとの間にできた子だ。
「うっさいわね! そんなにルールが大事なら、まず刃牙ちゃんに本当の事を
教えてあげなさいよ!」
「本当の事って、一体なんの話ですか?」
「知らなきゃいいのよ。そんなボンクラだからカミさんをオリバに寝取られん
のよ」
「そ、それは聞き捨てならないなあ! オリバさんがそんなひどい真似する訳
ないじゃないですか!」
「まあまあ、ケンカはそれぐらいにして」
 春成がでっぷり太った巨体をゆすって、範と勇次郎の仲裁に入った。春成は
警察官なので、不測の事態に備えて大会中も制服に身を包んでいる。
「今はオリバさんと龍さんの試合中なんだから、関係ない人はおとなしくして
るように。はい、戻った戻った!」
 そう言って範を中国軍サイドに押しやろうとした拍子に、ピチピチの制服の
ボタンとファスナーが弾け飛んで、パンツ一丁のあられもない姿になった。
「あ!」
 範が春成のパンツを見て絶叫した。どうやら範のズロースだったらしい。
「どーも最近下着がなくなると思ったら、アンタが下着ドロだったのかい!」
「ブヒー!」
 春成、逆ギレ! ずり落ちたズボンから拳銃を引き抜いてメチャクチャに乱
射した流れ弾の一発が龍くんの頬をかすめて、真後ろの壁際のカカシに命中し
た。カカシには貼り紙で『寂海王』と書いてあった。
「やりやがったな! 死ね!」
 龍くんは春成に腐ったトマトを投げつけた。春成も負けじと銃で応戦する。
範が春成をボロクソになじる背中で烈が火がついたように泣き出して、オリバ
が頬に止まった蚊を手の平でピシャリと叩き潰した。蚊のミスターは死んだ。
「あんた達、いい加減にしなさーい!」
 トイレから帰ってきた郭海皇が大喝した。郭は水着姿のキャンギャルだった。
「か、郭老師!」
 真打ち登場! どうなる大擂台賽!?


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