
2004年14号 第200話
【前回まで】
100年に1度開催される中国最大の武術大会・大擂台賽。一回戦初戦で敗れた師・劉 海王への想いを胸に擂台へと向かう烈 海王の対戦相手は…!?
下っ端のハゲから呼び出しを食らったものの、汗まみれの身体では人前にな
んか出られない。烈海王は闘技場には直行せず、タオルと真新しいパンツをぶ
ら下げてシャワー室へ向かった。対戦相手はどっかの海王だということだが、
二〜三時間待たせたところで天下の烈様に文句を垂れる度胸のあるはずもない。
ほっとけ。
シャワー室には先客がいた。オリバである。ばかデカい上半身が窮屈だった
のか、両側の仕切り板をぶち抜いて気持ちよさそうに熱湯を頭から浴びている。
そのオリバのケツを目の当たりにして、烈は雷に打たれたように立ちすくんだ。
この男の站椿、並ではない……!
站椿(タントウ)には、決まった型というものはない。烈のようにポーズを
決めて微動だにしない站椿もあれば、経営に行き詰って遺書をしたためる中小
企業の社長の指先にも站椿を見出す事もある。要するに、烈が「これは站椿」
と感じたものは、すべて站椿なのだ。
今、烈はオリバのケツに問答無用の站椿を見た。思わぬ強敵の出現に、しか
し烈はひるまない。俺も負けてはいられない!
ドンと足を踏み鳴らし、オリバの背中に向かって站椿をおっ始めた。烈に気
づいているのかいないのか、オリバが口笛を吹きながらボディソープを体にふ
りまき、使い終わった容器を烈の頭の上に置いた。
それでも烈に動揺は見られない。站椿の型はいささかも崩れない。
膠着状態から20分。オリバはシャワーを止めて、烈の頭上の容器をつかんで
シャワー室から出て行った。シャワー室の扉が閉まると、烈はようやく緊張か
ら解き放たれた。
「勝った……!」
オリバは逃げた。自分の站椿が、オリバの強大なケツ站椿に打ち勝ったのだ!
烈は意気揚々とシャワー室を後にした。結局シャワーは浴びていない。
通路の向こうから、観客とおぼしき婦人が歩いてきた。子供連れだ。ポテト
チップをむさぼり食うクソガキと目が合った瞬間、烈はまたもや大きな衝撃を
受けた。
そのポテトチップ、站椿の中の站椿だ……!
ポテトチップは人間じゃねーだろ、などと言うなかれ。物にだって站椿はあ
る。あまりジャガイモをなめないでいただきたい。
ガキとポテトチップを交互に睨み付け、烈はガキの行く手を阻むかのように
站椿の型を取って、ポテトチップに対抗した。
死んだような目をしてポテトチップを食い続けていたガキだが、ふいにその
一枚を烈の口の中にねじ込んだ。サクっと軽快な音を立てて、烈はポテトチッ
プを噛み砕いた。ゴクリと呑み込んだ烈の鬼の形相が、みるみる泣き顔へと変
わった。
「負けた……!」
烈は床に膝をついた。よく分からないが、烈が負けだと言ったら負けなのだ。
これで一勝一敗。まあ五分の成績なら御の字だということで、気持ちを切り替
えていい加減闘技場に顔を出してやることにした。
対戦相手は孫海王。顔にも技にも特徴のない、まあ空気みたいな海王だ。
烈は孫の全身をなめ回すようにチェックした。臭いもかいだ。手相も見た。
この男から站椿はまったく感じられない。途端に烈はやる気を失った。站椿の
かけらもない雑魚と試合なんかやってらんね。かーえろ。
くるりと踵を返して入場口へ戻りかけた烈の足が、その時ピタリと止まった。
客席を巡回中のビールの売り子が、ジャラジャラとつり銭を数えている。
それが、その小銭こそが真の站椿だ!
客席に躍り上がった烈が、站椿のポーズで売り子の眼前に立ちはだかった。
ただし、今回は手にザルを持っている。
烈vs小銭の息詰まる熱戦に、観客がこぞっておひねりを投げつける。またた
く間に、烈のザルはおひねりでいっぱいになった。
「勝った……!」
站椿つっても、結局はお金なんですよ。世の中って汚いですね。
次号
前号
TOPへ