2004年11号

「親父……話がある」
 刃牙は勇次郎にケツを向けて、壁に向かってブツブツ喋り始めた。勇次郎に
面と向かって啖呵を切るなんて恐ろしいこと、チキンの刃牙にはちょっとでき
ない。
「なんでありますか、バキくん」
 勇次郎は床に正座をして、刃牙の話を全面的に受け入れる姿勢を示している
のだが、刃牙の目には壁しか映っていない。
 範馬親子の溝は深い。


「えいやー!」
 闘技場では、陳海王と寂海王がせっかくの大擂台賽だというので客の前で試
合なんかやっちゃってる。陳が右足で床を力いっぱい踏みつけるとコンクリー
トが粉々になって、そこだけ土の地肌がむき出しになった。
「よいしょー!」
 寂も負けじと、右手につかんでいた巨大な馬糞を後方の客席目がけて力いっ
ぱい投げつけた。周囲の客があわてて避難したので、そこだけ緑色のシートが
むき出しになった。ここまでの闘いは全くの互角だ。


「親父……話がある」
 刃牙は勇次郎のズボンのケツ側に頭を突っ込んで、何やらモガモガうなって
いる。勇次郎との距離はずいぶん縮まったようだが、まだ顔は合わせられない。
「だから、なんでありますか、バキくん」
 勇次郎は立ち上がっている。ケツ側の刃牙が苦しくないようにとの慈愛に満
ちた配慮であるが、前が見えない刃牙は勇次郎に感謝するどころではない。勇
次郎が歩き出したので、刃牙も引きずられるように勇次郎の後をついて行った。
範馬親子の溝は一向に埋まらない。


「んもー!」
 闘技場の陳が床に漬物石を置いて、その上にねりわさびのチューブを置いた。
左足で力いっぱい踏みつけると、チューブはそのままで漬物石だけが真っ二つ
に割れた。陳が寂を見て、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
 そこへ勇次郎と刃牙がやって来た。ズボンに首を突っ込んでいるのでおじぎ
をした格好の刃牙の背中に、寂はスイカを置いて右の拳を力いっぱい振り下ろ
した。
「どしぇー!」
 スイカは割れずに、刃牙の背骨だけが真っ二つに折れた。勇次郎のケツから
刃牙の首が抜けた。もんどり打って仰向けに倒れた刃牙の顔を、勇次郎が覗き
込んだ。刃牙と勇次郎の目が合った!
「話とは、一体なんでありますか、バキくん」
「親父……話が……あ……」
 刃牙は意識を失った。それでも勇次郎は刃牙の顔を覗き込んでいる。
 陳と寂は、無言で範馬親子を見守っている。闘技場の照明が落ちてあたりに
闇が垂れ込めた。重たい沈黙が闘技場を包み込んだ。
 陳海王vs寂海王、たぶん引き分け。


次号
前号

TOPへ