2004年10号 第197話

【前回まで】
100年に1度開催される中国最大の武術大会・大擂台賽。ドリアンの付き人をしていたオリバが楊 海王と闘うことになり、その自慢の怪力で楊をつぶしてしまった…!!

 ただの一押しで楊海王を屠ったオリバが、静まり返った観客を意にも介さず
手鏡で自分の顔に見入っている。あまりの圧勝に、口元に溢れるニタニタ笑い
を抑えることができない。
「あー、俺って強えーなー」
 を連発しながら、闘技場を後にした。


 重度の『ボク強い病』に冒された人間が、大擂台賽出場選手の中にあと二人
いる。言うまでもなく、範馬刃牙と範馬勇次郎の北京原人親子である。もはや
人間ではない勇次郎はともかくとして、刃牙の病状が悪化の一途をたどってい
る。
 無理もない。ガリガリに痩せ衰えた半ゾンビ状態でナントカ洋王とカントカ
海王に楽勝だったのだ。それが全快したんだから、一体どれだけ強くなったの
か。パンチで地球の一個や二個は割れちゃうんじゃないのか、と刃牙は真剣に
考えている。
「親父、タイヘンだ! 俺、むちゃくちゃ強いよ!」
「わはははは。ほんと俺らって強えーよなー」
 刃牙と勇次郎が肩を組んで、通路の壁にパンチでボコボコ穴を開けながら歩
いている。そこへ、試合を終えたオリバが正面からやってきた。お互い道を譲
り合う訳もなく、鼻先が触れ合うほどの近距離で三人は対峙した。
 しばしのにらみ合いの後、勇次郎はオリバに尋ねた。
「お前、強いか?」
「もう、すんごい強い!」
 オリバはそう答えて、勇次郎の隣の刃牙を力任せにぶん殴った。横面に拳を
食らって、コマみたいに回転して床にめりこんだ刃牙を見て、勇次郎は快哉を
叫んだ。
「そうか、お前も強いか! 実は俺も強いんでございますよ!」
「ねえ見て見て。ウワー! お、俺たち、つーよーすーぎーるー」
「わはははは」
 勇次郎とオリバは肩を組んで歩き出した。すれ違う通行人にコラッと大声を
かけて驚くのを見ては、豪快に笑っている。刃牙も床の穴から這い出して、二
人の後を追った。


 続いて、正面から烈海王がやってきた。謙虚に道を譲ろうとする烈の前に今
度は刃牙が立ちふさがり、烈の鼻の穴に指を突っ込んで、ドスのきいた声を出
した。
「お前、強いか?」
 刃牙の指を鼻から引っこ抜いて、烈はあわてて首を横に振った。
「いやとんでもない。僕なんかマジ全然弱いっすよ」
「弱い男は死ねー!」
 勇次郎の怒りの正拳突きを紙一重でかわし、烈が反撃のカウンターキックを
勇次郎の隣の刃牙の腹に叩き込んだ。たまらず吹き飛んだ刃牙の体が窓ガラス
を破って、庭の池に落っこちた。煮沸消毒中の池の水は熱湯だった。ウギャー
という刃牙の絶叫が通路にまで届いたが、そんな声には委細かまわず勇次郎が
「なんだ、お前は強いじゃないか! それはさておき、俺ってなんでこんなに
強いの?」
と、烈の強さに惜しみない賛辞を送った。
「え、僕って強いっすか? まあ海王なんだから、基本的には強いのかもしん
ないっすねえ。そーかー。僕って強いんだなあ」
「俺たちって強いよねー。こんなに強いと、なんかもう死にたくなっちゃうよ
ね……」
 オリバが肩を落としてため息をついた。あまりの自分の強さに、陶酔を通り
越して鬱になっちゃったらしい。
 刃牙が通路に戻ってきた。真っ赤に茹で上がった体を氷で冷やしながら
「いやー、まったく俺たちの強さときたら……」
 と言いかけた口に、勇次郎がつっかえ棒をねじ込んで刃牙の言葉を制した。
「ダメ。お前、そんなに強くない」
 勇次郎の非情な宣告に、烈とオリバも大きくうなずいた。
「僕らは強いけど、バキ君は弱いね。さっさと家に帰った方がいいよ」
「それじゃ、そういう事で。俺って強い! あーもう、強すぎて男根が痛い!」
 背中を丸めて股間に手をやったオリバを、勇次郎と烈が両側から抱きかかえ
て三人で歩き出した。呆然と立ち尽くす刃牙を振り返りもせず、通路の奥に消
えていった。


 一人残された刃牙のすぐ横を、ヨボヨボの老人が通りかかった。ハゲ頭に日
光が反射して、強烈な照り返しが刃牙の目にまともに入った。
「ひゃー!」
 視力を奪われよろめく刃牙の足の間を、年端もゆかぬガキがくぐり抜けた。
刃牙の足の付け根の高さにあったガキのおでこが、刃牙の股間を直撃した。
「いえーい!」
 何だか嬉しそうな断末魔を上げて、刃牙は倒れた。野良犬が倒れた刃牙に小
便を引っ掛けた。ラッコが刃牙の頭で貝を割った。クマが刃牙を背中に乗せて、
故郷の山へ帰ってゆく。薄れゆく意識の中、刃牙がポツリとつぶやいた。
「俺も、強くなりてーなー……」

本日の教訓:
自信過剰はほどほどに。人生、腹八分がイチバン。


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