2004年08号 第196話

【前回まで】
100年に1度開催される中国最大の武術大会・大擂台賽。あまりにもあっけなくドリアンに勝利した楊 海王は、付き人のオリバに詰め寄る。オリバ対楊、実現か…!?

「そーかー。丹波くんはさすがだねぇ」
「いやいや、ハルヤさんこそ。な、木戸くん?」
「わはははは。知らね」
 街外れの安アパートの一室で、殴られ屋のハルヤと丹波文七、高校生の木戸
が世間話に花を咲かせている。ハルヤがコーヒーを一口すすって、カップをテ
ーブルの上に置いた。テーブル役の楊海王が、背中の熱さにウッと顔をしかめ
た。
「ところで、ハルヤさんは何で負けちゃったんですか? こんなクソガキに」
 木戸がハルヤにそう質問して、丹波の頭に育毛剤をぶっかけてクシャクシャ
かき回した。
「やだなぁ、やめてくれよ木戸くん。自分、まだハゲじゃねーよー」
「あの時、テレビカメラも何台か回っていたからな。ひょっとしたらニュース
でやってるかもしれないぞ」
 ハルヤはテレビのリモコンに手を伸ばした。テレビのブラウン管にはオリバ
の顔が嵌っている。スイッチを入れると、ちょうどキャスターが今日のニュー
スを伝えている。だが、ど真ん中のオリバの顔のせいでほとんど画面が見えな
い。オリバはあくまで無言、無表情である。
「あれ、何にも映んねーな。故障かな? そろそろ買い換えの時期かなぁ」
 ハルヤが舌打ちして、オリバの額を軽く小突いた。オリバの表情が変わった。
テレビの両脇から腕をニュっと突き出して、雑巾でブラウン管をせっせと拭き
始めた。オー! 私を捨てないでクダサーイ!
 四つんばいの楊がオリバを振り返って、意地の悪そうな笑みを浮かべた。テ
レビとテーブルは、オリバの目の前に楊のケツが来るように配置されている。
「ハルヤさん、これでブラウン管を拭くと汚れがよく落ちるらしいよ」
 木戸が台所からタバスコの瓶を持ってきた。ハルヤがオリバから引ったくっ
た雑巾にタバスコを振りかけて、オリバに代わって画面を磨き出した。その間
瓶はひとまずオリバの口にくわえさせた。蓋は開いている。
 フン! とオリバがタバスコの瓶を吹き出した。一直線に飛んでいった瓶が
見事に楊の肛門に突き刺さった。さすがの海王といえども肛門は鍛えられない。
唐辛子の刺激にあやうく叫び出しそうになった楊だが、すんでのところで堪え
た。声を出してしまっては、もうテーブル役を続けられなくなる。
「まあいいや。ところで君達、僕のトレーニングルームを見たくはないかい?」
「はーい! 見たいでーす!」
「どっちでもいいでーす!」
 テレビの掃除に飽きたハルヤが、二人を連れて奥の部屋へと向かった。
 居間には誰もいなくなった。今がチャンスだ! 楊は四つんばいのままで、
クルリとオリバに向き直った。その目は復讐の炎に燃えている。テレビのリモ
コンを手にとって、主電源の上の『オリバON/OFF』のボタンをオリバに向かっ
て押した。
 ブラウン管の端からゴムのマスクがスライドして、オリバの鼻と口を塞いだ。
オリバは呼吸ができずに悶絶しながらも、必死に腕を伸ばして前面のパネルを
探るが、オリバスイッチはリモコンにしか付いていない。万事休すかと思われ
たその時、オリバの指が音量つまみに触れた。ためらいなくつまみをひねって、
ボリュームを最大に上げた。
 ニュースキャスターの声が大絶叫と化した。楊の背中のコーヒーカップが音
波で小刻みに振動し、熱泥のようなコーヒーのしずくが次々と背中の上に飛び
跳ねた。
「熱っ!」
 楊の表情も苦痛にゆがんだ。こらえきれずに、再びオリバスイッチを押して
オリバをマスクから解放してやった。オリバもボリュームを元に戻した。
 楊もオリバも、大きく肩で息をついている。ここまでの勝負は全くの互角だ。
 大擂台賽屈指の好カードはまだまだ続く。


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