2004年06号

 ドリアンの正月は寝正月だった。それもただの寝正月ではない。訳も分から
ず連れてこられたパンダくさい国で好き放題にボコられて、ひっくり返ったと
ころを土足で踏みつけられて、コンクリートの床に顔面を陥没させた状態で除
夜の鐘を聞き箱根駅伝を見て七草がゆを食うという、極めてハードな寝正月で
あった。踏みつけてる側の楊海王は基本的に立ちっぱなしだが、それでも時お
り他の海王に交替してもらって、初詣に行っておみくじを引いたり参拝客に爆
竹を投げつけたり、人並みの正月を堪能しちゃっている。本来、中国の正月は
旧正月なのだが、バキは日本の漫画なので全然まったく問題はない。


 ドリアンが不遇の新年を迎えたのとは対照的に、愚地独歩の2004年はのっけ
から僥倖に恵まれた。リザーバーとしての、大擂台賽への途中出場が決定した
のだ。
 独歩の喜びようは一通りでない。スーツケースに当座の旅費と着替えを詰め
込んで、居間でコタツに潜り込んでいた本部以蔵と柳龍光をロープで縛って背
中にしょってタクシーに飛び乗った。
 三時間後、タクシーは中国大陸に到着した。バキは日本の漫画なので、中国
まで陸路で行こうが尿道経由で行こうが、誰も気にする訳がない。
 会場の正門前までやって来ると、背中の本部と柳が体をもぞもぞと捻りだし
た。猿ぐつわを解いて話を聞いてやると、二人とも尿意の我慢が限界らしい。
場内の便所は混んでいるから外の公衆便所を探したい、という二人の懇願を独
歩は頑とはねつけた。オマケでついてきたお前らが、選手の独歩様の足を引っ
張るとは何事だ! 男なら小便ぐらいは我慢しなさい!
 そう言った独歩にも尿意が襲ってきた。三人仲良く場内受付横の便所に並ん
だ。尿意の先輩である本部と柳が先に用を足し、しばらくして同時に出てきた
二人と入れ替わりで独歩が便所に入った。
 そこへ大会委員がやってきた。不慮の事故で一人の選手が試合続行不可能と
なり、リザーバーがもう一人必要になったと言う。大会委員の目の前にいるの
は本部と柳。リザーバーの募集は二名。ちょうど数が合う。
 晴れやかな表情で便所から出てきた独歩は闘技場に向かった。闘技場では本
部と柳、リザーバー同士の熱きガチンコが繰り広げられていた。オマケの奴ら
が闘っている。選手のワシ、闘ってない。大会委員をつかまえて、この理不尽
な展開について納得のいく説明を求めた。返ってきた答えはこうだった。
「うっせーなハゲ、たかが漫画でそんなにムキになってんじゃねーよ」
 独歩の怒りが爆発した! そうか、それじゃあお前らは何をされてもムキに
はならないんだな!
 独歩は厨房に駆け込んで、特大の臼と杵を抱えて戻ってきた。闘技場の真ん
中に臼を乱暴に下ろして、大会委員の首根っこを捕まえて放り込んだ。試合を
忘れて呆然と突っ立っている本部と柳、独歩を止めに入った他の海王達をスー
パー空手で返り討ちにして、これもまとめて臼にぶち込んで杵で激しくつき始
めた。程なく真っ白で柔らかなお餅ができあがった。
 野菜と肉を煮込んだだし汁を張った二つのお椀に、ほんのり焦げ目のついた
焼き餅を入れて、仕上げに細かく刻んだゆずの皮を散らした。愚地独歩特製お
雑煮の完成だ。
 雑煮のお椀は二人前。一杯はもちろん自分のもの。そしてもう一杯は……。


 闘技場の片隅で、顔面を地に埋めて這いつくばっているドリアンに歩み寄っ
て、独歩は優しく声をかけた。
「あんたも食うかい」
 ドリアンの目に涙が溢れた。


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