
2003年50号 第190話
【前回まで】
100年に1度開催される中国最大の武術大会・大擂台賽。毒を克服したバキは李 海王を倒し、肉体回復に挑む。一方、郭 海皇は勇次郎に対し「弱い」と言い放った!!
「弱いのう………君は」
ただでさえ皺だらけの郭海皇の顔が、そう言ってキュッと笑うと目も口も分
からないほど一層クシャクシャになった。『皺』と書いたのは筆のあやで、郭
の体に縦横に走っているのはもちろん皺ではなくて用水路である。川から引い
た水が用水路を流れて、干からびた郭のお肌に潤いと実りをもたらすのだ。
挑発を受けた勇次郎が郭の胸ぐらを掴むと、はだけた胴着の襟元から胸毛の
ような緑の蔦が一斉に伸び出した。蔦でぐるぐる巻きにされた勇次郎の体から
も、若々しい青葉が芽吹き始めた。
蔦は成長を続ける。二人の足元から床を這って壁をつたい、天井まで覆い尽
くして通路を横へと伸びていく。通路は緑のトンネルとなった。
「デザートだ」
烈海王がもったいぶって運んできた器には、ドロリとした虹色の液体が満た
されている。烈も便宜上とりあえず『デザート』と言っただけで、中身はもち
ろん糞尿である。中国秘伝の天然肥料によって刃牙の痩せた筋肉は甦り、滋養
たっぷりの有機野菜をたわわに実らせることであろう。
刃牙が器のはしに口をつけ、糞尿の摂取にかかった。喉仏が上下するたびに
刃牙の肉体に活力が戻ってくる。ほどなく刃牙の両耳に薄い紫色の花が咲いた。
ナスの花だ。
残り半分という辺りで、器を烈に差し出した。烈は器を受け取ると、うまそ
うに全部飲み干した。空っぽになった器を床に置くと、烈のケツの穴から太い
茎が生えてきて真っ白な花を咲かせた。ダイコンの花だ。
糞尿のしずくの跳ねた床にも花が咲き、花はやがて実となった。控え室は自
然の恵みでいっぱいになった。
「日本のイヌコロは出てゆけ!」
中国人は日本人が大好きだ。大擂台賽会場で、熱狂のあまり舞台に上がって
寸劇を演じた日本人の観客に感激して、一部の中国人が他の日本人客に灯油を
かけて燃やし始めたのだ。
『イヌコロ』などと叫んでいるが、ニッポン大好きの中国人が本気でそんなこ
とを言う訳はなく、もちろん照れ隠しだ。日本人を燃やしているのは虐待では
なく、れっきとした焼き畑である。
丸焦げになった日本人が養分となって大地を潤し、そこから新たな日本人が
生えてくる。元気な日本人に育っておくれと、中国人は汗水たらして日本人に
火を付けて回っている。
すっかり焼け焦げた客席に、早くも新芽が吹き出した。黄金色の稲穂が房を
垂らし、穂先のふくらみは新しい日本人になった。豊穣の大地となった観客席
で、日本人が風に吹かれて嬉しそうに揺らめいていた。
「綺麗………」
地上の楽園と化した闘技場を小高い丘から見下ろして、梢江は長い髪をそっ
とかき上げた。それが『髪』だと勘違いしているのは梢江一人で、頭にへばり
いているのは伸びきった黒いコンドームであることは言うまでもない。
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