2003年41号 第183話

【前回まで】

 第三試合、毛海王vs孫海王。今大会一発目の海王同士の対決に、観客の間に
なんとなく和んだ空気が流れる。
 毛と孫も和んでいた。ここまでの闘いでは多くの血が流れすぎた。お客さん
もこれ以上の惨劇は見たくないだろう。せめて俺たちの試合ぐらいはちょっぴ
りのスリルと、そして夢と希望をみなさんにご提供しよう。
 二人の思惑は一致した。試合形式を変更して、マジック勝負で優劣を競うこ
ととなった。
 先攻の毛が、トランプ片手に試合場に登場した。開始線から投げつけたトラ
ンプが数メートル先に立てられたキュウリを真ん中から切断した。場内から小
さな拍手が起こる。
 二投目は、的の手前で大きく弧を描き、客席にとび込んだ。老人客の首筋に
突き刺さると、盛大な血しぶきを上げて卒倒した。
 毛のトランプスローは続く。次々と飛ばされるトランプが、観客の頚動脈を
的確に切り裂いていく。闘技場にむせかえるような血の匂いが立ち込めた。
 毛はすべてのトランプを投げ終えて、空っぽの両手を観客にアピールしてか
らその手を素早く交差させた。血に濡れたトランプの束が、毛の右手に広げら
れていた! 毛の妙技に観客は大喝采を送った。


 館内清掃の後、孫の試技が始まった。大の字になってリング上に横たわる孫
を、観客が固唾を呑んで見守っている。
 選手入場ゲートから爆音が鳴り響く。トラックだ! コーナーポストをなぎ
倒してリングに闖入した大型トラックが、孫の精悍な肉体を無惨にひき潰した。
スタンドから女性客の小さな悲鳴がいくつか上がった。
 暴走トラックの周辺をスタッフが黒幕で覆い、ワン、ツー、スリーのコール
でその幕を取り払った。トラックも孫の礫死体も、一見何の変わりもない。
 トラックのドアが開いて、男が下りてきた。不敵な笑みを浮かべた孫である。
礫死体は、ムエタイルックに身を包んだ初老の男性に変わっていた。サムワン
海王だ。毛に負けず劣らずの大拍手が、孫を包み込んだ。
 レフェリーの制止を振り切って、勇次郎が二人に近づいてきた。空の牛乳瓶
を床に置いて、毛と孫の首根っこを掴んで瓶に押し込み始めた。二人の人間が
詰まってパンパンになった牛乳瓶にフタをしてハンカチをかけて、ワン、ツー、
スリーのコールで取り払った。
 真っ白な鳩の群れが大空高く舞い上がった。開閉式の屋根から外に出て、お
日様に向かって飛んでいった。残りの海王と招待選手が入場して聖火台に火が
灯され、勇次郎は右腕を高々と掲げて勇ましく吼えた。
「うおー!」
 総立ちの観衆もそれに続く。
「いえー!」
 場内の熱狂は最高潮に達した。弱い海王を排除して、真の大擂台賽、開幕!


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