2003年38号
劉海王は顔面の皮膚をひっぱがされてダウンした。圧倒的な強さを見せつけ
た勇次郎は、無様な姿の劉を冷酷に見下ろしている。レフェリーが両手を交差
させて、試合終了を告げた。
「勝者、劉海王!」
愕然とした劉海王が跳ね起きてレフェリーの胸倉をつかんだ。
「ちょっと待て! あんた、このケガ見えてる? 顔面の皮、ないのよ? チ
ンコの皮と勘違いしてる? 誰がどう見たって俺の負けだろ!」
スタンドから万来の劉コールが巻き起こった。勇次郎も劉の肩を抱き、優勝
しなかったら承知しねーぞ、みたいなしょっぱいエールを送ってくれちゃって
いる。ケガの程度をドクターに見てもらうとか家族が生命保険をどうとかこう
とか、事の重大性を言い訳がましく主張する劉だが、筋繊維むき出しの顔で何
を言っても説得力がない。
結局、なしくずしで劉の準決勝進出が決定した。劉は悄然として控え室に舞
い戻った。
ギョウザの皮で応急処置を済ませたものの、劉の心は不安でいっぱいだ。
こんな大ケガで試合なんかしたら、間違いなく死ぬ。次の相手は誰だろう。
海王の誰かだったら、きっと手心を加えてくれるに違いない。老人をいたわる
若者のモラルにすべてを託して、次の出番を待つ。
激しいノックの音が聞こえた。恐る恐るドアを開けると誰もいなかったが、
床に棺桶が置かれていた。棺桶の蓋には『入れ』と張り紙がしてあった。指示
に従って棺桶に入り、両手を胸で組み合わせた。
棺桶の蓋が閉まって何者かに運ばれていく。行き先はもちろん闘技場である。
準決勝第一試合、劉海王vs範馬勇次郎。
「ってまた勇次郎かよ! お前ら頭大丈夫か!?」
癒着しかけたギョウザの皮もはがれんばかりの勢いで、劉は審判団に抗議す
る。往生際の悪い老海王に、審判は噛んで含めるように説明してやった。
劉の本来の対戦相手の刃牙が、準々決勝直後に学業専念を理由に格闘技を引
退。リザーバーとして勇次郎が選ばれたのだ。ルールに則った正当な選手交替
である。
スタンドから大ブーイングが巻き起こった。いつの間に作ったのか、劉の顔
面をあしらった旗を打ち振り、闘えコールを送り続ける。対する勇次郎の戦意
も最高潮に達し、血管を浮き出して劉に詰め寄ろうとするのをセコンドが鎖で
押さえつけている。
否応なしの展開に、劉もとうとう観念した。
「闘えばいいんだろ、闘えば!」
試合開始わずか五分。全身の骨を砕かれた劉がリングに這いつくばっていた。
むきだしの尻に挿されたユリの花が風に揺れている。勇次郎は無表情に劉を見
下ろしている。
レフェリーが劉の瞳孔にライトを当てて首を横に振り、勝者の名を告げた。
「勝者、劉海王!」
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