
2005年33号 第259話
【前回まで】
ジャック、渋川に連敗し傷つくアライJr.の前に再び現れた独歩。容赦無い攻撃が始まる!!
愚地独歩の容赦ない折檻で、ミスターの拳はグチャグチャになった。折れた
骨が皮膚を突き破って、すべての指が常識外の方向をむいている。
「痛てーよー!」
泣き喚くミスターを見つめる独歩も無傷ではない。ミスターのパンチを受け
た額が割れて脳漿がはみ出しているのだが、独歩は平気な顔をしている。
「アンタも痛いと思うんだけど」
ミスターは痛がるのを一旦やめて独歩に尋ねた。しかし独歩は痛くない。
「痛くない理由を教えてほしいか」
「いや別に」
「よし。ついてこい」
独歩とミスターは街はずれの病院に到着した。診療室には先客がいた。
「ドクター! 末堂がジェットコースターから落ちて四年たった!」
先客は加藤清澄だった。ベッドに横たわった末堂厚の遺体は長い間の放置で
完全に白骨化している。院長の鎬紅葉は薬の瓶の蓋を開けて、中身の液体を白
骨にふりかけた。眼窩の奥に赤い光がともって、白骨がムクリと起き上がった。
「末堂ー!」
「橋本ー!」
加藤と骨の末堂は涙を流して抱き合って、紅葉に何度も頭を下げて診療室を
出て行った。独歩がミスターに言った。
「すげーだろ。オレもドクターの秘薬を飲んで痛みを感じなくなったのだ」
「うさんくせー」
ミスターは生ゴミを見るような目で紅葉を見た。独歩とミスターに気づいた
紅葉がこちらにやってきた。
「よお、ドクター!」
紅葉は挨拶をする独歩に、バケツの液体をぶちまけた。独歩の脳漿はみるみ
る内に引っ込んで、ケガが完全に治った。
「ありがとよ。ついでにコイツの拳も治してやってくれ」
全快した独歩はミスターの背中を押した。紅葉はバケツを二つ持ってきた。
「さあミスターくん、どちらをかけてほしいか選びなさい」
「どっちでもいいからちゃんと治してくれ」
「医者が選べと言っているんだから選びなさい。患者のクセに生意気だぞ」
ミスターはしぶしぶ右のバケツを指さした。紅葉はバケツをミスターの顔面
に投げつけた。ブリキのバケツはミスターの顔型にへこんで床に落ちた。
「こっちのバケツは空っぽでしたー!」
ミスターが黙っているので、紅葉は左のバケツも投げつけた。今度のバケツ
はミスターのアゴを直撃して、重たい音を立てて床にめりこんだ。ミスターは
アゴを押さえてうずくまっている。
「こっちはバケツのふりをした黒曜石の塊でしたー!」
「帰る」
怒りで顔じゅうに血管の浮いたミスターを、紅葉は必死になだめすかした。
「冗談だ冗談だ冗談だ冗談だ。おわびにいいものあげるから」
「冗談の秘薬だったらテメーが飲んで一生冗談ぶっこいてろ」
紅葉はミスターのつれない切り返しを無視して、戸棚から薬の小瓶を持って
きた。ラベルには「範馬一族に勝てる薬」と書いてある。
「もらった!」
ミスターは紅葉から小瓶を引ったくってファミレスに戻って、梢江を縄でし
ばって釣竿に結んで東京湾に放り込んだ。すぐに竿が大きくたわんだ。
大きな刃牙が一匹釣れた。ミスターは薬を一息に飲み干して、状況の飲み込
めない刃牙に渾身のストレートを喰らわせた。拳はいつの間にか治っていた。
「ぶばー!」
刃牙は東京湾の藻屑と消えた。そこへ紅葉がやってきた。
「ドクター、刃牙クンに勝ちました! ぜんぶ自分の実力のおかげです!」
嬉しそうに報告するミスターに、紅葉は真顔で告げた。
「残念だがミスターくん、この薬には副作用があったようだ。キミは薬を飲ん
で勝利を得たが、その代償として……」
紅葉はミスターの背後の梢江をチラリと見て、言葉を続けた。
「一人の少女のハートも掴んでしまったようだ」
「ミスターさーん!」
梢江がミスターに抱きついた。紅葉は熱い抱擁を交わすミスターと梢江に背
中を向けて歩き出した。潮風に吹かれるままに、己の魂の導くままに。
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