烈は麻雀を知らない。ラーメンも食べない、ドラゴンボールも読まない。中
国的にはまったく張り合いのない男である。
 人数合わせで無理やり卓を囲まされることはある。「ポン」だの「チー」だ
のチンプンカンプンな掛け声が飛び交う中、烈も負けじと「転蓮華!」と叫ん
で面子の首を逆さにへし折るのだが、そのたびに理不尽な罰符をとられていつ
もボロ負け。
 この日も身ぐるみ剥がされ、東二局にして早くも前張り一枚を残すのみとな
った。あられもない姿で悶々とする烈だが、後ろの雀卓が何やらざわざわ騒が
しい。振り返ると、黒山の人だかりが卓をぐるりと囲んでいる。連中のお目当
てはだっさい黒シャツ姿の若者のようだ。若者の点箱には山盛りの点棒が唸り
を上げている。冗談みたいな大勝ちである。ギャラリーの誰もが、さすがアカ
ギさん、化け物みたいなアゴは伊達じゃない、と口にして羨望の眼差しを送っ
ている。
 どす黒い嫉妬の炎が烈を焼いた。若いくせに白髪なんか生やしやがって。こ
のガキ、殺す!


 アカギの面子の一人がトイレに向った。それに合わせて烈も席を立った。数
分後、トイレから引っ裂けるような断末魔の叫びがあがり、烈一人が戻ってき
た。鼻の下にチョビヒゲを付けている。自分の卓には戻らず、何食わぬ顔でア
カギの卓に腰を下した。どうやらアカギの面子に変装しているつもりらしいが、
誰が見たって明らかに烈である。第一、アカギの面子はヒゲなど生やしてはい
ないし、顔から下は前張りルックのままである。烈の本来の卓は、特別ゲスト
のアナコンダ君に代打ちをお願いした。
 地獄の半荘が始まった。起家はアカギ。烈が邪悪な笑みを浮かべて毒針をし
こんだサイコロをアカギに差し出した。さあ、そのサイコロを振れ。そして死
ね!
 きょうびの全自動卓には、はなっからサイコロが内蔵されている。烈のサイ
コロを受け取ろうともせず、アカギは雀卓のサイコロボタンを押した。
 アカギ殺害計画その一、文明の発達により失敗。
 出た目は。対面の烈の山が七と10に分かれた。親のアカギが山に
手を伸ばしたところへ、烈はすばやくピアノ線を張った。鋼鉄すらも切り裂く
中国秘伝のピアノ線である。アカギの手首、グッバイ!
 アカギの手が止まった。まだドラがめくられていない旨を烈に指摘する。
 いっけねえ、ウッカリしてたアルよ! 照れ隠しに頭をボリボリかきながら
烈が山に手を伸ばした。烈の手首が雀卓に落ち、緑のマットをどす赤く染め抜
いた。
 アカギ殺害計画その二、自爆により失敗。
 テンメンジャンで手首をくっつけて事なきを得た。一巡目、親のアカギがダ
ブルリーチ。烈の瞳が妖しく輝いた。どうせこいつは一発でツモあがる。そこ
が狙い目だ。支払いのフリをして、点棒を鼻の穴に押し込んでやる!
 同一巡目、烈の切ったを下家のザコがロン。国士無双。
 アカギ殺害計画その三、烈のトビにより失敗。
 万策尽き果てた烈だが、中国人のあきらめの悪さは天下一品である。こうな
ったらなりふりかまっていられない。多少強引でも、実力行使でアカギを闇に
葬ってやる!
 卓の下からキックをかます。捨て牌のどさくさにヌンチャクを振り下ろす。
あつあつのカレーをアカギにぶちまける。土足で雀卓に乗り上げてアカギの首
に両足をかける。喰らえ、必殺・転蓮華!


 マスターにつまみ出された。烈海王、まさかの出入り禁止。アカギとは二度
と闘うことはないであろう。
 ふらつくような足取りで真夜中の街を彷徨う。一陣の風が吹き、前張りがは
がれて天高く飛ばされた。全裸となった烈の柔肌に、十一月の寒気が容赦なく
襲い掛かる。たまらずその場にしゃがみこみ、マッチをすって暖をとる。
 ぼうと灯った光の中に、劉海王が現れた。仏様のような笑みを浮かべ、烈に
語りかけた。
「烈や、元気をお出し。私が麻雀を教えてあげよう」
 十三不塔
「さあ、何と読む?」
「とーちゃん、ぶっとい、イクイク」
 烈の顔面に唾を吐きかけて、劉海王は消えた。不正解だったらしい。マッチ
の火も消えた。師匠からも見放され、もはや死を待つのみの烈であった。


「キシャー!」
 身も凍るような怪鳴と共に巨大な蛇の尾が打ち下ろされ、雀荘のガラス窓が
ど派手に吹き飛んだ。そう言えば、アナコンダ君は麻雀がちょっぴり苦手だっ
たっけ。
 まあいいや。烈の分まで頑張れアナコンダ君。


烈海王 ●−○ 赤木しげる