「ワシが男塾塾長、江田島平八である!!」
 280回目の怒号が鳴り響いた。しかし客席から聞こえるのはため息ばかり。
殴られてダウンを喫するたびに一発叫んで奇跡の大復活、という黄金パターン
も始めのうちはよかったが、100回を超えたあたりから明らかに観客に飽きら
れてきた。膝枕&耳かきで、二人の世界に埋没しているカップルもいる。ちな
みに刃牙と梢江である。
 殴られることはなんでもない。江田島も勇次郎も、基本的にケガには極めて
鈍感なタチなのだ。臓物をすべて引きずり出されても、別に痛くもないし不都
合もない。
 エンターテイナーの江田島にとっては、注目されないことが何より恐ろしい。
イカン、このままでは宮下あきらの二の舞だ!


 という訳で、持ち時間を利用して渋谷にやって来た。ステージパフォーマン
スの取材が主な目的だが、たまの休日を謳歌したい気分もある。勇次郎も一緒
について来た。
 若者文化に馴染みのない二人だが、それなりに渋谷の街を楽しんでいるよう
だ。勇次郎が白クマの毛皮をハチ公の前に広げて赤カブトVS銀を演出すれば、
江田島はビルの外壁によじ登って巨大ビジョンを特等席で鑑賞する。
 東急文化会館の閉館を今頃知って大激怒、それじゃあお前も付き合ってやれ
とばかりに二人で東急ハンズをメタメタに蹂躙した。廃墟と化したフロアに渋
谷中のホームレスを誘致して、ハンズの息の根を完全に止めた。その後、こち
らは気まぐれで許してやった109のソニプラでお買い物。
 円山町ではラブホテルを巡回。客室のドアを片っ端から蹴破って、次回公演
のビラを渡してご挨拶。キチンと挨拶を返してくれたカップルは皆無だった。
あまつさえ、警察に通報するなどいう暴挙に及んだクソバカも数組あったが、
江田島と勇次郎は怒らなかった。二人の訪問に、宿泊客のことごとくが全裸で
応対という仕打ちにも、あえて目をつぶった。正確には、男女を全裸のまま簀
巻きにして先ほどのホームレスだらけの東急ハンズに放り込んだだけで命まで
は取らなかった。まったくもって寛大な両人である。
 まんだらけには行かなかった。


 駅前のスクランブル交差点で小競り合いが始まった。肩がぶつかったの何の
と若い男が因縁をつけ、相手の襟首をつかんでいるようだ。ただでさえ息つく
暇もない渋谷の雑踏の、交差点のど真ん中とくれば、少しぐらい身体が接触す
るのは当たり前なのだが、その当たり前が通用しないのが渋谷の魅力でもある。
瞬く間に、蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。
 遠巻きからその様子を観察していた江田島が、突然電流に打たれたように立
ちすくんだ。傍らの勇次郎も、何かを掴んだようだ。
 二人は闘技場に馳せ戻った。これならイケる。俺達の勝負に、熱狂が帰って
くる!


 試合再開。相変わらず拍手もクソもないが、それでも一人として客の帰った
様子はない。心のどこかで、何かを期待しているのだろう。
 闘技場に戻ってきた江田島と勇次郎だが、なぜか観客全員にマシンガンを支
給すると再び入場ゲートの奥に消えていった。ざわめきとブーイングの中、何
人かの観客がスタンドの後方を指さした。別の観客が、反対側のスタンドの後
方にも人影を認めて驚きの声を上げた。
 青龍の方角、範馬勇次郎!
 白虎の方角、江田島平八!
 客席スタンドに姿を現した二人が、東と西から同時に歩を進めた。それぞれ
手近の観客に肩からぶつかると、いきなりその客の首を手刀で切り飛ばした!
「てめぇ、どこ見て座ってやがんだ! ぶっ殺すぞ!」
 ぶっ殺すぞと言われた時には既に切り殺されているのだが、そんな細かいこ
とはどうでもいい。勇次郎も江田島も、互いに客席を駆けずり回り、少しでも
身体の触れた客の首を片っ端から切り落としていく。
 会場中の観客が、マシンガンを構えて立ち上がった。ここで殺らなきゃどの
みちこっちが殺られる!暴虐の限りを尽くす二匹の野獣に、興奮の坩堝と化し
た観客が雪崩を打って襲いかかった!
 そうだ、俺たちが欲しかったのは、その熱狂なんだ! みんなありがとう!
 勇次郎と江田島は感謝の気持ちを手刀にこめて、客の首筋に振り下ろし続け
る。観客達もマシンガンを乱射して、闘いの輪に加われた喜びを力いっぱいに
表現する。
 もみくちゃになった両陣営が塊となって移動を始め、闘技場の真ん中に辿り
着いたところで、勇次郎と江田島の胴上げが始まった。
 万感の思いで宙を舞う二人の目には、いつしか涙が浮かんでいた。


江田島平八 ▲−▲ 範馬勇次郎