ドラゴンボールの世界にも、当然ヤムチャという食事形式は存在する。
子供の頃は、友達からバカにされるたびに名づけた両親を怨んだものだが、
今ではもう諦めた。ブルマやプーアル、ラーメンマンなどに較べればそれでも
幾分人の名前っぽいし、初対面の人間にも一発で覚えられる。
ヤムチャとして生き、ヤムチャとして死んでいく覚悟をヤムチャが固めたの
とちょうど同じ頃、最寄りの駅前に飲茶専門店がオープンした。この店の評判
というのがこれ以上ないくらい最悪で、怖いもの見たさで無駄金を払った女子
高生が往来で口々に怒りのたけをぶつけ合うのである。
「(あの店の)ヤムチャって(値段どおり)見た目が安っぽーい」
「(店内の装飾が)ダサくてキモーい」
「(点心の春巻が)細いし短いし、なんだかくさーい」
ここに至って、ヤムチャは改名を決意した。役所に駆け込んで必要書類を窓
口に提出すると、一冊のパンフレットを手渡された。中華料理屋のお品書きで
ある。ヤムチャは窓口の女性に素直な疑問をぶつけてみた。
「あの、何すかこれ?」
「新しい名前は、そちらに載っているメニューのみと決められております」
「俺が勝手に考えたらいけねーのかよ! なんだよその決まりは!」
「決まりっつったら決まりなんだよボケ! 早いとこ改名してさっさと帰れ!」
公務員を怒らせると始末が悪い。しぶしぶながらも仰せに従うことにしたヤ
ムチャはメニューに目を通した。もうヤムチャ以外なら何でもいいや。
マーボードーフ650円。チンジャオロース780円。北京ダック6,500円。水餃
子500円。クリリン30円。……クリリン?
「こ、このクリリンって、料理の名前なの?」
「そうらしいですねぇ。私は頼んだことないけど」
なんだよ、クリリンも料理仲間なのかよ! 頭がクリリンな上に、中華料理!
しかも30円!? 安っしー! クリリンを馬鹿にするネタ、発見であります!
お品書きに書いてあった住所を頼りに店に急行した。現物をじかに確認して
ネタの精度を上げるためである。
「オヤジ、クリリン食わせろ!」
「へい、クリリン一丁!」
店の奥から五歳くらいの女の子が出てきて、ヤムチャの向かいの席に座った。
両腕に抱えた額をテーブルの上に置いて、目を閉じて手を合わせている。
少女の側に向けられた額を、ヤムチャはクルリとこちらに返した。クリリン
の遺影であった。厨房からヤムチャを見つめる親父に、素直な疑問をぶつけて
みた。
「あの、これが、クリリン?」
「へい、クリリンです! うまいっすよ!」
少女が念仏を唱え始めた。閉じられた目から、糸のような涙の筋が頬を伝っ
ている。我知らず、ヤムチャも手を合わせて友の魂を弔った。そして泣いた。
店を出ると、そこに偶然クリリンが通りがかった。気軽に手を振るクリリン
だが、ヤムチャは返事はせず、うつむいたまま歩き出した。今は挨拶など交わ
す気分ではない。
改名はやめた。はかなく散ったクリリンの分まで、俺はヤムチャとして生き
る! クリリンよ、俺がくたばるその日まで、天国で待っていてくれ!
ヤムチャが昂然と空を見上げて、拳を掲げた。俺の名前は、ヤムチャだ!
お代の30円はしっかり取られた。