ゴンは致命的なミスを犯した。ちょこちょことパームのご機嫌を伺って、和
やかな雰囲気になったところで別れ話を切り出してトンズラをこくつもりが、
そうは問屋が卸さなかった。パームの怒りは、ゴンの小細工など一発で吹き飛
ばす程の破壊力を秘めていた。多分念だって相当にすっごい。
「この女、強い!」
面倒くさくなったら殺しちゃえばいいや位に考えていたゴンであったが、事
はそう簡単に運びそうもない。ゴンは長考の末、とても面白い顔でこちらを睨
んでいるパームに向き直って、言った。
「パームさん、どうしてもボクと別れてはくれないんですか」
「たりめーだろガキ。あんまナメた口たたいてっと犯すぞ」
「分かりました。それじゃあボクと結婚して下さい!」
「今さらおせーんだよハゲ。夏は女をハイエナに変えるんだよ」
どないせいっつーんだ。その場しのぎの大ウソも空振りに終わって、ゴンは
絶体絶命の窮地に立たされた。やっぱ殺すか。いや逆にこっちが殺される。た
ぎる殺意を必死にこらえて、ゴンは再びパームの説得を試みた。
「訳の分かんねーことばっか言いやがって! 殺すぞクソ女!」
全然こらえられなかった。阿修羅の如く立ち上がったゴンの足元で、何かが
つぶれる音がした。ラモットの生首だった。何かの役に立つと思って、ゴンが
ゴミ箱から拾ってきたものだ。誰が殺ったのかはよく知らない。
「いや、自分まだ死んでないんですけど」
ラモットの首が心外そうに喋った。キメラアントは首を切られてもすぐには
死なない。ゴンはラモットの抗議など意にも介さず、ぺしゃんこになった首を
手に取ってパームに思い切り投げつけた。
「ハイエナはハイエナらしく屍肉でもしゃぶってろ! どりゃ!」
パームは首を手刀で叩き落した。ラモットはたまらず喚き立てた。
「いったいなあ。何するんですか!」
パームは耳のないような顔をして、足元に転がっていた丸太を抱え上げた。
それは丸太ではなく、ラモットの胴体だった。人肌の恋しくなったパームが湖
から拾ってきたものだ。
「あ、オレの胴体! ちょっと、返して下さいよ!」
ラモットの声はパームには届かない。パームはラモットの胴体をゴンめがけ
て力任せにぶん投げた。
「三流ハンターが調子ぶっこいてんじゃないわよ! ふん!」
キチンと正座をして飛んでくる胴体をゴンは間一髪でかわして、木に激突し
て地上に落ちたところを拾って投げ返した。パームも生首を投げ返した。
「おお、愛しのマイボディ!」
ラモットの首と胴体は空中で再会した。喜びも束の間、すぐにすれ違って離
れ離れになった。ゴンとパームのキャッチボールは続き、首と胴体は何度も空
中で交差した。ラモットの首は胴体とくっつきたくてしょうがない。出会いと
別れの繰り返しに疲れたラモットの首が、起死回生の妙案を思いついた。
「そうだ、ホタルだ!」
ラモットの首が辺りに唾を撒き散らすと、ウミテホタルが群をなして飛んで
きた。キメラアントの唾液はホタルのフェロモンとそっくりだった。青白い光
に包まれたラモットの首と胴体が空中で静止して、やがてゆっくりと融合を始
めた。
「よし! 一度くっついてしまえばこっちのもんだ!」
首と胴体は一つの球体となって、ひときわ強い光を放ち出した。ラモットは
光の中で高らかに笑い出した。
「わはははは! ラモット奇跡の大復活! オレの体をさんざんオモチャにし
やがって、てめーらまとめてぶっ殺してやる!」
ラモットの天下もここまでだった。ホタルが四方に飛散して球体が消えると、
白骨と化したラモットの死体が草の上にバラバラと落ちた。ウミテホタルは獰
猛な肉食の昆虫だった。ゴンとパームは骨を拾って武器にして闘いを再開した。
「オレのは肋骨だー!」
「あたしのはチンコの骨でーす!」
屈強の念使いが死闘を繰り広げるその影で、一匹のキメラアントがこの世を
去った。名前はラモット。
彼の勇気を、彼のまなざしを、みんな決して忘れない。