「お前がモーフィアスだ!」
「あったりー!」
「ワタシたちの負けねー! のび太さすがねー!」
 モーフィアスとトリニティは当たりのプラカードをかざしてのび太を祝福し
た。のび太はちっとも嬉しくない。
 素直に負けを認めすぎる。モーフィアスとトリニティは完全な双子なのだか
から、やろうと思えばいくらでもすり替わることができる。これも幻惑殺法と
やらの手管の一つに違いない。のび太はこの世の全てが信じられなかった。
「お前ら、なんか魂胆があるだろ。怒らないから言ってみ」
「そんなことないねー。 当たりを当たりと言って何が悪いねー」
「これ、正解者へのプレゼントねー」
 モーフィアスとトリニティはのび太に大きな箱を手渡した。のび太が耳を当
てると、箱の中からコチコチという音が聞こえる。
「見事なまでに爆弾じゃねーか。こんなもん誰が開けるか」
「そこまで疑うならあげないよー」
 二人のインド人はのび太から箱をひったくって、くちばしで柱をつついてい
たスネ夫にあげた。
「これ、お前にやるねー」
「ん? なんだこれ?」
 スネ夫はなんの疑いもなく箱を開けた。箱の中身は大きな金の延べ棒と、時
計の音を吹き込んだテープレコーダーだった。
「こんなもんいらんわ」
 延べ棒とテープレコーダーをゴミ箱に叩き込んで、また柱つつきに没入した。
資産家の息子のスネ夫にとって、金の延べ棒など犬のクソに等しいゴミ屑だっ
た。いわんやテープレコーダーをや。モーフィアスとトリニティは恨めしそう
な目でのび太を見た。
「のび太のせいで、大事な金の延べ棒がゴミになったねー」
「反省してるならこっちに来るねー」
 のび太の腕を引っ張って、部屋の隅に連れていった。頭の上には大きなくす
玉が吊ってあって、目の前にはケーブルが横に張ってある。ケーブルは赤と青
の二本あった。
「どちらかのケーブルを切るとくす玉が割れるねー」
「間違ったケーブルを切るとドカンか」
 のび太の疑いは晴れていなかった。テープカットを断固拒否するのび太に、
さすがのモーフィアスとトリニティも怒り出した。
「人を疑うのもいい加減にするよ! もうワタシたちで勝手にやるよ!」
 まずモーフィアスが赤いケーブルを切った。くす玉が割れて、垂れ幕と鳩が
飛び出した。次にトリニティが青いケーブルを切った。くす玉がいったん閉じ
てまた開いて、巨大なケーキがのび太目がけて落ちてきた。
「どうねー。どっちを切ってもドカンじゃなかったねー」
「ボクが悪かった! この通り!」
 のび太はやっと二人への嫌疑を解いた。ケーキまみれになって土下座するの
び太を、モーフィアスとトリニティは笑って許してやった。
「分かればいいのよー。麻雀の続きやるよー」
「ワタシたちのツモ番よー。のび太もさっさと卓に戻るよー」
「はーい!」
 のび太が椅子に座るとスイッチが入った。椅子に仕込んだ起爆ボタンだった。
 ドカン。




 サイレンと野次馬の嬌声がかすかに聞こえる。爆発現場から遠く離れた歩道
橋の上で、モーフィアスとトリニティは大成功のプラカードを振り回して踊り
狂った。
「幻惑殺法、大成功ねー!」
「あれだけ布石を打っておけば誰だって引っかかるねー! キアヌとアカギも
道連れねー!」
 トリニティは懐からスタンプカードを取り出して、ドクロのハンコを一つ押
した。カードには九十九個のドクロが並んでいる。
「あと一個で百個ねー!」
「Mサイズのピザが一枚サービスねー!」
 高笑いするトリニティの肩を、後ろから叩く者があった。トリニティは振り
返って嬉しそうに悪態をついた。
「誰ねー! お前なんかにピザは一切れもやらないねー!」
「それは残念だ」
 アカギだった。正面に据えた全自動卓には、手牌と山が対局途中のままで積
んである。
「アカギだー!」
 モーフィアスとトリニティはショックのプラカードを掲げて驚いた。はずみ
でトリニティの手からスタンプカードが落ちて、歩道橋の下の車道に吸い込ま
れていった。
「お前らの番だ。ツモれ」
 アカギは静かに勝負の再開を告げた。南家も北家もいない、夜空の下のタイ
マン勝負だった。
「そんな暇はないね! 今からキアヌの家に線香あげに行くね!」
「なら死ね」
 ツモを固辞したトリニティの眉間に万点棒が突き刺さった。トリニティはよ
ろめいて橋の欄干にもたれかかって、そのまま車道に落下した。ドクロのハン
コが懐からこぼれて、先に落ちたスタンプカードに百個目の刻印を押した。
「お前はどうする」
 残ったモーフィアスに抵抗の意思はなかった。ヨロヨロとアカギの向かいの
椅子に腰を下ろして、リーチ一発のツモを引いた。モーフィアス、ツモ。
ツモ切り。
「ロン」



「四暗刻単騎。64,000点」
「ヒンズースクワーット!」
 モーフィアスはたまぎるような叫びをあげて、トリニティとは反対側の欄干
から車道に落ちた。通りがかったピザ屋のバイクに衝突して、ピザを頭からか
ぶって息絶えた。Mサイズのピザだった。
「ククク……」
 ハリウッド気付の請求書を残して、アカギは席を立った。夜の歩道橋を降り
るアカギの背中を、冷たい月が見つめていた。