入り口の方で大きな音がした。雀荘ノースウエストに集まった暇人どもを目
で犯していたのび太は、視姦をいったんやめて入り口を振り返った。
「ん?」
壁際に立てかけてあったスーツケースが倒れていた。出木杉の持ってきた大
きなスーツケースは、のび太の見ている前で飛んだり跳ねたりして非常に落ち
着きがない。明らかに中に誰かが入っている。
「出木杉くーん。このカバンって、中身はなーに? ドラミちゃん?」
「あはははは。別に大したものは入ってないよ」
出木杉はスーツケースを起こして壁際に寄せて、強烈な膝蹴りをケースの側
面に叩き込んだ。ケースは活動を停止した。
「ドラミくーん!」
出木杉がドラミを呼ぶのとほぼ同時に、ドラミは格闘中のISAMIの首を斬り
落とした。ビームサーベルの血糊を懐紙でぬぐって、出木杉を見た。
「あら、チンコ丸出しで爆風に巻き上げられた出木杉さん。お元気?」
笑顔で出木杉に挨拶をした。爆弾はもちろんドラミの仕業だが、まったく悪
びれた様子はない。出木杉にもドラミを責めるつもりは毛頭ない。
「あはははは。ドラミくんのおかげですっかりお元気だよ」
「ふーんそう。ところで、あのスーツケースはなあに? コールドスリープ中
のあたしをさらって来たの?」
「あはははは。そんな訳ないだろ。実は、ドラミくんにお願いがあるんだ」
再びスーツケースが暴れ出したので、出木杉は足元に転がっていたISAMIの
生首をケースに思い切り投げつけた。ケースが沈黙したのを見届けて、出木杉
はドラミに向き直った。
「ドラミくん。のび太くん達と縁を切って、ボクの家に来てくれたまえ!」
「いやよ」
ドラミの返事はにべもない。しかしこれぐらいで諦める出木杉でもない。
「あはははは。そうくると思ったよ。でもねドラミくん、ボクのこの熱い思い
は、もはや誰にも止める事ができないんだよ!」
「あたし本人がいやだっつってんでしょ。あたし、出木杉さんのことが大っ嫌
いなの。小学生の癖に童貞だからって、あんま調子にのんないでよね」
普通の小学生は童貞ではないらしい。昨今の乱れた性風俗に乗り遅れた恰好
の出木杉は、しかしドラミの罵倒にも爽やかな笑顔のままだった。
「あはははは。相変わらず手厳しいなあ。でも、ドラミくんのそんなところが
たまらなく魅力的なんだよね」
顔は笑っているが、スーツケースを床に転がして足で何度も踏みつけている。
ちょっぴり腹が立っているらしい。ケースの中からくぐもった呻き声が聞こえ
てくる。
「出木杉くん、中のドラミちゃんが苦しがってるよ。やめてあげなよ」
のび太があんまり気の毒でもなさそうな声で出木杉に言った。誰も麻雀のメ
ンツに入ってくれないので、退屈のあまり自分の腕に点滴を刺して遊んでいる。
「あはははは。変な言いがかりはやめてくれたまえ。ボクがドラミくんにこん
な真似をする筈ないじゃないか」
「よしわかった!」
のび太は点滴の針を引き抜いて、点滴棒ごと出木杉に向かって放り投げた。
「ボク達と麻雀で勝負しろ! トップをとれたらドラミちゃんをくれてやろう
じゃないか!」
「あはははは。それは難しいなあ」
出木杉は点滴を受け止めてのび太に投げ返した。
「トップを取るのなんか簡単だけどね。ボク、雑魚相手に麻雀打ちたくないん
だよね。時間のムダだから。あはははは」
返ってきた点滴を、のび太はまたもや出木杉にぶん投げた。
「ところがどっこい! こっちのメンツには、あのアカギさんがいるんだい!
いくら出木杉くんとはいえども、楽には勝てないぞ!」
「え、アカギ?」
出木杉は点滴の針を目の前のアカギの脳天に突き刺した。緑色の液体がチュ
ーブを通って、アカギの体内に流れ込んでいった。
「ひょっとして、キミがアカギくん? あの無敵の雀鬼の?」
「ククク……」
「そーかー。 思った通り、麻雀以外に何の取り柄もないって顔してるねえ。
髪の毛ぐらい染めたら? お金ないの? ないよねえ。あはははは」
アカギはこの町の人間ではないので、出木杉はアカギの顔を知らなかった。
だからという訳ではないが、一回りは年上のアカギに対して凄まじいまでのタ
メ口を叩いた。
「ククク……」
薄く笑うアカギの顔は緑色だった。タバコの煙も緑色になった。のび太は空
になった点滴袋を新品と交換して、出木杉に確認をとった。
「どう? アカギさんなら相手に不足はないでしょ? 出木杉くん、絶対勝て
ないよ?」
「あはははは。そんなのやってみなくちゃ分かんないよ。この勝負、受けてあ
げるよ」
「いえーい! ドラミちゃん、出木杉家で飼い殺しになりたいかー!」
「知らね」
ドラミはジャイアンベッドに潜り込んで、気持ちよさそうに眠っている。出
木杉とのび太の勝手な約束など、守ってやるつもりは毛頭ない。
「うおー! 麻雀すっぞー!」
決戦の舞台は整った。ダーっと場決めをしてビューっと起家を決めてワーっ
と意味なく騒いで半荘がスタートした。
東一局、親はアカギ。のび太は第一ツモをツモりながら出木杉に尋ねた。
「出木杉くんは、どうしてドラミちゃんみたいな役立たずのワキガロボットと
一緒に暮らしたいの? なんかヤバい趣味でもあんの?」
「あはははは。まずはこれを見てくれたまえよ」
出木杉はどこからかノートパソコンを取り出して雀卓の上に置いた。ノート
パソコンはブラウザが起動してあって、出木杉が全裸で爆風に巻き上げられる
写真が表示されていた。
「あ、これ知ってる。出木杉くんがドラミちゃんのトラップにかかって大恥ぶ
っこいた時の写真だね」
「あはははは。ドラミちゃんの作ってくれたボクのホームページが大人気で、
バナークリックであっという間に大金持ちになっちゃったのさ。ドラミくんは
ワキガはワキガでも、金になるワキガなんだよね」
「バナークリックってなに? 豆腐と納豆を混ぜたヤツ?」
「その通り! これがバナーだよ」
ページの右側には「ギャンブルで一攫千金」とか「超エロ汁だくサイト・毛
穴までクッキリ!」と書かれた画像が山ほど表示されていて、夜空のお星様み
たいに瞬いている。
「この画像をクリックするだけで、契約を交わしたスポンサーからお金がもら
える仕組みなんだよ。めちゃくちゃボロい話でしょ。あはははは」
「ウソつけバカ。世の中そんなに甘くはねーんだよ」
話を聞いていたのび太の目が凶悪な光を帯びて、出木杉を睨みつけた。十円
玉を握りしめて泣き叫ぶママの姿が脳裏に浮かんだ。
「あはははは。それじゃあ、ちょっと試してみようか」
出木杉はノートパソコンのタッチパッドに指を乗せて、カーソルを動かして
バナーの一つをクリックした。
「まいどー」
雀荘入り口のドアに空いた穴から腕が伸びて、一通の封筒を出木杉に投げて
よこした。出木杉は封筒の中身をのび太に見せてやった。
「ほら、こんなに入ってる」
封筒の中には一万円札の束がギッシリと詰まっていた。
「すごーい!」
のび太の脳裏のママは消えて、代わりに洗濯槽に札束と一緒に突っ込まれて
グルグル回っているのび太自身の姿が浮かんできた。
「よーし! ボクもバナークリックで金持ちになってグルグル回るぞー!」
「リーチ」
八巡目、ドラえもんがリーチ。今までずっと黙っていただけで、実はドラえ
もんは生きていた。のび太はドラえもんに抱きついて体中をなめ回した。
「ドラえもーん! ボクにもホームページを作っておくれよー!」
「はいはい。このリーチに振り込んでくれたら作ってあげるからね」
「おっしゃ! 一発で当たり牌出してやるから吠え面かくなよ!」
同巡のび太、バラ色の明日を夢みて打
。
大きな爆発音があった。今度はスーツケースではなく、雀荘の外のエレベー
ターの方から聞こえた。誰かがこの階で降りたようだ。
「うっさいわね!」
ドラミは目を覚ましてベッドから身を起こした。不機嫌極まりない表情でビ
ームサーベルを携えている。
「ドラミ様の安眠を妨害するなんざ、いい度胸してんじゃないのよ。腐った魂
を浄化してやるからとっとと来なさいよ」
足音が雀荘に近づいてくる。ドラミはビームサーベルを青眼に構えている。
けたたましくドアが開いて、飛び込んできた黄色い塊が血走った目で絶叫した。
「あたしのスプーンはどこよー!」
ドラミだった。
東二局、親はドラえもん。ドラは
。宣言通り一発でドラえもんに振り込
んだのび太は、両手をドラえもんに伸ばして嬉しそうにおねだりをした。
「さ、今度はドラえもんの番だぜ。ホームページくれ」
「ふざけんなバカ。ホームページなんか絶対に作ってやんねー」
幸先のいいスタートを切ったにもかかわらず、ドラえもんはすこぶる機嫌が
悪い。乱暴に卓に叩きつけた第一打の
に亀裂が走って、真っ二つに割れた。
「なに怒ってんだよドラえもん。
が五枚になっちゃっただろ」
「うっさいボケ。さっきのオレのアガり手をよく思い出してみやがれ」
「ドラえもんの手? えーと、確かこうだったかな」












←ロン
「なんだよ、チョンボじゃねーか。罰符8,000点払えや」
「全然違うよバカ。こうだよこう」












←ロン
「リーチ一発ピンフ三色で8,000点の筈だったのに、のび太くんが
なんて中
途半端な牌を切るから、ピンフすらつかなかったじゃないか。ホームページぐ
らい自分で作れ。出来なかったら鼻くそでもほじってろ」
のび太は言われた通りに鼻くそをほじって、割れた
の断面になすりつけ
て元通りにくっつけた。
「怒ったふりなんかしちゃって、本当はホームページなんか作れないんだろ。
もういいから金だけよこせ、この無能。役立たず。税金未納者」
ドラえもんの第二打、
。今度は真っ二つどころか粉々に砕け散って、ド
ラが一気に二十枚ぐらいに増えた。のび太は鼻くそで
を丁寧に補修して、
ドラえもんを諦めて出木杉に鞍替えした。
「出木杉くーん。ボクだけのためにホームページを作っておくれよー」
「あはははは。それじゃあ、この対局をネット中継でもする?」
「ネット中継って、テレビみたいなことがホームページでできるの? バナー
クリックで大儲けできる?」
「あはははは。もちろんできるさ。のび太くんの華麗な打ち筋なら大人気間違
いなしだよ」
「マジですかー!」
のび太は椅子ごと後ろにぶっ倒れて、雀荘を飛び出してベンツのエンブレム
を握り締めて戻ってきた。
「出木杉くん、今すぐネット中継しておくれ! これあげるから!」
「あはははは。セッティングをするからちょっと待っててね」
出木杉はのび太からもらったエンブレムを窓から放り捨てて、三脚のついた
カメラをのび太の後ろに設置した。
「のび太くんがギャラを独り占めできるように、のび太くんの手牌だけを中継
するからね。オーケー?」
「オーケーに決まってんだろこの童貞! ボク、お金の為ならどんなことでも
やっちゃうよ!」
予想通り全裸になったのび太はほっといて、出木杉はカメラの向きを調節し
て天井から大きなスクリーンを吊るした。カメラのスイッチを入れるとのび太
の手牌が鮮明に映った。スクリーンはのび太の背後にあるので、のび太は映像
を見ることができない。ネット中継されているものと完全に信じ込んでいる。
「どう? お客さん、いっぱい来てる? バナークリックは?」
「あはははは。クリックしてもらいたかったら麻雀を始めようよ。みんな待っ
てるんだからさ」
「はーい! カメラにチンコを押し付けてもいーい?」
「そんな汚いもん見たくないよ。あはははは」
対局再開。金に目がくらんだのび太の手牌の動きを、出木杉とドラえもんと
アカギの三人はスクリーン越しにじっと観察している。













「ポン!」
のび太、
をポン。打
。











←ポン
「ポン!」
のび太、
をポン。打
。








←ポン 

←ポン
「ポン!」
のび太、
をポン。打
。のび太の捨て牌はこうである。










「あはははは。のび太くん、その捨て牌でソーズのホンイツかあ。やるねえ」
「
と
のシャボ待ちか。こりゃ誰かが振り込むね。間違いない」
「ククク……」
「どうだ! ボクが本気になればざっとこんなもんだ!」
のび太はそっくり返って景気付けの毒霧を吹いた。自分の手が筒抜けである
ことには全く気が付かない。
「ツモ」
十二巡目、アカギが無情にそう告げて手牌を倒した。












←ツモ
十一巡目に、アカギは
を切っている。つまり、高目ピンフイッツードラ
一を捨てて
と
のシャボに受けたのだ。のび太は不発に終わったホンイツ
の手牌をゴミ箱に叩き込んで、悔しそうに愚痴をこぼした。
「なんだよなんだよ、ツモのみかよ。その手をイッツーに受けないなんてアカ
ギさん、ひょっとしてボクの手が見えてるんじゃないの?」
のび太としては冗談のつもりだったが、三人はなぜかムキになって否定した。
「ボクたちがそんな卑怯な真似をするはずがないだろ。後ろから盗撮してる訳
じゃあるまいし、どうやったらのび太くんの手を覗くことができるんだよ」
「あはははは。負け惜しみばっかり言ってると、誰もバナーなんかクリックし
てくれないよ。気を取り直して東三局でリベンジだ!」
「ククク……」
「くそー!」
のび太はゴミ箱から牌を拾ってきてサイコロを回した。東三局、親はのび太。
のび太の配牌はどんなもんかと、三人はスクリーンを注視した。そのスクリー
ンの映像が突如途絶えて真っ黒になった。
「あれ? カメラの故障かな?」
席を立ちかけた出木杉の首筋に、焼きゴテを近づけたような熱の感覚が生じ
た。出木杉は後ろを振り返った。
「コラ」
ドラミがビームサーベルを構えて立っていた。刀身を出木杉の喉元に突きつ
けて、つぶらな瞳を愛嬌たっぷりに見開いている。
「アンタ、一体何をしたのよ」
「あはははは。そりゃ、バカののび太くんを騙してコケにして遊んでいたんだ
よ。ドラミくんだっていつもやってることだろ?」
「麻雀の話なんかしてないわよ!」
のび太の背後からもドラミの声がした。壊れて鉄くずになったカメラを三脚
ごと引きずって、出木杉に近づいてきた。二人のドラミは出木杉をはさんで、
物凄い剣幕で怒鳴り散らした。
「なんであたしが二人もいるのよ! あんた、ここに来る途中にのび太さんの
家に立ち寄って、コールドスリープの装置に何か細工をしたでしょ!」
「そうよ、アンタの仕業に決まってるわよ! 覗き見趣味の童貞のやる事なん
ざ、全部お見通しなんだからね! キリキリ白状しちまいなさいよ!」
前後から激しく詰め寄られても、出木杉は平気な顔で笑っている。壊れたカ
メラをドラミから引ったくって、ビームサーベルの切っ先に突き刺した。カメ
ラは白い煙を吹いて蒸発した。
「あはははは。ドラミくんがボクの奴隷ロボットになってくれるんだったら、
教えてあげてもいいんだけどね。どうする?」
「取り引きできる立場じゃないだろボケ! アタシがちょっと手を伸ばしたら
アンタ、サーベルでズブリでジュッでチーンよ! のび太さんの鼻くそでも生
き返れないんだからね!」
「どーせスーツケースの中身はコールドスリープ中のあたしでしょ! とっと
と出してやって、このうっとおしい状況をなんとかしなさーい!」
「あはははは。そんな事よりも、新しいお客さんが来たみたいだよ」
「お客?」
二人のドラミは同時に入り口を見た。三人目のドラミがマンモスの牙を肩に
かついで立っていた。
「今日からこれがあたしの新しいスプーンよ! さあ、カレーをお出し!」
三人目のドラミはマンモスの牙を振り回した。部屋の隅っこにうずくまって
いた江田島の後頭部をかち割って、カウンターに寝そべってマンガを読んでい
たケンシロウの背骨を粉砕して、そして二人のドラミと目が合った。
「ん?」
驚いて何かを叫ぼうとしたが、ドラゴンのブレスに吹き飛ばされた。のそり
と雀荘に入ってきたドラゴンの背中には、四人目のドラミが乗っていた。ドラ
ミは床に降りて、ドラゴンの目の前で一枚の借用書を破り捨てた。
「はい、これでアンタの借金はチャラね。伝説の生き物の分際でアタシに麻雀
で勝とうなんざ、百万年早いのよ」
「アギャー」
「もう帰っていいわよ」
「アギャー」
ドラミの送迎を終えたドラゴンは、心底ホッした声で鳴いて帰っていった。
ドラミは雀荘の中を見回して、すでにドラミが三人いるのを発見した。
「あら、あたしのニセモノ? ぶっ殺しちゃってもいいのかしら」
ポケットからデザートイーグルを取り出して、ドラミに向かって発砲した。
「させるかー!」
二人のドラミは出木杉いじめを中断して、四人目のドラミに襲い掛かった。
三人目のドラミもマンモスの牙で応戦した。今しがたやってきた五人目のドラ
ミは事情が分からないなりに、四人目のドラミの足にかみついている。
「あはははは。アホのケンカはほっといて、ボクらは麻雀を続けようよ」
「へーい」
親ののび太が第一打の
を切った。いつの間にかセワシがのび太の後ろに
いて、のび太の手牌とドラミ軍団を交互に眺めている。
「あのさ。電池の極性を逆にしたのって、ひょっとして出木杉か?」
セワシの質問に、出木杉は笑って答えた。
「あはははは。電池ってなんのことさ。あのコールドスリープ装置って、ひょ
っとして電池で動いてたの?」
「知らないのか。装置の誤動作は電池のせいだってドラミが言ってたんだけど」
電池をいじくった犯人は実はHAJIMEなのだが、HAJIMEはISAMIの死体の処理
に忙殺されて説明どころではない。ともかく、電池の向きが変わったのは幕末
の京都での話なので、ドラミが増えた原因は他にある。
「あはははは。装置の操作パネルにモード切替スイッチってのがあってね。ボ
クがいじったのはそれだよ」
「モード切替スイッチ? で、どんなモードに切り替えたんだ?」
「パニックモード」
セワシには技術的なことは分からないが、すべてが理解できたような気がし
た。大勢のドラミがごたまぜになって闘っているこの惨状は、パニック以外の
何者でもない。
「リーチ!」
六巡目、のび太のリーチが入った。セワシはのび太のそばを離れた。
「ちょっとドラミんとこに行ってくるわ。今の話、チクっちゃってもいいか?」
「あはははは。どうぞご勝手に。あ、その前にちょっと」
出木杉が呼び止めたので、セワシは足を止めて出木杉を見た。
「なんだ?」
「のび太くんの待ち牌を教えてくれないかな?」
セワシはのび太の手牌を覗き込んだ。













「
と
の三面待ちだ。それじゃ、オレはこれで」
「うおーい!」
スクリーンには気づかなかったが、これだけ堂々とスパイ行為をやったらそ
りゃバレる。のび太はセワシに猛然と抗議したが、セワシは素知らぬ顔で行っ
てしまった。仕方がないので出木杉に怒りの矛先を向けた。
「そりゃないですよ出木杉さん! こんな不正行為が許されるんだったら、ボ
クだって黙っちゃいませんよ! 連盟に提訴してやる!」
「あはははは。バナークリックのお金を預かってるけど、いる?」
「いるー!」
のび太は嬉しさのあまり洋服を着なおして、改めて脱いで全裸になった。出
木杉の取り出した封筒を奪い取って、手の上で逆さに振った。中身は十円玉と
タクワンが一切れだった。
「わーい!」
「バナークリックの回数が増えれば、金額もどんどんあがっていくからね。さ
あ、のび太くんのツモ番だよ。あはははは」
「はーい!」
もちろんのび太はアガれなかった。出木杉にタンピン2,000点を振り込んで、
東三局終了。
「と、いう訳だ」
セワシからパニックモードの話を聞いたドラミが痛恨の舌打ちをした。ドラ
ミは二十人以上に増殖していたが、スプーンを持っているのはこのドラミ一人
だ。つまり、セワシと共に幕末に飛んだドラミである。
「抜かったわね。パニックモードなんて何の役にも立たないんだから、機能を
殺しておくべきだったわ」
「それはいいんだけどさ、ちょっとおかしくないか?」
セワシはドラミだらけになった室内を見回して首をひねった。
「パニックモードであっちゃこっちゃにタイムスリップしたってのは分かった
けどさ、どうしてドラミだけが増えるんだ? オレもドラミのコールドスリー
プに付き合ったんだから、オレだってドラミと同じ数だけノースウエストに帰
ってくる筈だろ?」
「そういやそうよね。ちょっと聞いてみましょ」
ドラミはドラゴンに乗ってきた四人目のドラミを捕まえて、質問した。
「ねえねえ。アンタと一緒だったセワシさんは、どこ行っちゃったの?」
「ドラゴンの親玉がお腹がすいたって泣くから、食わせてやったわよ」
「だってさ。謎がとけてよかったわね」
ドラミはセワシにニッコリと微笑みかけた。
「貴様らー!」
セワシは雀卓の上に立って、ドラミの群れに向かって大音声を張り上げた。
大体の想像はつくのだが、聞かなければ納まりがつかなかった。
「貴様らと一緒にいたセワシはどうなった! 順番に答えやがれ!」
「帰りたい帰りたいってうるさいから、牙で殴り殺してやったわよ」
「魔女はいませんかって聞かれたから、冗談で突き出してやったわよ」
「目が覚めたら宇宙空間で、破裂して勝手に死んだわよ」
「サバンナではぐれちゃったから置いてきちゃったわよ」
「孔明が泣きながら斬ったわよ」
「カノッサの屈辱で死んだわよ」
「ノー!」
セワシは頭を抱えて慟哭した。時代と場所を飛び越えて、幾人ものセワシを
襲った過酷な運命を思って、セワシは自分の魂までもが消えてしまうような絶
望感に襲われた。
「でもさ、セワシさんは今こうやって生きてるんだから、他のセワシさんがど
うなったって関係ないじゃない。しょせんは他人よ、他人」
ドラミが明るく励まして、それでセワシは立ち直った。
「そういやそうだな。カレーでも作ろっと」
セワシは雀卓から飛び降りて、鼻歌交じりのスキップで厨房に引っ込んだ。
セワシを見送ったドラミは共食い中のドラミたちに目を戻して、ビームサーベ
ルの柄で肩を叩きながら考えた。
「さて、このバカ共をどうしてくれようかしらねえ……」
東四局、親は出木杉。のび太は出木杉に一つの提案を持ちかけた。
「ねーねー。出木杉くんがトップじゃなくても、ドラミちゃんを全部持ち帰っ
てもいいからさ、ボクにトップを取らせてくれないかな?」
「あはははは。悪いけどお断りするよ。こんなにたくさんのドラミくんを相手
にしたら、さすがのボクでも腰がもたないよ」
童貞の癖して分かった風な口をきく。しかし元よりいい返事を期待していた
訳ではなかったので、のび太はあっさり引き下がった。
「そりゃそうだよねえ、エサ代だって馬鹿にならないし。でもトップをとれな
かったら、スーツケースの中のドラミちゃんもあげないよ」
「あはははは。だからドラミくんじゃないって言ってるだろ。コールドスリー
プ中のドラミくんをさらってきたとして、じゃあこの雀荘の有り様はどうやっ
て説明するのさ」
最後のドラミが雀荘に出現してからしばらくたつ。パニックモードによって
増殖したドラミは全員が雀荘に帰ってきたようだが、ドラミのバトルロイヤル
は一向に決着する様子がない。元は一人のドラミなので、戦闘力も悪知恵も思
考パターンも全く同じな上に、スプーンが見つからなかった苛立ちで攻撃が雑
になって、誰一人として有効打を与えられない。ただ一人、幕末でスプーンの
奪還に成功したドラミだけが、ジャイアンベッドで余裕の高いびきをかいてい
る。戦闘に巻き込まれたスーツケースがドラミの輪の中でもみくちゃになって、
のび太の足元に転がってきた。のび太はケースのロックに手をかけた。
「代わりにブタでも放り込んどけば勝手にドラミちゃんに変身するだろ。この
ケースの中身はぜーったいドラミちゃんだね。賭けてもいいよ」
「あはははは。開けてもいいけど、どうなっても知らないよ。ところで、何を
賭けるつもりなんだい?」
「貴様の命だー!」
のび太はケースのロックを外して、勢いよく蓋を開けた。開けたと同時に、
ロープでぐるぐる巻きになった少年がケースから飛び出した。さるぐつわまで
噛まされている。
「んー!」
ドラえもんを見て助けを求めるが、ドラえもんはシカトを決め込んでいる。
誰もロープをほどいてくれないので、床を這いずって摩擦でロープを切って自
分でさるぐつわを外した。
「ぷはー!」
少年は立ち上がった。パンツ一丁にメガネをかけたアホ面は、アカギの対面
で麻雀を打っている全裸でメガネのクソガキと全く同じ顔をしていた。すなわ
ち、少年もまた野比のび太であった。新しい方ののび太が叫んだ。
「みんな、騙されるな! そこにいるのび太は、ニセモノののび太だ!」
「またバカが面倒くさいことを言い出したよ」
ドラえもんはため息をついて雀卓に突っ伏した。ドラミが分裂して、ただで
さえうっとしいところに今度はのび太が二人になって、ドラえもんのやる気は
限りなくゼロに近づいた。最後の力を振り絞って、出木杉に尋ねた。
「どこで拾ってきたんだよ、こんな粗大ゴミ」
「あはははは。ボクが街の住人に発信機をつけてるのは知ってるよね」
「知ってる訳ないだろ。オレにもついてるんだったら今すぐ外せこの野郎」
「あはははは。まあいいじゃないか。ドラミくんの反応が二つになったんで、
のび太くんの家に様子を見に行ったんだ。ついでにのび太くんの部屋を物色し
たら、押入れでのび太くんが気を失ってたって訳さ。のび太くんは雀荘で麻雀
を打っている筈なのに」
「雀荘の盗撮までしてやがったのか。この犯罪者。あー嘆かわしい」
ドラえもんだって人のことは言えない。
「で、結局どっちが本物ののび太くんなんだよ」
「モチロン、ボクが持ってきた方が本物だよ。受信機で確認したからね。面白
いからずっと黙ってたんだけど」
そこまで喋って、出木杉は雀卓ののび太を見た。のび太は表情の無い顔で出
木杉をじっと見つめている。
「あはははは。キミは、一体誰なんだい?」
雀卓ののび太はうつむいて、低い声で言った。
「そんなにオレの正体が知りたいか」
別に誰も知りたくなかった。ドラえもんは鼻くそをほじりながらエロ雑誌を
読んでいるし、アカギは透明の点滴を打って肌の色を元に戻しているし、出木
杉は相変わらず馬鹿みたいに笑っている。
「そんなにオレの正体が知りたいか」
もう一度言ってみた。やはり誰も返事をしない。スプーンを持ったドラミが
出木杉のそばにやって来た。
「出木杉さん、オリジナルのドラミはまだポッドの中にいるのね?」
「あはははは。モード切り替えスイッチ以外はなーんにもいじってないよ」
「オー、イエス!」
ドラミは雀荘を飛び出した。夜の街道を爆走し、二つ目の角を曲がったとこ
ろでトラックにはねられて死んだ。しかし死んでいる場合ではないので、すぐ
さま起き上がってまた走り出した。走って走ってのび太の家に到着して、コー
ルドスリープ装置に飛び込んだ。
「あー。派手にやってるわねー」
装置の中には七色のスポットライトが煌々と輝いて、ビートのきいたBGMが
流れている。確かにパニックモードの真っ最中であった。一旦パニックモード
に突入すると、他のモードへの変更はきかない。オリジナルのドラミを殺せば
雀荘のドラミはすべて消えるが、同時にここにいるドラミも消滅する。ドラミ
は一体どうするつもりなのか。
「こーすんのよ!」
ドラミはポッドを開けて、大口あけて眠っているドラミの頭に反陽子爆弾を
突き刺した。そして雀荘にとって返した。
「ただいまー!」
「そんなにオレの正体が知りたいか」
まだ言ってる。やっぱり誰も相手にしていない。ドラミもニセのび太には委
細構わず、他のドラミたちの頭に注目した。予想通り、反陽子爆弾が刺さって
いる。ドラミは自分の頭にも刺さっている爆弾を抜いて、ポケットから起爆ス
イッチを取り出した。
「あたしは一人で充分なのよ! グッバイ!」
スイッチを押した。ドカンといった。ドラミはすべて砕け散った。賑やかだ
った雀荘ノースウエストは静寂を取り戻して、やっとまともに麻雀が打てる環
境になった。
「あはははは。そういう訳で本物ののび太くん、対局を引き継いでくれたまえ」
「はーい!」
本物ののび太はニセのび太を蹴倒して雀卓について、東四局途中の手牌を開
いた。














「うひょー! 128,000点だー!」
「すごいなあのび太くん。そんな手をテンパってるなんてさすがだなあ」
「あはははは。ボクらはベタオリ決定だから、存分にアガってくれたまえ」
「ククク……」
三人ともそう言いながら、手牌に両手をかけてのび太の捨て牌を待ち構えて
いる。のび太は全ての事情を察した。
「わーい! 罠だ罠だー! どーせ
切ったら三人揃ってロンでしょー!」
「そんな事ないって。さあ、勇気を出して
タンキに受けてごらんよ」
「あはははは。のび太くん、カモン!」
「ククク……」
「よーし! お言葉に甘えて切っちゃうぞー!」
のび太、パンツ一丁で打
。
「ロン!」













「トイトイ三暗刻、マンガン!」
「ロン!」













「あはははは。タンヤオ三色イーペーコードラ三、ハネマン!」
「ロン」













「九連宝燈。32,000点」
「いえーい! ボクってかわいそー!」
のび太は泡を吹いて失神した。のび太のトビで半荘終了。トップはアカギ。
出木杉、ドラミ獲得ならず。激闘の幕はここに閉じた。
「そんなにオレの正体が知りたいか! よし分かった!」
誰にも何にも言われてないのに、ニセのび太は勝手にマスクを剥ぎ取った。
のび太のマスクの下から出てきたのはセワシの顔だった。サバンナでドラミに
置いてけぼりを喰らったセワシのようだ。頭にライオンが食いついている。セ
ワシは両目に涙を一杯ためて絶叫した。
「ドラミに復讐するために、オレは帰ってきた! オレを捨てたドラミはどこ
だー!」
「もうあたしがぶっ殺しちゃったわよ」
「そうか、それならよろしい! オレに心ゆくまでカレーを食わせろー!」
カレーの代わりに鉛の弾が飛んできた。セワシの額をライオンごと撃ち抜い
て、セワシとライオンは血溜まりの中に倒れて死んだ。壮絶な最期であった。
セワシの死体のその先に、銃を構えたセワシが立っていた。
「セワシの名を名乗っていいのは、この世にオレ様ただ一人なんだよ」
セワシは銃口から立ち昇る煙をふうと吹いて、作りかけのカレーの待つ厨房
へと戻っていった。