ミスターがやる気になったところで、すぐに刃牙と試合ができる訳ではない。
刃牙は日本の裏格闘界のチャンピオンなので、プロモーターの徳川光成に試合
の許可を得なければいけない。徳川に無断で決闘を行うと、刃牙とミスターの
頭に埋め込まれた爆弾が爆発して二人とも死んでしまうらしい。
「え?」
ミスターは頭に手をやって変な声を出した。猪狩は猪狩号の操縦席に座って
重そうなバーベルを持ち上げている。
「ボクの頭にも爆弾が埋まっているのか」
「そーだ! 死にたくなかったらご老公の機嫌を損ねるような真似はするな!」
「いつ埋めたんだ」
「行くぞー!」
猪狩はミスターの質問には答えず、バーベルをものすごい勢いで上げ下げし
た。猪狩号は格段に速度を上げて、あっという間に徳川の邸宅に到着した。
「このたわけがー!」
ミスターは頭からつま先まで真っ赤に染まった。大広間に一歩入っただけな
のに、そこにいた徳川にいきなりトマトジュースをぶっかけられた。
「ボクが何かたわけたことをしましたか」
ミスターは片手で顔をぬぐいながらミスターに訊いた。もう片方の手で尻を
つねって必死に怒りをこらえている。
「キサマは刃牙と闘うために日本にやってきたそうじゃな」
徳川は言いながら、新しいトマトジュースをバケツになみなみと注いでいる。
「はい。明日にでもボクとバキくんとの試合を組んでいただきたい」
「それがたわけと言っとるんじゃ!」
徳川はまたトマトジュースをぶっかけたが、これはミスターの予測内の攻撃
だった。ミスターは今度は完全にかわした。
「元気ですかー!」
しかし横からの猪狩のビンタはかわせなかった。ミスターはトマトジュース
よりも真っ赤な血を吐いて豪快に倒れた。
「甘いぞミスターくん! キミは実戦経験ゼロのド素人で、刃牙くんは史上最
強のチャンピオンだ! 今のままでは格が違いすぎて観客が全員寝るぞ!」
「そこでじゃ!」
徳川は床に這いつくばったミスターに三枚の写真を放り投げた。ハゲ、ジジ
イ、ゴリラの三人の男が写っていた。
「愚地独歩、渋川剛気、ジャック・ハンマー。その中の誰か一人にでも勝つこ
とができれば、刃牙との対戦を認めてやろうじゃないか」
「誰か一人?」
ミスターは写真をつかんで立ち上がった。口元に微かに笑みが浮かんでいる。
「それでは少し面白くない。三人まとめて倒してやりますよ」
「作戦会議だー!」
猪狩はタンクローリーのホースをミスターに向けてトマトジュースを放射し
た。ミスターは壁ごと外に押し流されて、猪狩はトマトジュースの川をクロー
ルで泳いでミスターの後を追った。
「ダッシャー!」
ファミレスのテーブルが真っ二つになった。猪狩はブリッジの姿勢から起き
上がって、体についたテーブルの破片を払い落とした。コーヒーを運んできた
若い女の店員が、凍りついたようになって猪狩を見ている。
「今のがバックドロップだ! ミスターくんも覚えろ!」
ミスターはトマトジュースのグラスを持ったまま、首を横に振った。
「それはボクシングの技じゃない」
「そんなことはどーでもいい! バックドロップもできないようではあの三人
には勝てんぞ!」
「ボクには父からもらったボクシングの才能がある。それで充分だ」
ミスターは猪狩に背を向けてファミレスを出た。独歩に告げた決闘の時刻が
近づいていた。
つづく
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