
2005年50号 第274話
【前回まで】
アライJr.を退けた刃牙は再び父・勇次郎へ挑戦を申し出た…!!刃牙の成長を認めた勇次郎は、その申し出を受け、その場を後にしたッッ!!
刃牙の挑戦を受けた勇次郎は、徳川光成に舞台のお膳立てを託して闘技場を
出た。と思ったらすぐに踵を返して戻ってきた。
「光成ー! 報せはまだかー!」
「まだじゃ」
当たり前のように徳川は答えた。勇次郎はその辺をウロウロと歩き回って時
間を潰した。五分くらいたってまた言った。
「光成ー! 報せはまだかー!」
徳川は返事の代わりに、別の事を勇次郎に聞いた。
「勇次郎くん、キミすっごい疲れてるじゃろ」
「疲れてなどいない!」
勇次郎はムキになって否定した。徳川はボディーガードに命じて、大きな太
鼓を勇次郎の前に運ばせた。刃牙とミスターの試合開始時に勇次郎が叩いたも
ので、片側の打面が破れている。破ったのはもちろん勇次郎だ。
「太鼓の膜って、簡単には破れないようにできてんの。それを破れるぐらいの
力で叩いたんだから、勇次郎くんはとても疲れてる筈なの。疲れてるじゃろ?」
勇次郎は太鼓の穴をさらに穴が開くほど見つめて、少し考えてから答えた。
「疲れている!」
「じゃろ。ワシ頑張って試合の準備するから、ホテルに戻って寝て待ってて」
勇次郎は暴風のように闘技場を出た。ホテルの階段をかけあがって最上階の
自分の部屋に戻るや否や、パジャマに着替えてベッドに頭から飛び込んだ。
「おりゃー!」
百点満点のダイブだった。勇次郎はベッドと床を突き破って、一階ロビーか
ら地下に潜ってドリルのように突き進んだ。地表に出たらそこは闘技場だった。
「光成ー! 試合ー!」
「まだじゃて」
答えた徳川の横には、巨大な砂時計が置いてあった。ボディーガードが二人
がかりでひっくり返すと、白い砂が糸のように下に落ち始めた。徳川はその砂
時計を勇次郎に背負わせた。
「あのね。試合の準備って、ものすごい手間と時間がかかるの。知ってる?」
「知ってる!」
勇次郎は即答して首を何度も縦に振った。まず間違いなく知らない。
「その砂時計の砂が全部下に落ちたら試合ができるから、それまでおとなしく
待っててほしいのね。いい?」
「いい!」
勇次郎は脇目もふらずにホテルまでの道を歩いた。踏み切りも赤信号も目に
入らなかったので、電車にもトラックにも轢かれたが、無敵の勇次郎はかすり
傷ひとつ負わなかった。ホテルの部屋に入って砂時計を確認した。
「砂はー!」
砂時計はあまり無敵ではなかった。ガラスの容器は粉々に割れて、砂は一粒
たりとも残っていなかった。
「光成ー! 試合だー!」
口から泡を吹いて叫ぶ勇次郎と砂時計の残骸を交互に見て、徳川は腕を組ん
で考えた。そして勇次郎を見た。
「しゃーない。今すぐ試合すっか」
「はじめー!」
勇次郎は自分で開始の合図をして、ゴロ寝をしていた刃牙に襲いかかった。
その勇次郎の快進撃を、徳川はパジャマのすそをつかんで止めた。
「ただし、客を一人でも連れてきたらの話じゃ」
刃牙とミスターの試合直後なので、観客はすべて帰ってしまっていた。勇次
郎は試合場のフェンスを乗り越えて、最前列の席にふんぞりかえった。
「オレが客だー!」
「はじめー!」
徳川が試合開始の太鼓を鳴らした。刃牙は面倒くさそうに起き上がって、客
席の勇次郎に向かって構えた。
「こいよオラ」
「オレは客だー!」
「いいからこいよオラ」
「オレは客だー!」
巨凶勇次郎、動かず!
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