『ハムレット』 の二つのエスペラント語訳に見る

エスペラント語の造語法

カテゴリーを表す接尾辞

 

The Word Formation in Esperanto

as Seen in Two Translations of Hamlet

(La Esperanta Vortfarado Vidata en Du Tradukoj de Hamleto)

 

 

 

(Toshifumi Noro)


 

 

 

                  目次

 

I. エスペラント語について

1. エスペラント語とは

2. 文学作品のエスペラント語翻訳

3. 自然言語と人工言語

4. エスペラント語の特徴

5. エスペラント語の造語法

6. エスペラント語の単語の構造

7. エスペラント語における単語の創作

II.『ハムレット』のエスペラント語訳

1. ザメンホフ訳とニューエル訳に見るエスペラント語

2. 二つの翻訳間の語彙の隔たり

III.  カテゴリーにかかわる接尾辞

1. 「行為」、「物」、「性質」、「人」を表す接尾辞

2.  -AD (行為を表す)

3.  -AĴ (物を表す)

4.  -EC (性質を表す)

5.  -UL (人を表す)




 

I. エスペラント語について

1. エスペラント語とは

 エスペラント語はザメンホフによって創案された言語である。ポーランドの眼科医ザメンホフ (Ludwik Lejzer Zamenhof ) (18591917) 1887年に40ページの小冊子を発行し、彼が創案した言語を世に発表した。ザメンホフはDr. Esperantoというペンネームを使用したため、この新しい言語は「エスペラント博士 (医師)の言語」と呼ばれ、やがてエスペラント語と呼ばれることになった。Esperantoとは「希望する者」の意味であるが、作者のペンネームがそのまま言語名となっていったのである。

 この小冊子は1887年にロシア語、ポーランド語、フランス語、ドイツ語の4つの版で出版され、翌年1888年にはヘブライ語の版が続いた。1888年に英語版も出版されたが、訳がまずかったためすぐに廃刊となり、1889年に別の人の英訳で再出版された。同じ1889年にはスウェーデン語とイディッシュの版が出版された。この小冊子にはこの言語の起源と原則、この言語の実例、6ページにわたる文法、簡単な語彙集などが含まれていた。

 1888年にザメンホフは2冊目の小冊子Dua Libro de l’ lingvo internacia (国際言語の2冊目の書) を今度はエスペラント語で発表した。この小冊子には最初の小冊子の読者から寄せられた批判に対する返事や、アンデルセンの童話La ombro () のエスペラント語訳、15のことわざ、2つの詩のエスペラント語訳などが載せられていた。 

 この2冊目の小冊子の補遺で

 

Tiu ĉi libreto estas la lasta vorto, kiun mi elparolas en rolo de aŭtoro. De tiu ĉi tago la estonteco de l’ lingvo internacia ne estas jam pli multe en miaj manoj, ol en la manoj de ĉia alia amiko de la sankta ideo. Ni devas nun ĉiuj egale labori, ĉiu laŭ sia forto.... Ni laboru kaj esperu!

この小冊子は私が作者として発言する最後のことばである。今日という日からこの国際言語の未来は私の手の中にあるというより、聖なる考えのすべての他の友の手の中にあるのである。我々は全員が平等に自分の力に応じて働かなければならない。 (…) 働き、希望しようではないか !

 

とザメンホフは述べたが、この宣言によってザメンホフはエスペラント語の作者としての権限を放棄し、エスペラント語はこの言語を使用する人々のものとなっていくことになるのである。

 

2. 文学作品のエスペラント語翻訳

 ザメンホフの考えは単に基本的コミュニケーションに使用できる言語を作るということではなく、一つの完全な言語を作るということであった。したがって文学も最初から一部分として考えられていたのである。ザメンホフ以外の人が最初に出版したエスペラント語の出版物はAntoni Grabowski訳のプーシキンの短編「吹雪」であった。ザメンホフはある人からCharles DickensThe Battle of Lifeのドイツ語訳を見せられ、これをエスペラント語に訳すことはできないだろうと言われたので、この考えが間違っていることを示すために、この作品をエスペラント語に翻訳して出版した。

エスペラント語の活動は教科書の作成に全力を傾けるべきであって、文学作品のエスペラント語への翻訳は時間の無駄であるという意見もザメンホフのもとに寄せられた。これに対してザメンホフは、

 

Lernolibroj, anoncado, k.t.p. estas necesaj, sed literaturo estas ankaŭ necesa, ne malpli, sed eĉ multe pli.

教科書、宣伝などは必要であるが、文学もまた必要であり、より少なく必要なのではなく、それら以上に必要なのである。

 

と答え、主要文学作品の良い翻訳ほど説得力を持つものはないと述べている。このような時期の1894年に『ハムレット』のザメンホフによるエスペラント語訳が出版された。これはエスペラント語という言語が最初に発表されてから7年目のことであった。この翻訳によって、文学作品不要論のような論争は収まることになり、エスペラント語の活動にも活力が生み出された。

ザメンホフが彼の最初の主要な翻訳として『ハムレット』を選んだのは、シェークスピアが偉大と見なされていた作家であり、またシェークスピアの作品の中でも『ハムレット』が最も言及されることの多い傑作と見なされていたからであった。『ハムレット』では散文の箇所と韻文の箇所があるが、ザメンホフはその翻訳の中で弱強五歩格 (iambic pentameter) の韻律を完全に使いこなしており、この韻律をエスペラント語に根付かせることとなった。このようにしてこの言語ができてからわずか7年にしてエスペラント語は世界の最高傑作が表現できる言語となったのである。

この『ハムレット』の翻訳は戯曲作品の本質を流ちょうなエスペラント語の詩行で表現したものであって、必ずしも細かな点まで11句を忠実に移すことを目的にしたものではなかった。ザメンホフ訳の『ハムレット』が出版されてから68年後の1962年にL. N. M. Newell (ニューエル) によって新たな『ハムレット』のエスペラント語への翻訳がなされることになる。ニューエルはザメンホフとは異なり、原作への忠実さを強調した翻訳を作り上げた。ニューエル訳によってザメンホフ訳が取って代られたということではなく、二つの翻訳はそれぞれの特徴を持ち、それぞれの良さを持っている。

同一の作品が異なる訳者によってエスペラント語に翻訳されている例としては、他にルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』やエドガー・アラン・ポーの『アッシャー家の崩壊』などがある (脚注)

 

Donald Broadribb, trad., La Aventuroj de Alico en Mirlando

E. L. Kearney, trad., La Aventuroj de Alicio en Mirlando

Edmund Grimley Evans, trad., La Falo de La Domo Usher

Edwin Grobe, trad., La Falo de Uŝero-Domo


 

エスペラント語訳『ハムレット』に引き続いて、ザメンホフは次々と文学作品のエスペラント語翻訳を発表していった。ゴーゴリの『検察官』(1907)、モリエールの 『ジョルジュ・ダンダン』(1908)、ゲーテの 『タウリス島のイフィゲーニエ』 (1908)、シラーの『群盗』(1908)、旧約聖書 (1908)Eliza Orzeszkowaの『マルタ』(1910) などであった。

 その後いろいろな訳者によって世界の様々な文学作品がエスペラント語に翻訳されていった。また翻訳だけではなく、エスペラント語で文学作品も創作されるようになった。日本の文学作品でエスペラント語に翻訳されているものも数多くある。たとえば、次のような作品がエスペラント語に翻訳されている。芥川龍之介「河童」,「鼻」,「トロッコ」,「杜子春」、石川啄木「一握の砂」、「悲しき玩具」、井上靖「楼欄」、「異域の人」、川端康成「雪国」、木下順二「夕鶴」、谷崎潤一郎「春琴抄」、太宰治「ヴィヨンの妻」、中島敦「山月記」、「名人伝」、「李陵」、森鴎外「舞姫」、「高瀬舟」、「山椒太夫」、「安部一族」、「文遣い」、夏目漱石「薤路行」、樋口一葉「おほつごもり」、「わかれ道」、「十三夜」、「たけくらべ」、星新一「傑作ショートショート選」、宮沢賢治「セロ弾きのゴーシュ」、「注文の多い料理店」その他、西鶴「好色五人女」や「万葉秀歌選」、「アイヌ神謡集」などその他多数の作品のエスペラント語訳がある。

 

3. 自然言語と人工言語

 エスペラント語はザメンホフという一人の人が作り上げたと言語という意味では人工言語である。では日本語や英語などのいわゆる自然言語とエスペラント語との間に、何か本質的な違いが存在するのであろうか。言語としての機能の点から見た場合、本質的な違いは何も存在しないと言える。今日ではエスペラント語の母語話者も存在することが知られている。これは両親が異なる少数民族の言語の母語話者であって、エスペラント語を通じて結婚し、生まれた子供にエスペラント語で話しかけたような場合に起こる。あるいは父親が意図的に常にエスペラント語で子供に話しかけて育てた場合などにも、子供はエスペラント語の母語話者となる。そのような場合、子供は友達が話し、学校でも使用されているその土地の言語のネイティブスピーカーにもなるので、必然的にバイリンガルとなる。子供はふつう友達と同じ話し方をしたがるものであり、自分が一緒に遊ぶ子供たちがエスペラント語を話さないので、エスペラント語で話すことを嫌がるということも報告されている。ただ言語としてはエスペラント語は自然言語とまったく異ならないのである。

 自然言語といえども、必ずしも自然に発達して今日のような姿になっているわけではない。たとえば、古英語をいくら詳細に観察してみても、その言語が今日の英語へと変化していくことは、おそらく誰にも予測できないであろう。古英語と現代英語とでは特にその語彙において相違が大きい。古英語の語彙が自然に変化して現代英語の語彙となったわけでは決してない。古英語の語彙の85%は失われ、フランス語系などの語彙に取って代られたと言われている。すなわち現代英語の語彙の大半は外来語で成り立っている。エスペラント語の場合、100%が他の言語から取り入れられた語根で成り立っているが、英語と比べた場合、それは単なる程度の違いにすぎず、本質的な相違ではない。自然言語といえども多くの場合、自然に発展し変化していくわけではなく、文化的、政治的などの要因によって激しく影響を受けることがある。したがって自然言語と人工言語という区別も、後者がある個人によってある時点で創案された言語であることを表すだけで、それ以上の意味を持つわけではない。今日世界中には6千くらいの言語が存在するとも言われているが、エスペラント語は日本語や英語と同様、そのうちの一つなのである。

 

4. エスペラント語の特徴

 エスペラント語という言語の特徴を考えた場合、その大きな特徴とは何であろうか。そのきわだった特徴は次の2点ではないだろうか。

 

 (1) 規則的であって、原則的に例外が存在しないこと。

 (2) 造語能力がきわめて優れていること。

 

まず (1) の例外が存在しないことは、エスペラント語の大きな特徴である。原則的には、発音にも例外というものはなく、(外国語の固有名詞などのスペリングは別として) スペリングにも例外はなく、文法にも例外はない。エスペラント語文法の基本は16条の文法規則に集約されていることからもわかるように簡単なものである。したがって、エスペラント語学習者は、英語学習者のように不規則動詞の変化や不規則な複数形などによって悩まされることはない。

 次に (2) の造語能力に関してであるが、エスペラント語では語根はほぼすべて他の言語からの借用語であるので、ここで造語というのは、語根を使って派生語や合成語を作り出していく能力のことを指す。エスペラント語では語根を組み合わせたり、接頭辞、接尾辞、品詞語尾によって派生語や合成語として独自の語彙を作り出していく。通常、外国語の学習者にとって大変なのは語彙の習得である。エスペラント語ではこの語彙習得の労力を軽減するために、接頭辞や接尾辞によって容易に派生語を作り出せるようになっている。接辞によって語を10倍程度にも増やすことができるので、もし500語を覚えれば、5000語を暗記したのと同じ効果を持つとも言われる。したがってエスペラント語の造語法はその文法の一部分と言ってもよく、入門書や文法書には接頭辞、接尾辞を中心とした造語法の説明が必ず含まれている。エスペラント語の本格的な文法書としてはK. Kalocsay, G. Waringhien, Plena Analiza Gramatiko Bertilo Wennergren, Plena Manlibro de Esperanta Gramatiko があるが、前者の場合、本文490ページ中162ページが、後者の場合、本文652ページ中116ページがそれぞれ造語法に当てられている。すなわち、前者では33%が、後者では17.8%が造語法の記述に費やされていることになる。

 

5. エスペラント語の造語法

 エスペラント語の単語には品詞語尾を付けて使用する語と、語尾なしに語根のみで使用される自立語根とがある。大多数の語は品詞語尾を付けて使用される名詞、形容詞、副詞、動詞の4品詞であり、これらは品詞によって語尾が決まっている。名詞には -o、形容詞には -a、副詞には -e、動詞には -iという品詞語尾が付く。例を挙げれば、名詞amik|o ()、形容詞bel|a (美しい)、副詞bon|e (良く)、動詞parol|i (話す) などで、これらの語尾を取り去った残りの部分が語根である。複数の語根を持つ合成語などの場合は、語尾を取り去った残りは語幹と呼ばれる。動詞の場合、不定形の形が -i で、直説法では現在は -as、過去は -is、未来は -osであり、仮定法は -us、命令法は -uとなる。動詞の場合、これら6個の語尾のいずれかが付くことになる。すなわちエスペラント語の名詞、形容詞、副詞、動詞の4品詞には、-o, -a, -e, -i, -as, -is, -os, -us, -uという9種の語尾のいずれかが付くことになる。

 一方、品詞語尾を付けずにそのまま用いることのできる語根が160個くらいある。これらは自立語根と呼ばれる。これらは頻繁に用いられる機能語であり、原形副詞 (nun今、hodiaŭ今日)、代名詞 (mi私、li)、冠詞 (laその)、前置詞 (al 〜へ、sur 〜の上に)、相関詞 (kioなに、tieそこで)、接続詞 (kajそして、seもし)、数詞 (unu一、du)、間投詞 (hoおお、haあっ) などである。

 英語では、たとえば、takeの過去形が tookになり、mouseの複数形がmiceになるなどのように語根自体が変化する場合があるが、エスペラント語の語根はそれ自体は決して変化することがない。エスペラント語では語根は積み木の最小ブロックのようなものであり、それ自体は変化せず、他の要素とかなり自由に結びつくことができる。

 エスペラント語では意味が許す限り、品詞語尾を別の品詞語尾に変えて、簡単に品詞を転換することができる。たとえば、kuraĝ|a (勇敢な) という形容詞は、品詞語尾を変えることによって、kuraĝ|e (勇敢に) という副詞や、kuraĝ|o (勇気) という名詞や、kuraĝ|i (あえて〜する) という動詞に転換することができる。あるいはbros|o (ブラシ) という名詞は語尾を変えることによってbros|i (ブラシをかける) という動詞となり、konstru|i (建築する) という動詞はkonstru|o (建築) という名詞やkonstru|a (建築の) という形容詞となる。

 この品詞語尾によって品詞を転換できる自由さは、通常は語尾を持たない自立語根にも及ぶことがある。品詞語尾を付けることによって、原形副詞のnun () nun|a (今の、現在の) となり、tro (あまりにも) tro|a (過度の) という形容詞やtro|e (余計に) という別の副詞に変わる。antaŭ (〜の前に) という前置詞はantaŭ|a (以前の) という形容詞や、 antau|e (前もって) という副詞や、antaŭ|i (前にある、先行する) という動詞などに変わる。 kial (なぜ) という相関詞はkial|o (理由) という名詞になり、tiam (その時)という相関詞はtiam|a (その時の) という形容詞になる。du () という数詞はdu|a (二番目の) という形容詞となり、unu () という数詞はunu|o (単位) という名詞となる。またve (ああ) という間投詞はve|o (嘆き) という名詞や、ve|i (嘆く) という動詞になるといった具合である。

 

6. エスペラント語の単語の構造

語尾を持つ名詞、形容詞、副詞、動詞の4品詞は語彙の大多数を占めるが、これらの語の場合、最も簡単なものは語根に品詞語尾を付けた「語根+語尾」の形となる。エスペラント語では原形副詞を除いて、これらの品詞の語では必ず品詞語尾が付くことになる。語根に接頭辞や接尾辞が付いて派生語を形成する場合も多い。その場合、「語根+接尾辞+語尾」、「接頭辞+語根+語尾」、「接頭辞+語根+接尾辞+語尾」などの形になる。長い語の場合、接尾辞を2個付けて、「接頭辞+語根+接尾辞+接尾辞+語尾」のような形になることもある。たとえばmal|san|ul|ej|o (病院) では、sanが中心的意味を持つ語根で、malが接頭辞で、ulejが接尾辞で、oが語尾であり、san|a (健康な)mal|san|a (不健康な)mal|san|ul|o (病人)mal|san|ul|ej|o (病院) とうい過程を経て語ができている。あるいはre|san|ig|ebl|a (健康を回復できる) という語も、1個の接頭辞と2個の接尾辞という同じ構造をしており、san|a (健康な)san|ig|i (健康にする)re|san|ig|i (健康を回復させる)re|san|ig|ebl|a (健康を回復できる) という過程を経てできている。

1個の語根の代わりに2個あるいはそれ以上の語根を持つ語が合成語ということになる。しかし、エスペラント語では接頭辞や接尾辞などもすべてある意味では語根であり、逆に語根も接頭辞などとして使用されるため、派生語と合成語の区別は曖昧になることが多い。語根と語根を組み合わせる場合、通常は、語根と語根を直接組み合わせて「語根語根+語尾」のような形になる。たとえば、bild|o () kart|o (はがき) からはbild|kart|o (絵はがき) ができ、natur|o (自然) scienc|o (科学) からはnatur|scienc|o (自然科学) ができる。語根を直接つなげると子音が連続して発音しづらくなる場合は、それを避けるためにつなぎ母音 (主に -o-、ときに -a- -i-) を挿入することもある。たとえば、lern|i (学ぶ) libr|o () からlern|o|libr|o (教科書) が作られる。この場合、発音しやすくするためにつなぎ母音の -o- が挿入されている。しかし、つなぎ母音を入れるかどうかについては厳密な規則はなく、場合によっては語形の揺れを生じることがある。

 

7. エスペラント語における単語の創作

エスペラント語ではある程度の接頭辞や接尾辞などに関する造語法の知識はテキストを読む場合に必須となる。英語などにおいては、テキストで使用されている語は固有名詞を除けば、辞書に記載されているのが普通である。しかしエスペラント語の場合、合成語は当然のこと、派生語でも辞書に記載されていないことがある。そのような場合、読者は単語を接頭辞、語根、接尾辞、語尾などに分解して、辞書に記載されている語根から接頭辞や接尾辞の知識を駆使することによってその語を理解することになる。逆に、文章を書く場合も、必要に応じて語根に接頭辞や接尾辞を付け加えて、自分で単語を創作しながら書くことになる。これは英語などの場合と比べて大きな違いではないだろうか。英語でもシェークスピアのような独創的な作家の場合、自分で単語を作りながら文章を書いていると思われる場合がある。しかしそのような創作された単語の数はさほど多くはなく、また通常の人が書く際に単語を創作しながら文章を作るということはあまりない。しかしエスペラント語においてはこの語の創作ということが絶えず起こりうる。エスペラント語で書く人は接頭辞や接尾辞を駆使し、あるいは語根と語根を組み合わせて、必要な単語を作り出しながら文章を書くことになる。

エスペラント語辞書の見出し語の配列には2種類ある。英語などの辞書と同じアルファベット順に記載されている単語主義の辞書と、もう一つは語根がアルファベット順の見出しとなり、その語根から派生した派生語や合成語をその見出しのもとに集めた語根主義の辞書とである。『エスペラント小辞典』 (大学書林) のように前者の形式のものもあるが、主要なエスペラント語の辞書には後者の語根主義の形式の辞書が多い。たとえば、Plena Ilustrita Vortaro de Esperanto 2005Plena Vortaro de Esperanto kun SuplementoButler, ed., Esperanto-English Dictionary、『エスペラント日本語辞典』、『新選エス和辞典』などは語根主義であり、語根を中心として見出し語がまとめられている。これはエスペラント語が語根を中心として派生語を簡単に作りうる言語であることの一つの表れであろう。

 

II.『ハムレット』のエスペラント語訳

1. ザメンホフ訳とニューエル訳に見るエスペラント語

 『ハムレット』の 1 2 129 行目からのハムレットの独白を例にとって接頭辞や接尾辞がどのように使用されているかを見てみよう。(なお、エスペラント語では ĝ [dʒ] 音を、ĵ [ʒ] 音を、ŝ [ʃ] 音を、ĉ [tʃ] を、c [ts] 音を、j [j] 音を表し、また などは二重母音を表す。)

 

  原文

O, that this too too solid flesh would melt,

Thaw and resolve itself into a dew!

Or that the Everlasting had not fix’d

His canon ’gainst self-slaughter! O God! God!

How weary, stale, flat and unprofitable,

Seem to me all the uses of this world!

Fie on ’t! ah fie! ’tis an unweeded garden,

That grows to seed; things rank and gross in nature

Possess it merely.

ああ、このあまりにも硬い肉体が

崩れ溶けて露と消えてはくれぬものか!

せめて自殺を罪として禁じたもう

神の掟がなければ。ああ、どうすればいい!

おれにはこの世のいとなみのいっさいが

わずらわしい、退屈な、むだなこととしか見えぬ。

いやだいやだ!この世は雑草の伸びるにまかせた

荒れ放題の庭だ、胸のむかつくようなものだけが

のさばりはびこっている。     (小田島雄志訳)

 

  ザメンホフ訳

Ho, kial ne fandiĝas homa korpo,

Ne disflugiĝas kiel polv’ en vento!

Sin mem mortigi kial malpermesis

La Plejpotenca! Dio mia granda!

Ho, kiel bestaj kaj abomenindaj

Aperas ĉiuj agoj de la mondo!

Fi, fi! Ĝardeno plena de venenaj

Malbelaj herboj, ĉie senescepte!

 

  ニューエル訳

Ho, se ĉi tro makula karn’ sin fandus,

Akviĝus, kaj sin solvus en roserojn!

Aŭ se l’ Eterna ne barinta estus

Per sia leĝ’ la sinmortigon! Dio!

Kiom enuaj, tedaj, kaj sencelaj

Ŝajnas al mi la moroj de ĉi mondo!

Fi! Estas ĝi ĝardeno nesarkita;

Herbaĉoj krudaj, laŭ natur’ vulgaraj,

Ĝin plenokupas.

 

 ザメンホフ訳を例にとって韻律を見てみると、つぎのような弱強五歩格となっていることがわかる。

 

Ho, ki|al ne| fandiĝ|as hom|a korp|o,

Ne dis|flugiĝ|as ki|el pol|v’ en vent|o!

 

 各行は「弱強|弱強|弱強|弱強|弱強|弱」という11音節になっている。エスペラント語の場合、ふつう単語の語末はアクセントのない品詞語尾で終わるので、韻文の各行末は「弱強弱」という女性韻で終わることになる。またエスペラント語の韻文では韻律の都合で名詞語尾の -o、あるいは定冠詞 la -aを省略することが認められている。ザメンホフ訳に見られるpolv’、またニューエル訳に見られるkarn’leĝ’ は名詞語尾の -oが省略されたものであり、ニューエル訳のl’ Eternala Eternaの意味である。

 上に引用したシェークスピアの原文は、たまたま合成語や派生語が比較的多く見られる箇所である。Ever|lastinig self-slaughterは合成語であり、un|profit|ableun|weed|ed は派生語である。英語の場合、派生語もたいていは固定した形となっていて、ふつうすでに辞書に登録されている形以外は認められない。自由に造語に使用できる接頭辞や接尾辞としては、否定の接頭辞のun- や、副詞を作る -ly、名詞を作る -nessなどの接尾辞など少数のものに限られる。なるほど -ableなどは比較的自由に使用できる接尾辞ではあるが、 -able -ibleに変えてunprofitibleとすることができず、impossible -ible -ableに変えてimpossableとしたり、im- un- に変えてunpossibleとすることができないことからもわかるように、unprofitableimpossibleはすでに固定した形なのである。このように現代英語では接頭辞や接尾辞の自由に派生語を作り出す能力はかなり限られたものとなっている。現代英語と比べれば、古英語ははるかに豊かな造語力を持っていたのであるが。

 エスペラント語の場合、すべての接頭辞や接尾辞は意味が許す限り自由に派生語を作り出すことができる。したがって派生語のうちのかなりの部分は辞書に記載されていないものとなる。上記の引用文で下線を施した語は派生語ないしは合成語であり、イタリックの語は品詞語尾を変えることによって元の品詞とは異なった品詞に転用されている語である。

 下線を施した派生語ないし合成語は (動詞は不定形で、また名詞、形容詞などは複数形の語尾 -j や対格語尾の -n を除いた形で表すと)、ザメンホフ訳ではfand|iĝ|i (溶ける)dis|flug|iĝ|i (飛び散る)mort|ig|i (殺す)mal|permes|i (禁止する)Plej|potenc|a (全能の)abomen|ind|a (忌まわしい)mal|bel|a (醜い)sen|escept|e (例外なく) があり、ニューエル訳ではakv|iĝ|i (水になる)ros|er|o (露のしずく)si|n|mort|ig|o (自殺)sen|cel|a (目的のない)ne|sark|it|a (除草されていない)herb|aĉ|o (雑草)plen|okup|i (完全に占有する) がある。特にエスペラント語らしい接辞についてのみ触れると、-iĝ- は自動詞を作る接尾辞、-ig- は他動詞を作る接尾辞であり、mal- は正反対の意味を作る接頭辞である。上記の両エスペラント語訳からも、エスペラント語では接頭辞、接尾辞を用いた派生語、合成語の使用頻度が大きいことが見て取れる。また、これらの語のうちには辞書に収録されていないものもある。 disflugiĝi (飛び散る)Plejpotenca (全能の)akviĝi (水になる) nesarkita (除草されていない)plenokupi (完全に占有する) 5語は、日本語で説明されている代表的エスペラント語辞典である『エスペラント日本語辞典』には収録されていない語である。しかし、たとえ辞書に収録されていなくとも、これらの語の意味がすぐにわかるところがエスペラント語の面白い点である。

 イタリックの語は、必ずしも派生語というわけではないが、品詞語尾を変えることによって本来の品詞とは異なった品詞で用いられている語である。mi ()mi|a (私の)hom|o ()hom|a (人の) best|o ()best|a (獣の)ag|i (行動する)ag|o (行為)venen|o ()venen|a (毒の)si (自分)si|a (自分の) などでは品詞語尾が置き換えられたり、追加されることによって、品詞が転換されている。

 エスペラント語では複数形の名詞だけでなく、複数形の形容詞にも -j (発音は音節を形成しない「イ」音) が付く。また、エスペラント語では目的格であることを示す対格形があり、これは -nで表される。複数形が対格である場合は、複数語尾 -j のあとにさらに -nが付いて、-jnという形になる。これは形容詞についても同じで、対格の名詞を修飾する形容詞にも同じように -nが付く。もし名詞が複数形対格であれば、それを修飾する形容詞も複数形対格となり、同様に -jn が付く。

 ドイツ語などは別として、英語はもちろん、フランス語、イタリア語、スペイン語などヨーロッパの多くの言語が、今日では代名詞以外の対格形を失ってしまっている。エスペラント語が対格形を持ち、それが形容詞にまで及ぶことは、エスペラント語の文章にある種のいかにも文法的で重い感じを与えることになっていることは否定できない。しかし逆にそれはエスペラント語に明晰さを与えることになっている。目的格が -nで明示されるエスペラント語では、逆に -nが付いていない名詞はそれだけで主格であることがわかるのである。したがってエスペラント語では英語のように「主語+動詞+目的語」という語順を必ずしも堅持する必要はなくなる。英語と同様の語順が確かにエスペラント語でも多いのであるが、エスペラント語では語順は比較的自由である。英語の場合、「主語+動詞」の語順が逆転した倒置や、目的語が動詞より前に出た文は、英語学習者にある種の緊張を強いるものである。しかしエスペラント語ではこのような語順の転倒した文でも何の抵抗もなく理解される。たとえ目的語がセンテンスのどの位置に置かれようとも、対格形によってそれが目的語であることが明らかとなるからである。対格形を持つことで、主格は対格語尾の不在によって明示されることとなり、またそれ以外の格は前置詞で示されるため、結果的にエスペラント語はラテン語などの格変化を備えた言語に相当する格機能を持つこととなった。このことによって、エスペラント語は語順の柔軟性を獲得し、英語などに見られる語順の支配から解放されることとなったのである。筆者は、対格形を保持したことがエスペラント語の最大の長所の一つではないかと考えている。

 

2. 二つの翻訳間の語彙の隔たり

 先に引用した二つの『ハムレット』のエスペラント語訳の引用文を見てすぐに気づくことは、両者の訳に同じ語があまり見られず、ほとんどの語彙が異なっているということである。この両訳書の語彙が異なっているということは、これらの引用文に限られることではなく、両訳書全体について言えることである。他の言語の作品からのエスペラント語訳ですでに言及した『不思議の国のアリス』や『アッシャー家の崩壊』の場合は、異なる2種の翻訳の語彙にそれほど大きな隔たりは感じられない。したがって、必ずしもエスペラント語訳だから異なる翻訳の語彙が隔たる傾向があるというものでもなさそうである。

 ザメンホフは語学に堪能な人であった。ロシア語、イディッシュ、ポーランド語に関してはネイティブスピーカーであったといってよく、また父親がドイツ語教師であったため、ドイツ語も流ちょうに話せた。フランス語、ラテン語、ギリシア語、ヘブライ語、英語などを学習し、イタリア語、スペイン語、リトアニア語にも興味を持っていた。しかし英語はかなり後になって学習したため、それほど堪能ではなかったとも言われている。『ハムレット』を翻訳する際にも、ドイツ語訳、そしてたぶんポーランド語訳やロシア語訳、を参照したと伝えられている。おそらく原文を見つつ、同時にドイツ語訳などを参照しながら、エスペラント語に翻訳していったのではないかと想像される。これは、今日でも翻訳者が翻訳する際、他の先行訳者の翻訳を参照しながら翻訳することがあるのに似ているかもしれない。その結果、ザメンホフの『ハムレット』訳は原文の忠実な逐語訳というより、原文の趣旨をエスペラント語で表した翻訳となっている。ニューエルのことばを借りると、「無数の美しい表現をもった明晰で、スピード感のある文体」(sia klara, rapida stilo, kaj sennombraj belaĵo de esprimo(Newell, p.35) を作り出したのである。しかしその反面、翻訳しにくい難しい表現などを抜かしていることがある。これに対して、ニューエルの方は、より逐語訳に近い「忠実な翻訳」(fidela traduko) (p.35) を目指した。ある意味で、このことが両訳書の語彙の隔たりに影響を与えているのかもしれない。

 もう一つ考えられることは、後から翻訳されたニューエル訳では、先行のザメンホフ訳を強く意識するあまり、意識的あるいは無意識的にザメンホフが使用したのとは異なる語彙を使用する方向にはたらいたのかもしれない。もちろん、これは単なる憶測に過ぎない。しかし上に述べたザメンホフの翻訳事情とニューエルが目指した忠実な訳ということを考慮しても、両訳書間の語彙の隔たりは大きいと言わざるを得ない。先に見たように、エスペラント語では派生語や合成語を使用する割合が大きい。辞書に記載されていない単語を作ることも多いくらいであるから、たとえ同じ語根を用いたとしても、実際に使用する派生語などが異なった形になる可能性は高い。しかし先に示した両訳の引用文からもわかるように、両訳書では語根自体が別のものが使用されていることが多い。いずれにせよ、両翻訳のあいだの語彙の相違は大きいのである。

 

III.  カテゴリーにかかわる接尾辞

1. 「行為」、「物」、「性質」、「人」を表す接尾辞

エスペラント語で頻繁に使用される接尾辞に、「行為」、「物」、「性質」、「人」を表す語を作る接尾辞がある。それらは -ad, -aĵ, -ec, -ul4つであり、 Plena Analiza Gramatiko (p.438~) は、これらが抽象物の「行為」、「性質」と具象物の「物」、「人」という最も一般的なカテゴリーを表す語を形成するという意味で、それらをカテゴリーにかかわる接尾辞と呼んでいる。これらの接尾辞に名詞語尾 -oを付けた -ado, -aĵo, -eco, -uloについては、-ado (行為) -eco (性質) が抽象名詞を作り、-aĵo () -ulo () が具象名詞を作る。

以下の記述で、該当する接尾辞がテキストで何回使用されているかを記した場合がある。ザメンホフ訳とニューエル訳全体から主な派生語、合成語をほとんどすべて拾ったつもりであるが、思わぬ見落としがあるかもしれない。したがって使用頻度を示す数字は厳密な数と言うよりも、「少なくともそれだけの数」というくらいの意味で理解していただけると有り難い。また接尾辞の使用頻度を数える場合、同じ単語が複数回使用されている場合は全体で1回と数えた。なお、単語の前に

 *印を付けた箇所があるが、この小論ではザメンホフ訳およびニューエル訳の両方に見られる語という特殊な意味で使用したので、その点ご了解いただきたい。

 -ad, -aĵ, -ec, -ul4つの接尾辞は重要な接尾辞であり、『ハムレット』の二つのエスペラント語訳においても使用頻度の点で上位に来る。使用頻度はザメンホフ訳では、-ad81回、-aĵ 42回、-ec53回、-ul30回であり、ニューエル訳では -ad24回、-aĵ 49回、-ec25回、-ul64回である。ザメンホフ訳では -adの使用頻度がニューエル訳と比べて3倍以上と突出して大きいが、これは初期のエスペラント語において -adが多用される傾向があったためであると考えられる。次にこれらの接尾辞をすこし詳しく見ていきたい。なお、これら接尾辞についての記述は主にPlena Analiza GramatikoPlena Manlibro de Esperanta Gramatiko、『エスペラント日本語辞典』の3書に従った。

 

2.  -AD (行為を表す)

 (1) -adoが名詞語幹に付く場合

たとえばkron|o (王冠) からkron|ad|o (戴冠)bros|o (ブラシ) からbros|ad|o (ブラッシング) 等の名詞ができる。これは

kron|o (王冠)kron|i (王冠をかぶせる)kron|ad|o (王冠をかぶせること)

bros|o (ブラシ)bros|i (ブラシをかける)bros|ao (ブラシをかけること)

という過程を経ていると考えられ、名詞がいったん動詞の意味を持ち、それがさらに名詞化されている。

 (2) -adoが形容詞語幹に付く場合

たとえばverd|a (緑の) からverd|ad|o (緑であること) ができ、util|a (有用な) からutil|ad|o (有用であること) ができる。これらも

verd|a (緑の)verd|i (緑である)verd|ad|o (緑であること)

util|a (有用な)util|i (有用である)util|ad|o (有用であること)

という過程を経ており、いったん動詞化されてから、それがさらに名詞になっていることがわかる。

 (3) -adoが動詞語幹に付く場合

ふつう動詞語根の語尾である -iを名詞語尾の -o に変えれば、名詞形ができるので、-ado形は冗語的とも言えるが、、次のような場合に用いられる。

a) 「行為の結果や産物」ではなく、「行為」そのものを示す。

  たとえば、skrib|ad|o (書法) (書き物ではなく)konstru|ad|o (建設) (建築物ではなく)kant|ad|o (歌うこと) (歌ではなく)pens|ad|o (思考) (考えではなく) 等のように -adoは行為を表す。

b) 「行為の継続」を表す

  naĝ|ad|o (競泳)flug|ad|o (飛行)manĝ|ad|o (食事) などでは行為の継続が示されている。

c) 「行為の反復」を表す。

  paf|ad|o (射撃)bat|al|o (戦闘) などでは、瞬間的動作を表す動詞について「反復」を表している。これらの名詞の語尾を動詞語尾 -iに変えれば、「反復」を表すpaf|ad|i (射撃を行う)bat|al|i (戦う) などの動詞ができる。

 (4) 動詞語幹に -adiが付く場合。

-adiは動詞語幹に付いて「継続」や「反復」を表す動詞を作る。たとえば、ir|ad|i (行き続ける、通う)paf|ad|i (撃ち続ける、何度も撃つ)manĝ|ad|i (食べ続ける)bat|ad|i (何度も打つ)lern|ad|i (学び続ける) などである。

 (5) -adoが前置詞や間投詞に付く場合。

 たとえばanstataŭ (〜の代わりに) super (〜の上方に) という前置詞からanstataŭ|ad|o (代わりをすること) super|ad|o (優勢であること) ができ、vivu (万歳!) hura  (万歳!) からvivu|ad|o (万歳を唱えること) hur|ad|o (万歳を唱えること) ができる。これらの場合も、anstataŭ|i (代わりをする)super|i (〜に優っている)vivu|i (万歳を叫ぶ)hura|i (万歳を叫ぶ) などの動詞を経由してこれらの名詞が作られていると考えられる。

 (6) 形容詞語尾 -aを付けた形。

 -adoの語尾を -oから -aに変えて -adaとした形容詞形にすることも可能である。たとえば、kron|ad|a procesio (戴冠式の行進)bros|ad|a bruo (ブラッシングの騒音) などである。ただし、ザメンホフ訳にも、ニューエル訳にもこれらの形容詞形は見られない。

 

 ザメンホフ訳の場合、-ad 形の大多数は動詞語幹に-adoを付けて名詞化したもの (上記 (3) の種類) であり、これらは行為、継続、反復などを表している (48)

agado (活動)alestado (臨席)aplaŭdado (拍手喝采)atakado (攻撃)batalado (戦い)belskribado (美しい筆記)bruado (騒ぎ立てること)*drinkado (飲酒)ekparolado (発言)fanfaronado (空威張り)farado (行動)forgesado (忘却)fruktoportado (実り多いこと)gardado (見張り)imagado (想像) ĵurado (誓い)kalkulado (計算)kaŝado (隠していること)komprenado (理解)kreskado (成長)kurado (走行)laŭdado (賞賛すること)ludado (演技)*nesciado (無知)*pafado (射撃)palpado (手探り)parolado (演説、談話)pekado ()penado (努力)pensado (思考)persistado (根気)petolado (たわむれ)promesado (約束)rampado (這うこと)regalado (もてなし)restado (滞在)ripetado (反復)sciado (知っていること)sindetenado (自制)sinforgesado (自分を忘れること)sintenado (態度)*skermado (フェンシング)sonorado (鳴り響き)suferado (苦しむこと)suspektado (疑っていること)uzado (使用法)versofarado (詩作)vivado (生活)              (*印は両訳書で使用されている語)

 

これらのうちgard|ad|o (見張り) gard|oと同義であり、kompren|ad|o (理解)kompren|oと同義であって、 -ad は冗語となっている。si|n|de|ten|ad|o (自制) deten|i si|n (自分を離しておく) si|n|de|ten|o (自制)という合成語となり、さらにsi|n|de|ten|ad|oとなったものである。やはりこの場合も -ad は冗語である。同様にsi|n|forges|ad|o (自分を忘れること) forgesi sin (自分を忘れる) からsi|n|forges|o (忘我) が作られ、それにさらに -ad が冗語的に付いた形であり、またsi|n|ten|ad|o (態度) ten|i si|n (振る舞う) からsi|n|ten|o (態度) から作られ、それにさらに -ad が冗語的に付いた形である。動詞の場合は、sin (自分自身を) が目的語であるため、結合して合成語となることはない。

 

 ニューエル訳に見られる動詞語幹に -adoを付けて名詞化した語 (15)

*drinkado (飲酒、深酒)fiagado (下劣な行動)ĝemado (うめくこと)kriado (叫び続けること)manĝado (食事)mensogado (嘘をつくこと)*nesciado (無知)*pafado (射撃) preparado (準備)prezentado (上演)regado (支配)repetado (反復)*skermado (フェンシング)studado (研究)traktado (論議)                           (*印は両訳書で使用されている語)

 

 これらの -ado形は行為の意味をはっきりさせる効果を持っている。たとえば、kri|i (叫ぶ) という動詞の語尾を -oに変えれば、kri|o (叫び、叫び声) という名詞ができるが、これに対してkri|ad|oは「叫ぶ行為」、「叫び続けること」という行為の意味をはっきりと示す働きがある。あるいはmensog|i (嘘をつく) からできたmensog|o が「嘘、虚言」を意味するのに対して、mensog|ad|oは「嘘をつく行為」を意味する。同様に、ĝem|i (うめく) の名詞形 ĝem|oが「うめき声」を表すのに対して、ĝem|ad|oは「うめくこと」という行為を示す。

 次に多いのが動詞語幹に -adiが付いて「継続」、「反復」を強調した動詞 (上記 (4) の種類) であり、これには次のような語が見られる。

 

 

  ザメンホフ訳 (21)

afektadi (気取り続ける)bruladi (燃え続ける)deturnadi (そらし続ける)*ekzercadi (訓練し続ける)elektadi (選び続ける)elportadi (耐え続ける)esploradi (調査を続ける)hakadi (たたき切る)kriadi (叫び続ける)*laboradi (働き続ける)montradi (示し続ける)penadi (努力を続ける)penetradi (観察し続ける)plaĉadi (いつも気に入る)preĝadi (祈り続ける)prenadi (取り続ける)prezentadi (上演し続ける)rigardadi (見つめ続ける)ripetadi (何度も繰り返す)vagadi (さまよい続ける)vizitadi (通う)

  ニューエル訳 (3)

aludadi (言及してばかりいる)*ekzercadi (訓練し続ける)*laboradi (働き続ける)

 

 次に来るのが上記 (1) -adoが名詞語幹に付いた「行為」を表す名詞である。ザメンホフ訳では *kron|ad|o (戴冠) が見られ、ニューエル訳では *kron|ad|o (戴冠)ŝmink|ad|o (化粧)vip|ad|o (むち打ち) が見られる。これらはkron|o (王冠)vip|o (むち)ŝmink|o (化粧品) などの名詞の語根に -adoを付けることによって、kron|i (王冠をかぶせる)vip|i (むち打つ)ŝmink|i (化粧する) など動詞の意味を経由して作られた名詞である。

 上記 (2) -adが形容詞語幹に付いたものとしては、ニューエル訳にnigr|ad|i (黒くなっていく)vigl|ad|o (活発な行動) が見られる。これらはnigr|a (黒い)vigl|a (活発な) など形容詞の語根にそれぞれ -adi -adoが付いた動詞や名詞である。またニューエル訳には上記 (5) の前置詞に -adが付いた例として、kun (〜と共に) から作られたkun|ad|o (一緒であること) が見られる。

 ザメンホフ訳には、形容詞、動詞などをまず -ig-iĝなどの接尾辞で他動詞化あるいは自動詞化した後、それに更に -ado, -adiを付けた例が見られる。それらはfratomortigado (兄弟殺害)klarigado (説明)paliĝado (青ざめること)pliiĝado (増大し続けること)kompreniĝadi (理解されていく) である。

frat|o|mort|ig|ad|o (兄弟殺害) であるが、これはmort|o () の語根mort -ig|i を付けて、mortig|i (殺害する)を作り、それに -ad|oを加えてmort|ig|ad|o (殺害すること) とし、これにfrat|o (兄弟) ( oは発音を容易にするためのつなぎ母音) を前に加えてfrat|o|mort|ig|ad|o (兄弟殺害) という合成語ができている。つまり「語根 o 語根+接尾辞+接尾辞+語尾」というように、つなぎ母音のoを除けば、5個の要素から成り立っている。klar|ig|ad|o (説明)pal|iĝ|ad|o (青ざめること)pli|iĝ|ad|o (増大すること) では、klar|a (明白な)pal|a (青ざめた) という形容詞や、pli (より、もっと) という原形副詞を -ig -iĝで他動詞化や自動詞化して、klar|ig|i (説明する)pal|iĝ|i  (青ざめる)pli|iĝ|i (増大する) などにしたあと、さらに -adoで名詞化したものである。kompren|iĝ|ad|i (理解されていく) では、kompren|i (理解する) という他動詞をまず -iĝで自動詞化してkompren|iĝ|i (理解される) としたあと、「継続」を表す -adを付加してkompren|iĝ|ad|i (理解されていく) ができている。

 

3.  -AĴ (物を表す)

 (1) 形容詞語幹に付いて語幹の示す性質をもつ事物を表す。

 dolĉ|a (甘い)dolĉ|aj|o (甘いもの、お菓子) grav|a (大事な)grav|aĵ|o(重大事)nov|a (新しい)nov|aĵ|o (ニュース) などができる。

 (2) 名詞語幹に付いて語幹に関係のある事物や肉、食品を表す名詞を作る。

 poŝt|o (郵便)poŝt|aĵ|o (郵便物)lign|o (木材)lign|aĵ|o (木製品)art|o (芸術)art|aĵ|o (芸術作品) infan|o (子供)infan|aĵ|o (子供っぽい言動)bov|o ()bov|aĵ|o (牛肉)ov|o ()ov|aĵ|o (卵料理)Ŝekspir|o (シェークスピア)ŝekspir|aĵ|o (シェークスピアの作品) などである。

 (3) 動詞語幹に付いて「〜される物」、「〜された物」、「〜する物」など動詞の行為に関係した物を表す。

 manĝ|i (食べる)manĝ|aĵ|o (食べ物)hav|i (持つ)hav|aĵ|o (持ち物)leg|i (読む)leg|aĵ|o (読み物) などは「〜される物」を意味し、konstru|i (建築する)konstru|aĵ|o (建築物)invent|i (発明する)invent|aĵ|o (発明品)skrib|i (書く)skrib|aĵ|o (文書) などは動詞の行為の結果である「〜された物」を意味し、amuz|i (楽しませる)amuz|aĵ|o (娯楽)cit|i (引用する)cit|aĵ|o (引用文)fin|i (終える)fin|aĵ|o (末端、語尾) などでは「それによって〜するもの」を意味している。

 動詞語尾 -iを名詞語尾 -oに変えてできた名詞が一つ以上の意味を持つとき、-aĵoは「結果の産物」の意味に限定するために用いられる。たとえばkonstru|iの名詞形konstru|oは「建築」という行為、「構造、作り」という様式、「構造物、建築物」という結果を表す物の3通りの意味を持つが、konstru|aĵ|oでは「構造物、建築物」という物の意味に限定される。このように -aĵo は行為の結果できた物をはっきり示したいときにも用いられる。

 時を明示するために -aĵoの前に、分詞接尾辞が挿入されることがある。たとえばskrib|aĵ|oは一般に「書かれる物、文書」の意味であるが、skrib|at|aĵ|o (今書いている物)skrib|it|aĵ|o (書いてしまった物)skrib|ot|aĵ|o (書こうとしている物) のように、継続、完了、未然の受動分詞接尾辞 (-at, -it, -ot) によって現在、過去、未来の時を区別することができる。

 (4) 前置詞に付いてそれらの性質が持つ事物を表す。

 krom (〜を除いて)krom|aĵ|o (余分なもの)ekster (〜の外に)ekster|aĵ|o (外面)antaŭ (〜の前に)antaŭ|aĵ|o (前面)ĉirkaŭ (〜のまわりで)ĉirkaŭ|aĵ|o (近隣)ĉirkaŭ|aĵ|a (近隣の)anstaŭ (〜の代わりに)anstaŭ|aĵ|o (代替品) などである。

 (5) -aĵという接尾辞は語尾を付けてaĵ|o () のように語根としても機能することができ、さらに別の接尾辞を挿入してaĵ|et|o (小物) などの名詞にもなる。またaĵ-vorto (具象名詞) のような合成語を作ることもできる。

 

 上記 (1) -aĵ が形容詞語幹に付いて語幹の示す性質をもつ事物を表した例としては、両訳書では次のような語が見られる。

ザメンホフ訳 (13):

abomenaĵo (忌み嫌うべきこと)acidaĵo ()apartaĵo (特別なもの)*ebenaĵo (平地)efektivaĵo (現実)internaĵo (内部にあるもの)malbonaĵo (悪事)maljustaĵo (不正行為)*malsaĝaĵo (愚かな言動)*novaĵo (ニュース)profundaĵo (深部)spritaĵo (機知に富んだ言行)teruraĵo (恐ろしいこと)

  ニューエル訳 (22):

akcesoraĵo (アクセサリー)*ebenaĵo (平地)falsaĵo (偽物)firuzaĵo (下劣な術策)frenezaĵo (狂気の沙汰)ĝentilaĵo (礼儀正しい言行)hidaĵo (醜悪なもの)kruelaĵo (残虐行為)lertaĵo (巧みな動き、腕前)malicaĵo (意地悪な仕打ち)*malsaĝaĵo (愚かな言動)nelertaĵo (まずいこと)*novaĵo (ニュース)riĉaĵo ()ruzaĵo (術策)sensencaĵo (ナンセンス)senvaloraĵo (無価値なもの)similaĵo (共通点)strangaĵo (奇妙な事物)stultaĵo (愚行)subteraĵo (地下室)subtilaĵo (微妙なもの)

 

 以上の語の中には接頭辞が付いたものも見られる。mal|bon|aĵ|o (悪事)mal|just|aĵ|o (不正行為)mal|nobl|aĵ|o (卑劣な行為)*mal|saĝ|aĵ|o (愚かな言動)ne|lert|aĵ|o (まずいこと)sen|senc|aĵ|o (ナンセンス)sen|valor|aĵ|o (無価値なもの) sub|ter|aĵ|o (地下室) などは、まずmal|bon|a (悪い)ne|lert|a (下手な)sen|senc|a (ナンセンスな)sub|ter|a (地下の) などの形容詞ができて、次にこれらに -aĵo が付いたものと考えられる。これに対して、fi|ruz|aĵ|o (下劣な術策)の場合は、まずruz|a (悪賢い) からruz|aĵ|o (術策) ができ、これに嫌悪を表す接頭辞fi- が追加されたものと考えられる。つまり (mal|bon) aĵ|ofi (ruz|aĵ|o) のように構造上の違いがある。

 

 上記 (2) で示した名詞語幹に付いて語幹に関係のある事物を表す語としては次のようなものが見られる。 (両訳書ともに名詞語幹から作られた肉や食品を表す -aĵo形は見られない。)

 

ザメンホフ訳 (6):

arkaĵo (アーチ)arlekenaĵo (おどけた仕草)*artaĵo (芸術作品)ĉifonaĵo (ぼろ服)diaĵo (異教の神)pakaĵo (荷物)

  ニューエル訳 (7):

*artaĵo (芸術作品)ceremoniaĵo (儀式張ったこと)fantaziaĵo (幻影)friponaĵo (ペテン)kanajlaĵo (悪事)lingvaĵo (特有の表現)teatraĵo (戯曲、出し物)

 

 上記 (3) で示した動詞語幹に付いて「〜される物」、「〜された物」、「〜する物」など動詞の行為に関係した物を表す語としては次のようなものが見られる。

 

ザメンホフ訳 (15):

apartenaĵo (所有物)armaĵo (甲冑)babilaĵo (むだ話)debrulaĵo (燃え尽きたもの)ekzistaĵo (存在物)estaĵo (存在物)konstruaĵo (建築物)malbenaĵo (呪われたもの)miksaĵo (混合物)ornamaĵo (飾り)*pentraĵo (絵画)portaĵo (荷物)posedaĵo (所有物)*putraĵo (腐敗物)ŝajnaĵo (見せかけのもの)

  ニューエル訳 (17):

aperaĵo (幽霊)ĉerpaĵo (抜粋)dependaĵo (付属物)flikaĵo (つぎ)kreaĵo (創造物)memoraĵo (思い出の品)naŭzaĵo (吐き気を催させるようなこと)*pentraĵo (絵画)postskribaĵo (後書き)prezentaĵo (描かれたもの、提示されたもの)putraĵo (腐敗物)rabaĵo (略奪品)ŝparaĵo (たくわえ)skribaĵo (文書)terflikaĵo (つぎはぎのような土地)trinkaĵo (飲み物)vidaĵo (光景)

 

 なお、ニューエル訳のter|flik|aĵ|o (つぎはぎのような土地) は、flik|i (つぎを当てる) から作られたflik|aĵ|o (つぎ) ter|o (土地、地面) が結合した合成語ter-flik|aĵ|oで、「土地の当て布」の意味であると思われる。

 時を明示するために -aĵoの前に、受動分詞接尾辞 (-at, -it, -ot) が挿入されることがあると上記 (3) の末尾で述べたが、能動分詞接尾辞 (-ant, -int, -ont) にも -aĵoが付くことがある。同様に、他の接尾辞によって作られた形容詞等に -aĵoが付く場合もある。ここでまとめて両訳書からのこのような例を見ておきたい。

 ザメンホフ訳には次のような完了受動分詞接尾辞 -itの後に -aĵoの付いた「〜されてしまった物」を表す語が見られる。

far|it|aĵ|o (なされてしまったこと)kre|it|aĵ|o (被造物、生きもの)

 

ザメンホフ訳には次のような完了能動分詞接尾辞 -intの後に -aĵo の付いた「〜してしまった物」を表す語が見られる。

est|int|aĵ|o (過去の事柄)mort|int|aĵ|o (死骸)pas|int|aĵ|o (過去の出来事)

 

 「〜される価値がある、〜に値する」を意味する接尾辞 -indが付いたあとに -aĵoが付いた例も見られる。

 

ザメンホフ訳:  *mir|ind|aĵ|o (驚くべきこと)

ニューエル訳:  *mir|ind|aĵ|o (驚くべきこと)mok|ind|aĵ|o (ばかげたこ  と)

 

 前置詞に -aĵoが付いた (4) の例としては、両訳書でekster (〜の外で) という前置詞から作られた *ekster|aĵ|o (外観) が見られるだけである。

 

4.  -EC (性質を表す)

 具象物を表す -ajとは反対に、-ecは「性質、状態、時代」など常に抽象的なものを表す。形容詞語幹や名詞語幹に付いて「〜さ、〜性」を意味する名詞語幹を作る。

 bel|a (美しい) の名詞形bel|oが抽象的概念としての「美」を意味するのに対して、bel|ec|oは「美しさ」という性質を表す。またruĝ|a (赤い) の名詞形ruĝ|oが「赤」という色を意味するのに対して、ruĝ|ec|oは「赤み」を意味する。

viv|o (生命、生活)viv|ec|o (生気、活気)

amik|o ()amik|ec|o (友情)

vir|o ()vir|ec|o (男らしさ)

 -ecは分詞などの後に付けて時、時代を意味する語を作る。

est|ont|a (未来の)est|ont|ec|o (未来)

pas|int|a (過ぎた、過去の)pas|int|ec|o (過去)

infan|o (幼児)infan|ec|o (幼年期)

jun|a (若い)jun|ec|o (青年時代)

 -eca-eceが名詞語幹に付いて「のような、〜的な」、「〜のように」を意味する形容詞や副詞を作る。

silk|o ()silk|ec|a (絹状の)

ŝton|o ()ŝton|ec|a (石のような)

hom|o (人間)hom|ec|a (人間的な)

hejm|o (家庭)hejm|ec|a (家庭的な)

infan|o (幼児)infan|ec|e (幼稚に)

vir|o ()virec|a (男らしい) virec|e (男らしく)

 あるいは2つの語根に -ecoが付くこともある。

bon|a kor|o (良い心)bon|kor|ec|o (親切)

sen senc|o (意味のない)sen|senc|ec|o (無意味性)

sen depend|o (従属のない)sen|de|pend|ec|o (独立、独立性)

long har|o (長い髪)long|har|ec|o (長髪であること)

 

 ecは語根としてこれに名詞語尾や形容詞語尾等を付けてec|o (性質)ec|a (性質に関する)ec|ar|o (性質、性格) などの語を作る。

 

形容詞語幹や名詞語幹に -ec が付いた性質を表す名詞には次のようなものが見られる。

 

ザメンホフ訳 (29):

afableco (愛想のよさ)alteco (高さ)atenteco (注意深さ)*amikeco (友情)*beleco (美しさ)boneco (善良さ)burĝoneco (つぼみの状態)certeco (確かさ)facileco (容易さ)*fideleco (忠実)flameco (かっとなりやすさ、燃えやすさ)gajeco (陽気さ)grandeco (大きさ)klereco (教養)krueleco (残酷さ)libereco (自由)majesteco (威厳,)modereco (節度)paleco (青白さ)perfekteco (完全さ)pieco (信心)profundeco (深さ)rapideco (速さ)seriozeco (まじめさ)severeco (厳しさ)sincereco (誠実)sopireco (あこがれ)sovaĝeco (野蛮)vereco (真実性)

  ニューエル訳 (16):

*amikeco (友情)*beleco (美しさ)ĉasteco (貞操)*fideleco (忠実)feliĉeco (幸福)ĝentileco (礼儀正しさ)justeco (正義)laceco (疲労)mastreco (支配権)nobleco (高潔さ)preteco (用意の整った状態)putreco (腐敗)sekreteco (内密性)sekureco (安全)trankvileco (平静さ)unueco (統一性)

 

 時や時代を表す例としてはザメンホフ訳にjun|ec|o (青年時代) が見られる。前置詞に -ecoが付いた例としては両訳に *kun|ec|o (関係、結びつき) が見られる。また、両訳書にある *vir|in|ec|o (女らしさ) は女性を示す接尾辞 -inにさらに -ecoが付いたものである。

 未然能動分詞接尾辞 -ontや完了受動分詞接尾辞 -it -ecoが付いた例がザメンホフ訳には見られる (3)

est|ont|ec|o (未来)al|don|it|ec|o (献身)kaŝ|it|ec|o (秘密)

 

 「傾向」を表す接尾辞 -emが付いたあとにさらに -ecoが付いた例がザメンホフ訳には見られる (4)

insult|em|ec|o (無礼に傾く性質)mal|pac|em|ec|o (好戦的な性質)serv|em|ec|o (世話好き)pardon|em|ec|o (寛大さ)

 

 接頭辞が付いた形容詞語幹などに -ecoが付いた例としては次のようなものが見られる。

 

ザメンホフ訳 (10):

mal|diligent|ec|o (怠惰)mal|gaj|ec|o (沈んだ気分)mal|jun|ec|o (老年)mal|long|ec|o (簡潔)mal|saĝ|ec|o (愚かさ)mal|sobr|ec|o (不節制)*ne|lert|ec|o (不器用さ)*sen|danĝer|ec|o (安全性)sen|konsol|ec|o (慰められないこと)tro|fort|ec|o (過度の強さ)

  ニューエル訳 (2):

*ne|lert|ec|o (不器用さ)*sen|danĝer|ec|o (安全性)

 

 「語根語根-eco」の形をした、合成語に -ecoが付いた例としては次のようなものが見られる。

 

ザメンホフ訳 (3):

grand|anim|ec|o (寛大さ)mult|e|vort|ec|o (言葉数の多さ)sci|vol|ec|o (好奇心)

  ニューエル訳 (1):

mort|sol|ec|a (死んだように孤独な)

 

 上記のmult|e|vort|ec|o (言葉数の多さ) mort|e- のように -e- が用いられているのは (mult|e da vortoj) + -ecoの意味であるからである。

上記のmort|sol|ec|a (死んだように孤独な) は形容詞である -eca形であるが、ニューエル訳には形容詞として他にaer|ec|a (空気のような)di|ec|a (神的な)fil|ec|a (息子らしい) が見られる。

 なお、ザメンホフ訳ではec|o (性質)という名詞が用いられている。

 

5.  -UL (人を表す)

 -aĵが事物を表す名詞語幹を作るのに対して、-ulは人を表す名詞語幹を作る。

 (1) 性質を示す形容詞語幹に付いてその性質を持つ人を表す名詞を作る。

jun|a (若い)jun|ul|o (若者)

honest|a (正直な)honest|ul|o (正直者)

obstin|a (頑固な)obstin|ul|o (頑固者)

ali|a (別の)ali|ul|o (別人)

 (2) 名詞語幹に付いてその名詞の特徴を示す人を表す名詞を作る。

scienc|o (科学)scienc|ul|o (科学者)

almoz|o (施し物)almoz|ul|o (乞食)

barb|o (ひげ)barb|ul|o (ひげを生やした人)

 また、動物を表す場合もある。

mam|o (乳房)mam|ul|o (哺乳動物)

vertebr|o (脊椎)vertebr|ul|o (脊椎動物)

 (3) 動詞語幹に付いてその動詞が表す行為を典型的に示す人を表す名詞を作る。

tim|i (恐れる)tim|ul|o (臆病者)

drink|i (酒を飲む)drink|ul|o (酒飲み)

est|i (〜である、存在する)est|ul|o (生き物、人)

flat|i (お世辞を言う)flat|ul|o (お世辞のうまい人)

 分詞名詞のtim|ant|o (恐れている人) なども人を表すが、分詞名詞が「その時〜している人」という一時的な意味であるのに対して、-ulを用いたtim|ul|oは「臆病者」という恒常的な性質を持った人を表すという違いがある。

 ramp|i (這う)ramp|ul|o (爬虫類) のように動詞語幹に付いて動物の種類を表す場合もある。

 (4) 前置詞などに付けてその意味に関係する名詞を作る。

kontraŭ (〜に対抗して)kontraŭ|ul|o (反対者、対抗者)

antaŭ (〜の前に)antaŭ|ul|o (先輩)

post (〜の後に)post|e (後で)post|e|ul|o (後輩)

 (5) 合成語の後に -ulを付けてその特徴を典型的に持った人を表す。

sen har|o (毛の無い)sen|har|a (はげた)sen|har|ul|o (はげた人)

facil|a anim|o (気楽な心)facil|anim|a (軽率な)facil|anim|ul|o (軽率な人)

sen kuraĝ|o (勇気が無く)sen|kuraĝ|a (意気地のない)sen|kuraĝ|ul|o (意気地なし)

du pied|o|j (二本の足)du|pied|a (二足の)du|pied|ul|o (二足動物)

ĉi tie (ここで)ĉi-tie|a (この土地の)ĉi-tie|ul|o (この土地の人)

 

 形容詞語幹に-ulが付いた人を表す名詞には両訳書に次のようなものが見られる。

 

ザメンホフ訳 (12):

abomenulo (忌まわしい者)bravulo (勇者)feliĉulo (幸運な人)*frenezulo (狂人)gajulo (愉快な者)*grandulo (高位高官)*junulo (若者)*karulo (いとしい人)*kulpulo (罪人)*kuraĝulo (勇者)potenculo (有力者)*spritulo (機知に富んだ人)

  ニューエル訳 (25):

egalulo (対等な人)fantaziulo (夢想家)feblulo (弱い者)fidulo (信頼する人)*frenezulo (狂人)frivolulo (軽薄な人)*grandulo (高位高官)*junulo (若者)honestulo (正直者)*karulo (いとしい人)klerulo (学識者)kruelulo (残酷な人)*kulpulo (罪人)*kuraĝulo (勇者)mizerulo (惨めな人)murdulo (殺人者)noblulo (高潔な人)oldulo (老人)povrulo (哀れな人)saĝulo (賢者)simplulo (単純な人)spertulo (経験者)*spritulo (機知に富んだ人)stultulo (愚か者)vulgarulo (俗物)

 

 接頭辞の付いた形容詞語幹に -ulが付いた例としては次のようなものが見られる。

 

ザメンホフ訳 (7):

mal|bon|ul|o (悪人)mal|jun|ul|o (老人)*mal|nobl|ul|o (卑劣なやつ)mal|riĉ|ul|o (貧乏人)mal|saĝ|ul|o (ばか者)sen|kor|ul|o (無情者)sen|taŭg|ul|o (ろくでなし)

  ニューエル訳 (5):

mal|grav|ul|o (取るに足りない人)mal|kler|ulo (教養のない人)*mal|nobl|ul|o (卑劣なやつ)mal|prudent|ul|o (浅はかな者)mal|sobr|ul|o (不節制な者)

 

 これらは

bon|a (善良な)mal|bon|a (悪い)mal|bon|ul|o (悪人)

sen kor|o (心が無い)sen|kor|a (無情の)sen|kor|ul|o (無情者)

のような過程を経て、まず「正反対」を表すmal- や「〜なしで」を表す前置詞sen- などが付いた形容詞語幹にさらに -ulが付いた形でできている。

 名詞語幹に -ulが付いた例としては次のようなものが見られる。

 

ザメンホフ訳 (3):

*almozulo (乞食)*krimulo (犯人)*tributulo (朝貢者)

  ニューエル訳 (8):

*almozulo (乞食)funkciulo (職員)honorulo (名誉を重んじる人)incestulo (近親相姦をはたらく者)kornulo (角を持った者)*krimulo (犯人)perukulo (カツラを付けた人)*tributulo (朝貢者)

 

 これらはalmoz|o (施し物)almoz|ul|o (乞食)krim|o (犯罪)krim|ul|o (犯人)tribut|o (貢ぎ物)tribut|ul|o (朝貢者) のように、名詞語幹に-ulが付いてできている。なお動物を表す -ulo形は両訳書には見られない。

動詞語幹に-ulが付いた例としては次のようなものが見られる。

 

ザメンホフ訳 (2):

*pekulo (罪人)*timulo (怖がり屋)

  ニューエル訳 (11):

arbitraciulo (調停者)diboĉulo (放蕩者)drinkulo (飲み助)flatulo (お世辞のうまい人)klaĉulo (悪口を言う者)*pekulo (罪人)ribelulo (反乱者)ŝerculo (冗談を言う者)svatulo (結婚仲介人)*timulo (臆病者)trompulo (ペテン師)

 

これらはtim|i (恐れる)tim|ul|o (怖がり屋)pek|i (罪を犯す)pek|ul|o (罪人)tromp|i (だます)tromp|ul|o (ペテン師) のように、動詞語幹に -ulが付いてできていると考えられる。

 前置詞に -uloが付いた例としてはザメンホフ訳にkontraŭ|ul|o (反対者、対抗者) が見られるだけである。

 他の接尾辞が付いた後に更に -ulという接尾辞が付いた例としては次のようなものが見られる。

 

ザメンホフ訳 (3):

ridindulo (滑稽な者)*senindulo (ろくでなし)sklavemulo (奴隷根性の人)

  ニューエル訳 (5):

diboĉemulo (放蕩者)etulo (小男)gloremulo (野心家)*senindulo (ろくでなし)servemulo (世話をやく人)

 

 これらは次のような過程を経てできているとと考えられる。

rid|i (笑う)rid|ind|a (滑稽な)rid|ind|ul|o (滑稽な者)

-ind (「〜される価値がある」を示す接尾辞)ind|o (価値)sen ind|o (価値のない)sen|ind|a (無価値な)sen|ind|ul|o (ろくでなし)

sklav|o (奴隷)sklav|em|a (卑屈な)sklav|em|ul|o (奴隷根性の人)

diboĉ|i (放蕩する)diboĉ|em|a (放蕩癖の)diboĉ|em|ul|o (放蕩者)

glor|o (栄誉)glor|em|a (栄誉を求める傾向のある)glor|em|ul|o (野心家)

serv|i (仕える)serv|em|a (世話好きな)serv|em|ul|o (世話をやく人)

-et (「小さい」を示す接尾辞)et|a (小さい)et|ul|o (小男)

なお、etulo (小男) -etという接尾辞自体を語根として、それに -ulという接尾辞が付いてできた名詞である。

 -ulという接尾辞が付いた後にさらに別の接尾辞が付いた語としては次のようなものが見られる。

 

ザメンホフ訳 (2):

junularo (青年)malĉastulino (不貞な女)

  ニューエル訳 (6):

dolĉulino (優しい女)junulino (若い女、娘)malĉastulino (不貞な女)malsaĝulino (愚かな女)povrulino (哀れな女)virgulino (処女)

 

 これらは次のような過程を経てできているとと考えられる。

jun|a (若い)jun|ul|o (若者)jun|ul|ar|o ( (総称としての)青年)

ĉast|a (貞節な)mal|ĉast|a (不貞の)mal|ĉast|ul|o (不貞な人)mal|ĉast|ul|in|o (不貞な女)

saĝ|a (賢い)mal|saĝ|a (愚かな)mal|saĝ|ul|o (愚人)mal|saĝ|ul|in|o (愚かな女)

povr|a (哀れな)povr|ul|o (哀れなやつ)povr|ul|in|o (哀れな女)

virg|a (純潔な)virg|ul|o (童貞)virg|ul|in|o (処女)

 上記で用いられている -ul|in|o (〜の女性) -ul|o (〜の人) の女性形であるとも考えられる。

 ニューエル訳では -ul自体を語根としてそれに名詞語尾を付けたul|o (人、者) や、合成語であるalt|rang|ul|o (高官) という語が見られる。 alt|rang|ul|o (高官) は「alt|a rang|o (高い地位)-ul|o ()」から成る合成語である。


 

 

参考文献

 

Butler, Montague C., ed., Esperanto-English Dictionary (British Esperanto Association, 1967)

Grosjean-Maupin, E., red., Plena Vortaro de Esperanto kun Suplemento (Sennacieca Asocio Tutmonda, Paris, 1996)

Kalocsay, K., G. Waringhien, Plena Analiza Gramatiko (Universala Esperanto-Asocio, Rotterdam, 1985)

Newell, L. N. M., trad., Hamleto: Princo de Danujo (La Laguna, 1964)

Waringhien, G., red., Plena Ilustrita Vortaro de Esperanto 2005 (Sennacieca Asocio Tutmonda, Paris, 2005)

Wennergren, Bertilo, Plena Manlibro de Esperanta Gramatiko (Esperanto-Ligo por Norda Ameriko, California, 2005)

Zamenhof, L., trad., Hamleto: Reĝido de Danujo (Editions Françaises d’ Esperanto, Marmande, 1964)

小西 岳他編『エスペラント日本語辞典』(財団法人日本エスペラント学会 2006)

貫名美驕A宮本正男編『改訂新選エス和辞典』(財団法人日本エスペラント学会1989)

藤巻謙一『まるごとエスペラント文法』(財団法人日本エスペラント学会 2001)

三宅史平編『エスペラント小辞典』(大学書林 1997)


 

 

トップのページに戻る