「前衛アート展覧会」


 いつしか秋の色も濃くなり、町の街路樹ですら既に紅葉を始めている。
 長袖の開襟シャツだけでは肌寒く、上にもう一枚くらい羽織っておかないと風邪をひいてしまいそうな程に、街は冷え込んでいた。
 僕こと前田 健児と、僕のガールフレンドである水山 深鈴は、久々のデートと言う事で映画を見た後に特にする事も無く、街を目的も無いままに歩いているのだ。
 深鈴の手を握っていると、とても暖かくて安心出来た。
 手を握っているだけで、寒さなんて殆ど感じなかった。
 そして、しばらく街の外れを歩いていると、こんな看板が目に飛び込んで来たのだ。

[前衛アート作品展覧会(題名未定)入場料金:無料]

 題が未定と言う展覧会も珍しいと、僕は思わず苦笑してしまった。
 街から少し離れているせいか、それとも前衛アートになんて興味がある人が少ないのか、展示場の外から見る分にはお世辞にも繁盛していると言える様子では無かった。
「入ってみるかい?」
 外からは、中を伺うが、薄暗くて殆ど何も見えなかった。
「でも……ちょっと、薄暗くて気持ち悪くない?」
 僕が握っている深鈴の手に、心なしか少しばかり力が入ったような気がした。
「どうせ、映画も見終わってする事無いんだしさ、たまにはゲージュツしてみるのも良いんじゃないかな?」
 もちろん僕が前衛アートを見たとして、それを理解する事なんて、絶対に出来ないと思うけど。
「前衛アートってどんな感じなの?」
「僕も、良く知ってる訳じゃないけど、B全の紙に色々な色のペンキをぶちまけて、模様を描いてみたり、廃材から色々な芸術作品を作り出してみたり、じゃないかな?」
「絵画なんかとは、また違うのね?」
「僕に芸術の事なんて聞くなって」
 思わず苦笑いをして、深鈴を肘で小突いてしまう。
「入ってみる?」
「そうね」
 そして僕達は薄暗い、(題名未定)がテーマの前衛アートの薄暗い作品展覧会場へと足を踏み入れた。

          ★

 中は、あまり空調が良く聞いていないのか、冷たい淀んだ空気と、すえた匂いのする倉庫のような、会場だった。
 人は、殆ど----いや、数名の係員らしき人以外は、誰も居ないと言っても過言では無いだろう。
 簡単な通路の脇には、色々なデザイナーが腕によりをかけて、作ったであろう、訳の解らないもの----例えば、長い針金を不規則な形に曲げただけの物であるとか、壁一面にペンキを、恐らく手で訳の解らない模様を描いた絵であるとか、かと思えば、驚くほど精密に作られた、ミニチュアの部屋と人間や、細かいガラスの粉のような物を散りばめて、鮮やかな色の光を反射させるように作られた揺れる水槽----が沢山展示されている。
 さすがに題未定だと言うべきか、それとも何か題材があって作品を作ったとしても、これほどまとまらない物なのかは解らないけど、ここに置いている作品群にはこれ一つとして共通する物が無いように感じられた。
「凄いわね」
「凄いよね」
 思わず僕と深鈴の言葉が重なる。
 確かに凄い世界だった。
 下手をすると今までの価値観の全てをひっくり返されてしまう程の、強烈なメッセージとインパクトが全ての作品から訴えかけられているようだった。
 綺麗とか、感動するとかではなく、ただ、凄いのだ。
 インパクトだけが強く伝わって来る感じだった。
 声も出せないまま、色々な作品達を見て行く。
 握り締めていた深鈴の手も、いつのまにか放してしまったようだ。
 ハッとして振り返るが、そこに深鈴はいなかった。
「深鈴!」
 会場内に僕の声が響き渡る。  だけど、深鈴からの返事が帰ってこなかった。
 僕は会場の中を探し回るが、深鈴は見つからない。
 思った以上に、中は広かったのだ。
 心配する事なんて何もないと思っている反面、こんな作品群に囲まれているせいか、物凄く不安な気持ちが胸の中を駆け巡る。
 そして、気がつくと僕は走り出していた。
 肺が、心臓が酸素を求めて激しく痛む。
 逃げ出したい衝動を、必死に押さえながら深鈴を探す。
 走る、ただ、走り続ける。
 意識が遠くなるような感じだった。
 その時、一枚の薄っぺらい扉が目に飛び込んで来た。

[係員専用:一般の方立ち入り禁止]

 僕は躊躇せずに、その扉を開いた。

          ★

 目に飛び込んで来たのは、胸を真っ赤に染めた、アンティークな椅子に腰掛けた全裸の深鈴と、爬虫類を思わせるような顔をした男だった。
「深……鈴?」
 ぴくりとも動かない深鈴は、単に眠っているだけなのだろうか?
 感覚が麻痺する。
 頭が働かない。
「お客さん、困りますな。ここは立ち入り禁止って書いてたでしょう?」
 爬虫類男は、僕の方を振り返り、困ったような顔をする。
「深鈴はどうしたんだ?」
 感情の抜けた声だった。
「深鈴? ああ、このお嬢さんか。私が気に入ったのでね、作品にしてあげたのだよ。生きるものは何時か年を取り、老い、若かった頃を懐かしむ。私はこの、娘さんの一番美しい時期に、時間を、老化を止めてあげたんだよ」
「殺した……のか?」
 手を強く握り締める。
 爪が掌に深く食い込む。
 動けなかった。
 その間にも爬虫類男は、深鈴の肌に蝋を塗って行く。
「人間、だれしも何時かは死ぬんですわ。美しさを残す代償としては、安いと思いますがね」
 狂ってる、そうとしか思えなかった。
「人殺し!」
 近くに置いていた、短めの角材を握り締めると、僕は爬虫類男へと殴りかかって行った。
 その時、胸に強い衝撃が走る。
 ダーツの矢のような物が、僕の胸に突き刺さっていた。
 振り向きざまに、爬虫類男が投げた物だ。
 凄く、冷静に観察していた。
 僕はこんな所で、死んでしまうのだろうか?
 血が、シャツ一面を朱の色に染め上げる。
 体中の力が抜けて行く感じだった。
 そして、僕は膝から落ちるような感じで、仰向けに倒れてしまう。
 頭を、床に強く打ち付ける。
 朦朧とする意識。
 爬虫類男は、やれやれと言う顔で、僕の胸に刺さっている矢を引き抜くと、もう一度心臓の辺りに、思いっきりに降りおろした----。

          ★

 昔風のドレスを身にまとい、アンティークな椅子に腰かけた優雅な深鈴に、僕がもたれかけるようにして、死んで行く恋人の役として、作品として、展示されていた。

 いつまでも、いっしょだった。
 いのちはなくしてしまったけれど。
 いつまでも、いつまでも、いっしょにいれるだけで、しあわせだった。

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