「ゆがみ」


 僕がここにいることを、君は知らない。
 ただ、雨がしとしとと降り頻る街の片隅で、傘もささずに立ち尽くす僕を横目に、忙しそうな人達は足早に過ぎて行く。
 出したくて出せなかった手紙を、宛先も書かないままポストへ投函したあの日、僕の中で、なにかが壊れた。
 愛情なんて分からないけど、分かりたくないけれど、僕は君のことを愛していたようだ。
 出会いなんて無い方がいい。変化なんて望まない。
 だけど、気持ちは高ぶり、ゆっくりと血液が体中を駆け巡る。
 会いたくて、会いたくて、それだけが頭の中を渦巻く。
 いつまでも続くリフレイン。何が僕を変えてしまったのだろうか。
 唇を強く噛み締める。口の中に広がる鉄の味が僕の生きているという唯一の証拠。
 そして、口から滴り落ちる血。痛み----。すべては幻なのだろうか。
 いつしか君は僕の目の前に現われ、僕を優しく慈しむ。
 微かに揺れる視界の中で、君の微笑みだけが僕を救ってくれる。
 闇に沈んで行く意識のなかで、ここには居ない君に笑いかけることができたのか。
 それだけが消えて行く心の中にいつまでも残っていた。

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