「ココロ」


 また一枚、カレンダーのページが剥がされた。
 一日、また一日と繰り返されてゆく、日常と言う単調な日々の中の時間というものは、途方もなく長く感じられると言うのに、それが少しずつ、ゆっくりと重なりあって過ぎ去っていく長い周期を振り返ってみると、それはなんと短く感じられるのだろうか。
 危機感の麻痺した見せかけだけの平和な日々と、身の回りに起こる些細な変化。
 だけど、誰も気がつかない、いや、本当は誰もが気がついているのに目を向けない、暗黒の縁というものは、確かにそこに存在して、それは、まるで蟻地獄のように不用意に近づく人々の足をとり、どす黒い血を啜り、荒んだココロに忍び込み、やがて虚無の世界へと誘ってゆく。
 周りの人間は、そんな人々を見て嘲笑して、薄気味悪いとつぶやいて、時には偽善的な哀れみを与えて、だけど必要以上に干渉しようとはせずに、たとえその人々がどんな結末を迎えたとしても、やがて長い時をへて、次が自分の番じゃないと言う確証なんてなにもないままに、忘却の彼方へとその記憶を置き去ってしまう。
 人間と言う生き物は、本当の想いを伝える術もなくて、ココロを繋ぎ止める鎖も持たずに、ココロの奥底に流れるドロドロとした固まりを隠して、引きつった笑顔を浮かべて、いつも自分が傷つくことを恐れて、闇に飲み込まれそうになるココロに気づかずに、ふとした瞬間に見える真実から目を避けて、他人と同じ事をしていないと不安になり、不幸な出来事は自分とは無関係な他人にしか起こり得るものと信じて疑わない。
 所詮は正気なんて言うものは、狂気の裏返しでしかなくて、永遠の広がりを持つ狂気の中に漂う、ほんの小さな泡のようなものでしかないのだろうか。
 人間のココロなんてものは、頭の中を電気が走る時に出来る副産物のようなもので、本当は何処にも存在しないものを、あたかもそこに在るかのように感じているのだけなのかもしれない。もっとも、ココロがあるとしても、頭の中でリアルな夢を見て、感じているのと、現実の中を生きているのとの境を誰が本当に判断する事が出来るだろうか。
 自分と、他人と、そして自分の中の他人に自我を常に脅かされながら、それに気がつかないフリをして、表面だけの快楽をいつも追い続け、残るのは空っぽになった自分だけだとしても、それにすら気がつかない。
 ただ、残るのは、虚ろな瞳をした人型の抜け殻だけ。
 ココロの無くなった人たちは、一体何を見ているのだろうか。
 ココロの無くなった人たちは、一体何を感じているのだろうか。
 ココロの無くなった人たちは----。

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