「空回り」
真っ白な雲が、抜けるような青い空一面に広がっていた。
俺は、どこまでも続く海原……と言うにはあまりにも狭い、見渡す限りテトラポットしか無い海を、ぼんやりと眺めながら、ゆったりとした歩調で家路に向かって歩みを進めていた。
この町に来て、もう一年にもなるというのに、こんな海でも当たり前のように潮の香りを漂わせている事に初めて気が付いた。
いや、正確には、そんな事はもちろん気がついていたのだけど、些細な事に対して気をまわしている余裕が無かっただけなのかもしれない。
ここ一年間を振り返ってみると、家と職場を往復するだけの忙しい仕事も、些細なプライベートな時間も、すべてが空回りしていただけで、結局は何も自分の為になんてなっていなかったような気がする。
ふと、そんな当たり前の日常に嫌気がさして、今日、俺は会社を辞めてきた。
辞表はあっけない程に、簡単に受理されたのだ。
会社にとって俺と言う人間は、結局それだけの価値しかなかったというのだろうか。
そう考えると、少しは引き止められる事を期待していたのかも知れない。
もちろん、引き止められたとしても、俺は会社を辞めていただろうけど。
あとは、引継ぎ業務を終えれば、俺は会社の人間ではなくなるのだ。
それも、入社して一年くらいしか働いていない平社員の仕事の引継ぎなんて、たかだか知れている。簡単な確認だけで終わってしまうだろう。
空はどこまでも青く広く広がってて、時折吹きぬける風は潮の香りで満たされていて、冬の柔かな日差しを、テトラポットに激しく打ち付ける波しぶきがキラキラと反射していて、時間がこんなにゆっくりと流れてゆくものだった事を忘れていた自分に、軽い失望感を覚える。
防波堤に座り、ぼんやりと打ち寄せる強い波を見ていると、何もかもが馬鹿らしく、些細な事でうじうじと考えていた自分の小ささを思い知らさせられるような気がした。
波が打ち付ける度に自分の心が洗われて、波が引く度に心の中に溜まったヘドロを持っていってくれるようだ。
そして、心が真っ白になれた時、次の事を考えればいいのかもしれない。
もう一度、自分という存在を、自分の中の価値観を見詰め直す為にも----。
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