「自我と世界」


 ゆっくりと体を起こす。
 朦朧とする意識、そして、思うように動かない体。
 見渡す限り、壁に埋め尽くされた用途の解らない機械と、いましがたまで眠っていたであろう、カプセル型のベッド。
 ここはどこなのだろうか?
 そして、私は一体誰なのだろうか----?
 解らない、何も。
 点滅を繰り返す機械たちは、もちろん何も語ってくれずに、ただ、私は座っていた。
 人工の明かりに照らされた部屋の中は、妙に白々しく、じりじりと過ぎて行く時間すら感じる事が出来ないでいた。
 体を少し動かしてみる。
 少し痛みを伴うものの、なんとか動く事はできるようだ。
 ゆっくりと深呼吸をして、ベッドの中から這いずり出した。
 壁を見上げる。
 狭い部屋だった。
 扉は見当たらない。
 壁にはうめこまれている、小さなはしご。
 そして、恐らく出入り口であろう、小さなハッチ。
 部屋を見渡すと、機械の点滅する光だけが視界の中へと飛び込んできた。
 何も思い出す事ができないのに、思考だけが頭の中をぐるぐると回り出す。
 体の動かし方、物の認識の仕方、そして言葉----。
 その、すべて解るのに、自分の事が何も解らないもどかしさを感じながら、固い床の上へと座り込む。
 少しだけひやりとした床の感触だけが、心地好く感じられる。
 膝を抱えてうずくまる。
 体はまだ、少しこわばっているのか、少し気だるい感じがした。
 やがて、軽い睡魔とともに訪れる、浅い眠り。
 ずるずると、床の上へと崩れるようにして、私は浅い、とても浅い眠りへと引きずりこまれていった----。



 見渡す限りの星、星、星----。
 そして、眼下に広がる広大な、人工の明かり。
 自然と人工物のアンバランスさを、少し楽しみながら、ゆっくりと空気を吸い込む。
 ひやりとした感覚が胸の中いっぱいに広がり、やがて、少し暖かくなった息を、ゆっくりと吐き出す。
 白く、どこまでも広がる私自身の息。
 目まぐるしかった日々を少し懐かしむように、軽く目を伏せた。
 何気ない人々の言葉、動作、そして私の感情。
 すべてが蝕む、私を、全てを。
 耐えられないのだ、この、無機質な人々の中で生きていくと言うことが。
 感情を持って生まれてしまったが故に、こんなに辛い思いをするなんて。
 私は全てを拒絶した。
 感情を持たぬ人々も、感情を持ってしまった自分も、この世界も。
 だから、私は眠りにつくのだ。
 長い、恐ろしく長い眠りの中へと。
 誰もまだ知らない世界へと、旅立つのだ。
 ゆっくりと立ち上がる。そして、頬を伝う水滴----私は泣いているのだろうか?
 感情も、理性も、すべての感覚が閉ざされたように、私は何もわからなかった。
 そう、なにもわからなかった----。



 頬を伝う涙の感触で、私は目を覚ました。
 今みた夢は、私が私であったという理由のひとつなのだろうか?
 でも、今はもう、私が私である必要などなにもないのだ。
 思い出せない断片的な過去など、今の私にとって、必要だとは思わないのだから。
 私が私でありつづける為に、私は私ではなくなるのだ。
 腕で軽く涙をぬぐう。
 噛み締める唇----そして、自分を納得させるように、頬をピシャリと手で叩いた。
 壁に埋め込まれているはしごに、ゆっくりと登り始める。
 そして、天井のハッチをゆっくりと開ける。
 それは、何の抵抗もなく、ゆっくりとスライドして開いていった。
 外に出て、軽く見渡すと、一面の草と、大きな一本の樹だけが視界の中へと飛び込んで来る。
 そこには、なにも、本当になにも無かった。
 これからどうするのか、そして、私は何故生きているのか、その理由を探す為に、ゆっくりと歩いてゆこう。
 もう、私を疎外する原因になるものなど、何一つとして存在しないのだから。
 だから、私は、私に戻れるのだろう。
 私が、私らしく生きることのできる、この世界の中で----。

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