「アルバム」


 写真立ての中の一枚きりの写真。
 ぎこちない微笑みを浮かべる僕の横で、楽しそうに腕を組んで来た君が写ってる。
 写真を見る度に思い出す情景は一つだけだった。
 まだ、恋とも呼べないような、ほろ苦いときめきを胸に、時に哀しく、時に楽しく。
 一緒に過ごした日々は、もう帰らないのに。
 幾度となく繰り返した、出会いと別れの中で、他の娘には悪いのだけれど、一度でも君のことが頭から離れた日は無かった。
 もちろん、繰り返すつもりはない。
 ただ、淡い思い出としての、君と過ごした日々を思い出すだけで満足だった。
 そう、あの日までは----。

 午前中はあんなに良い天気だったのに、急に降り出すなんてついてない。
 僕は、重々しくのしかかって来るような雲を軽く睨むと、暫くためらった後、意を決して雨の中へと飛び出した。
 それが、全ての始まりだった。
 それが、全ての終わりだった。
 僕が、鞄を傘変わりに、頭の上にかざして走っていると、君を見つけた。
 五年振りの再会だった。
 僕が思わず立ち止まると、驚いたような顔をして、君も立ち止まった。
 長い、長い、永遠に続くと思われる程の一瞬の後、君はあのころの僕のように、ぎこちない微笑みで答えてくれた。
「ひさしぶり、ね」
 目の前で、今の君と、五年前の君とがオーバーラップする。
 僕は、言葉が出ないまま軽く肯くと、逃げ出したくなる衝動を必至に押さえた。
 いつも、会いたいと思っていたのに。
 会えば、もっと切なくなるのも分かっていた。
「元気‥‥だった?」
 僕はなんとか声を絞り出す。
「うん、まあ、ね」
 簡単な挨拶だけで、僕たちは別れ、別々の道へと歩き出す。
 僕は歩きながら、涙が溢れ出るのを感じていた。
 もっと、色々と話したかったのに。
 もっと、一緒にいたかったのに。
 今は雨が心地よかった。
 身も心も雨で濡れている。
 微かに震えているのは、心の震えだろうか?
 後は、大粒の雨だけが、全てを洗い流してくれる感じがした。


 それから、数日経ってから、君からの電話がかかって来た。
 そして、幾度と無く友達として遊ぶようになったのだが、心が張り裂けそうだった。
 切なくて、哀しくて、こんなことなら会わなかった方が良かった。
 しかし、君と一緒にいる時には、顔には表わすことが出来ない。
 友達以上には、なれないことは分かっていた。
 もし、友達以上になれたとしても、うまくやっていける自信も持てなかった。
 同じ繰り返しになるのを、心のどこかで恐れているのだろうか?
 一人の時には、自然と涙が溢れて来る。
 昔のアルバムをめくると、楽しそうな君の笑顔と、はにかんだ僕の笑顔が写ってる。
 そして、今の写真には、はにかんだ二つの笑顔だけが焼き付いていた。
 何かが違っていた。
 何かが変わっていた。
 君と会っている時でも、瞼を閉じて浮かぶのは、あのころの君。
 五年の歳月と共に、君も、僕も、変わっていったのだろうか?
 僕の知っている君がいて、僕の知らない君がいる。
 すべては時と共に変貌し、いつしか風化していくのだろう。
 僕が好きだったのは、あの頃の君。
 いや、あの頃の君をモチーフにして、嫌な部分を切り捨てた、理想しての----愚像としての----君が好きだったのだろうか。
 きっと、君への憧れが恋に変わり、恋から愛に変わり、そして別れた後、いつしか思いだけが独り歩きをはじめてしまったのだ。
 心の中の価値感が、音を立てて崩れていくのを感じていた。
 やっと、君の愚像の呪縛が解けるのを感じていた。
 いつしか、アルバムのページを重ねていくのは、もしかしたら君とかも知れないし、君の知らない他の人とかもしれないけど、いつかはきっと、沢山の思い出の中の、たった一つのエピソードとして笑い飛ばせるだろうと感じていた----。

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