「真冬の夜の夢」
著作者:陽洋・K・わてん

「悪い事は言わない。あの街道を行くのはもう少し後にしなさい」
「もう少しってどのくらいですか?」
 僕はそう聞いてみた。
「少なくとも後一ヶ月くらいは…」
 そんなに待てるか。ただでさえ吹雪で三週間も足止めを食らってるのに。
「先を急いでいるんです。とりあえず理由を聞かせて下さい」
「実は…あの街道は雪の女王の領域なのです」
「雪の女王ねえ…」
 その手の話は大陸中に転がってる。一々、気にしていては身が保たない。
「他の季節の間は大丈夫なんだが冬の間にあの街道を通るとしばしば奴に襲われるんだ」
 どうしてそんなところに街道を作るんだ。
「こう見えても魔導士なんでね。少しくらいの障害なら切り抜けて見せる。じゃ」
 僕はそう言って宿屋を出ようとした。
「止めましたからね。どうなっても私は知らないですよ」
 僕も知られたくはない。

 雪の上を少年が歩いていく。年の頃は十六。一年ほど前に王立学院魔法学科を主席で卒業し、現在は見聞を広めるために放浪中の身である。

 街道も何も全て雪の下に埋まってしまって何がなんだか分からないじゃないか。ま、太陽の位置から大体の位置は推測できるので適当に歩いていく。
 などと楽観していたら急に太陽が見えなくなってきた。一転、にわかにかき曇りって奴だ。
 どうやら誰かが天候操作魔法(ウェザーコントロール)を使っているらしい。
 …本当にいたんだな…雪の女王…
 やあ、吹雪いてきたな。洒落にならなくなってきた。
『風よ…汝と我が魔力(ちから)もて…我に飛翔の力を』
 ここは飛行魔法で一気に切り抜ける!
 弾丸のごとく降り注ぐ吹雪を弾き飛ばしつつひたすら邁進する。でも方角分かんない。
 困ったもんだ。きっと同じ所をぐるぐる回ったりしているんだ。たぶんそう…
「ほほほほほ」
 前方に十メートル大の女性が出現したのでやむなく止まる。
「出たな、化け物」
 いいのか?喧嘩ふっかけて。
「この美しいわらわを捕まえて化け物とは。そなたの目は節穴か?」
 確かに透き通るような肌だし、それこそ烏の濡れ場のように美しい髪だし、いわゆる気品のある美しさなんだろう。しかし、
「でかすぎるぞ」
「何かと思えばそのようなこと。これはただの幻影じゃ」
 言うなり百七十センチくらいの姿が現れる。どうやら本体らしい。
「で、何か用でも」
「大した用ではない。そなたを連れに来ただけじゃ」
「僕にとってはこの上なく迷惑だ」
「おとなしくついてくる気はないかえ?」
「ない」答えるなり呪文を唱える僕。
『我が魔力(ちから)において…炎よ…今この場に集いて全てを焼き尽くせ』
 何も起きない。
「ほほほ、この地では炎の魔法は使えぬ」
 くっ、そうと知っていればこんな所には来ないものを。って、そう言えば一応忠告されたよな。これが後の祭りという奴だな。
「ならば!」
「ならば?」
「これにて失礼」
 飛行魔法で一気に飛び去ろうとする僕。
 ピキィン!
 澄んだ音が微かに響いた。なにしろ猛吹雪の最中で雪の女王の良く通る声以外はほとんど何も聞こえない。
 それはいいとして足が動かない。おおっ、凍ってるじゃないか。これが足に根が生えたように動かないって言うんだろーな。
 あああああっ…なんてこったい…落ち着けっ、落ち着くんだ…ふう…短い人生だったな。
「好きにしろっ」
 などと言って座り込みたかったけどそれすらも適わない。
「ではそうさせてもらおうぞ」
「あんまし痛くしないでね」
 この期に及んで訳のわからんことを口走るお茶目な僕。
「おとなしくしておれば大丈夫じゃ」
 数分後、空飛ぶ女王に腕をつかまれてもってかれてる僕の姿があった。こんな姿を他人に見られたら生きてはいられない。そもそも生きて帰れるのか?
 しばらくして前方に何かが見えてきた。水晶のような透明感を持ちつつも実際には不透明。そんな材質でできた不思議な建物だ。ちなみに吹雪はすでにおさまっている。
「お城…?」
「あれがわらわの住まう城じゃ」
 まるで童話(メルヘン)に出てくるようなお城だ。もしかして氷で出来てるのかな。雪の女 王っていうくらいだし。
「着いて参れ」
 僕を下ろして優雅に着地するとそう言ってすたすたと歩いていく。
 ここで反転してまた捕まるのも無意味なので着いていく。
「ここじゃ」
 とか言いつつ氷壁の中に入っていく女王。なるべく、器用な真似はしないで欲しい。
 手で触ってみるとすっと氷壁の中を擦り抜けた。幻覚なのかな。
 氷壁を抜けると異様に広い部屋に出た。しかも何故かうっすらと雪が降っていて反対側の壁が見えない。
 で、女王は構わず突き進んでいくので仕方なく着いていく。やだなあ。でも僕の実力じゃ逃げ切れないみたいだし。
 と、一人の少女がぱたぱたと駆けて来る。
「お帰りなさい、お母様」
 やはり親子か。雪の女王の縮小版みたいな姿をしてるし。でもこっちの方が遥かに可愛い。まあ、それを言ったら雪の女王だって小さい頃ってのがあったんだろうし。
「お前の話し相手を連れて参ったぞ」
 話し相手?
「ありがとうお母様」
 なんだか誕生日の贈り物ののりだな。
「つかぬことをお訊ねしますが…」
「なんじゃ?」
「話し相手?」
 自分を指さしながらそう聞いてみる。
「そうじゃ」
 …えーと…。
「いつまででしょう」
 我ながら腰が低い。
「そなたの命が尽きるまでじゃ」
 ぽん、と手を打つ。
「ああ、なるほど」
 他にどう反応 すればいいのか分からなかった。
「それで僕で何人目なんでしょう」
「娘の相手はそなたが初めてじゃ」
 なるほど。娘の相手はね。
「他に聞きたいことはないかえ?」
 もうどうでもいいや。
「食べ物は?」
「安心せい。そなたがなるべく長く保つようにはしようぞ」
 ああ、人間は使い捨ての道具か何かとして認識してるんだろーな。ま、そうゆうところは大抵の知的生命体に見られる現象だ。人間の場合、特にそれが著しい。研究の趣旨(テーマ)にはもってこいだな。
 …発表できないけど…
「縁があったらまた会おうぞ」
 ここはてめえの娘の部屋だろ?僕が死ぬまで来ないつもりなのか?
 心の中でつっこみいれてたらさっさと行ってしまった。後に残るは僕と雪王女。ま、逃走手段は後で探そう。
「初めまして。王女様」
 恭しく礼をする。
「初めまして。あたし、フォーリシアっていうの」
「僕はレイン」
「お外の話、してくれる?」
「そうだね。少し待っててくれる?」
 とりあえず呪文。そう言えば雪王女を人質に取るという手段があったな。あっさり凍らされるだけだと思うけど。
「地よ…風よ…我が魔力(ちから)を代償に…我が意のままに踊れよ』
 降り積もった雪を巻き上げ適当に固めていく。
「何作ってるの?」
「かまくら」
 程なくして五人くらいは収容できるやつが完成する。あとは…
「薪とかないの?」
「薪ってなあに?」
「木を細かくした物」
「んーと、お母様にもらってきてあげる」
 そう言うとぱたぱたと走っていくのですかさず着いていく。雪王女は氷壁まで辿り着くとそのまま氷壁の中に抜けていった。
 ゴン!
 壁にもろに激突する。
 ……出られない……
 数十分後、かまくらの中で火を焚いている僕と雪王女の姿があった。かまくらの外では依然として雪が降り続いている。なんなんだ…この部屋は…
「火にあたってて溶けたりしないの?」
 僕はそう聞いてみた。
「何が?」
 どうやら雪王女は溶けたりしないらしい。
「なんでもない。外の話をするんだったよね」
「うん」
 僕は外界の話を始めた。色々な生き物のことを。海のことを。人間達の歴史を。
 その大半は書物で知ったことでしかない。僕はそれらを見極めたかった。
 そして今ここにいる。
 この地に住まう雪の女王や雪王女も真実の一つ。彼女らの一族は他にもいるのか。どのようにして生殖を行っているのか。具体的に僕らと体の構造がどう違うのか。知りたいことはいくらでもあったけど雪王女はそれに答える術を持たない。何も知らないのだ。よくいえば純粋無垢。
 だから僕は話し続けた。何かを聞くためにはそれ相応の知識を身につけさせなくてはならない。基本的に時間はいくらでもあった。
 無論、ずっと話し続けていたわけではない。僕は逃走手段を探し続けた。だけど分かったことといえば、天井と壁は全て氷で覆われていること。足下に広がる雪は二、三十メートルほど掘ってみたけどひたすら雪だった。そのくせ、氷壁は延々下まで続いている。
 仕方ないので話し続ける。話がいろんな遊びのことに及んだときは実際やってみたりした。
 鬼ごっことか、なわとびとか、そういういにしえより伝わるのを延々こなし続ける。
 かくれんぼが一番疲れた なにしろ三十時間ほど経ってからようやく地下三メートルで眠っているのを発見した。やはり相手に見付かるまで隠れている、という説明がいけなかったらしい。ほっといたら百時間くらいはそうしていただろう。こんな所に一人でいたらそれこそ発狂してしまう。しかし話を聞いてみると物心ついた頃にはこの部屋に一人でいたらしいので精神力は人間よりも遥かに強いようだ。もっともほとんど眠っていたらしいけど。
 そして僕は話し続けた。もう一度見てみたい外界のことを。ふと気付くと、自らの内に密やかな狂気を認めた。だけど雪王女といると心が落ち着いて狂気はそれ以上育たない。
 雪王女がいるからここに連れて来られて狂気が芽生えたのか、それとも元々あった狂気が、この状況下において雪王女という存在によって押さえられているのか。
 最近一つの考えにとらわれている。
 こうして世界のことを話し続けるのと、幾星霜にも渡って世界が存続していくことになんの違いがあるのか。他人から見れば一笑に付するようなことかもしれない。しかし、今の僕にとっては大してかわりはない。
 あれから雪の女王は訪ねてこない。彼女もこうして幼年期を過ごしたのだろうか?僕は彼女らにとっては成長促進剤のようなものなのだろうか?
 話は尽きることがない。我ながらよくもこんなに近頃は昔話や童話の類を話している。話していて君子危うきに近寄らず、という教訓を感じて嫌になった。
 そして今、僕は焚き火を見つめながら座り込んでいた。時折ぱちぱちと薪のはぜる音がする。雪王女は焚き火を挟んで眠り込んでいる。今の僕はこのままずっとここにいてもいいかな、なんて思い始めていて、少しばかりその考えに恐怖を感じている。
 雪王女はそれこそ雪のように純粋で、愛くるしい。彼女はその気になれば数万年の長きに渡って生き続けることができ、僕はほんの数十年だけしか生きられない。彼女の一族は僕たち人間など及びもつかないような存在なのだ。
 これが恋なんだろうな。以前、初恋だと感じたものが一時の気の迷いに思える。
 ここに来てどのくらいの時が流れたのだろう。眠くなったら眠り、おなかが空いたら食事をする。雪王女がかき氷を食べているのを見るとくらくらするけど。話を元に戻そう。生活のリズムなんて存在しない。
 太陽の光を長いこと浴びていない。体力が明らかに落ちている。早ければ数年でくたばるな。それもいいだろう。雪王女の記憶として僕はどんな人間よりも永く残り続ける。今の僕は半分くらいはそれを望んでいた。残りの半分は外への帰還。
「レイン…」
「起きたの?フォーリシア」
「レインはお外に帰りたい?」
 心臓を鷲掴みにされるような思いがした。見透かされているのだろうか。
「…帰れるのなら帰りたい」
 僕は正直に答えた。
「なら、帰して上げる。でも…」
 今なら大抵の条件は飲み込めた。
「でも?」
「あたしも連れていってほしいの」
 連れて行けるものなら連れて行きたい。
「だけど女王は?」
「お母様の眠ってる時を見計らえば逃げ切れると思うの」
 僕は少しの間考え込んだ。時間の感覚が麻痺して久しい。今の僕にはどれだけ時間が経とうと少しとしか感じられない。
 失敗しても傷付くのは僕一人だけだろう。なら結構しても構わない。
 僕はそっと雪王女を抱きしめた。触れる肌が冷たい。
「…行こうか」 
「うん」

 二人は時機を見計らって城を抜け出した。さながら手に手を取っての逃避行。魔導士は本当に雪王女の手を取ると魔法で飛行を開始した。
 魔導士は無事に逃げ切れたら雪王女を守り続けるつもりでいた。そして死期がやってきて、雪王女が望むならまたここに連れ帰ろうと決めていた。全ては無事に逃げ切れたら…
 行く手を遮るように吹雪が吹き付ける。しかし雪王女の力で二人は確実に城から遠ざかりつつあった。
「…レイン…」
「なんだい」
「お母様が追ってくるわ」
「逃げ切る」
 魔導士は言いつつもそれが適わないことを知っていた。
 やがて、雪の女王が現れる。
「娘よ。どこへ行くつもりかえ」
「あたしはお外を見に行きたいだけなの。お願い、お母様」
「その男に騙されたんだね、かわいそうに」
「騙してなんかいない」
 魔導士は雪王女をかばうようにしてそう言った。
「取り引きをしないかえ」
「取り引き?」
「そう。娘を置いていくのなら、そなたは無事に逃がしてしんぜよう」
 魔導士は激しく心を揺すぶられた。今一度、外へ行って見たかった。
「断る」
 しかしその答えに迷いはない。
「ならば死んでもよいのかえ」
 魔導士の足が凍り付いた。
「構わない」
 以前より青白くなってきていた顔がより一層青ざめる。体内の一部が凍り始めたのだ。
「このままじわじわと何日もの間苦しむことになってもか」
「やめて!お母様、あたしならちゃんとお城に帰るから…」
 言葉の後半は雪王女が泣きじゃくっているため聞き取れない。
「駄目じゃ、この男が首を縦に振らぬ限りはな」
「……い…やだ…」
 女王は突然魔導士をいたぶるのをやめた。手を突いて激しく喘ぐ魔導士。
「…大丈夫?…ごめんね…」
 そっと背中をさする雪王女。
「ならば行くといい。フォーリシアを連れて」
 そう言った女王の顔はなんとも複雑な表情に満ちていた。悲しみのような、喜びのような、哀れみのような…
「レインよ。そなたはフォーリシアを愛しているか」
「愛している。何よりも」
「フォーリシア、レインを愛しているか」
「はい」
「ならばよい」
 雪王女はそっと頷いた。魔導士は少しの間、女王の顔をうかがっていたが再び口をを開いた。
「行こうか」
「…うん…」
 そう答える雪王女の表情は何か苦しそうだ。
「どうしたの?」
「苦しいの…」
「どこが…」
 座り込んだ雪王女を魔導士がそっと抱きかかえる。
「…なんだか…体の奥が燃えるように熱いの…」
「しっかりするんだ、今なんとかするから。女王!」
 女王の方を向こうとする雪王女が囁いた。
「…レイン…」
「なに?」
「あいしてる」
 言葉と共に雪王女の体が雪の中に溶け込むようにして消えた。
「……フォーリシア?」
「いったか」
 魔導士は女王に向き直った。
「何をしたんだ!」
「わらわは何もしておらぬ」
「なら何故!」
 女王に詰め寄る魔導士。
「話してしんぜよう。わらわの一族は成長を迎えるにあたって一つの儀式を通過せねばならぬ」
「儀式だと?」
 魔導士は実力差も忘れて声を荒げた。
「恋をせねばならぬ」
 魔導士は虚を突かれたように押し黙った。
「わらわのときも母上がそうした。わらわとその男は落ちるべくして恋に落ちた。じゃが、その男は命を助けてやるからわらわを置いて行けと言ったら即座に頷きおった。その瞬間からわらわは次代の女王として生まれ変わったのじゃ」
 女王は虚空を見つめるようにして立っていた。
「…で…」
「じゃが、もしその恋が成就したときは、わらわの一族はその愛によって溶けてしまうのじゃ」
「フォーリシアはそのことを?」
「知っていては意味がなかろう?」
「そんな…そんな…」
 少年は雪王女のいた辺りに座り込んだ。
「約束じゃ、行くといい」
 女王の姿がかき消すようになくなった。吹雪は完全に収まっている。今なら外界に帰るのは簡単だろう。
「…フォーリシア…」
 …しかし…それは…

 雪がただ静かに降っていた。…いつまでも…

おしまい



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