「はかない一瞬の中で」
著作者:

    神様は本当に居るのだろうか。


        居るのなら、何故出てこないのだろう。


      何故、助けてはくれないのだろう。


 毎日、同じ様に風が吹く。
 毎日、同じ様に時間が流れる。
 同じ様に…同じ様に…繰り返す。
 朝の日差しの中で、木々がゆれる。鳥のさえずりさえも、とうに聞き飽きている。
そんな毎日にもううんざりしていた。
 朝食のトーストが焼けた香りが部屋を満たしていく。
 ぼーっと窓の外を眺めていた私を正気に戻してくれる。リビングに戻り、焼きたてのトーストを口に運ぶ。


 私には、家族がいない。過去も無い。世に言う「記憶喪失」「天涯孤独」と言う奴だ。
 私には、何故家族がいないんだろう…。
 私には、何故記憶がないんだろう…。
 そんなこと考えたこと無かった。独りになれていたから。いつも独りだと思っていたから。

 アパートを出て、100m先のコンビニの角を右へ、正面の大道りを渡り、左を向いて歩く、そこからしばらく直線。歩道の脇には、イチョウの木が一定の間隔を空け植え込まれている。
 通いなれたその道、行き先は、大学。
 今日も何も変わらない、私は、ここを歩いている。


 小さいころは施設で育った。高校まで面倒を見てもらって、施設を出た。やはり独りだ、小さいころからずっと、独り。

 何も考えず、ただひたすら歩く。
 毎日同じ…だと思っていた。
 何かが気になり、反対側の歩道に視線を送った。
 見られている。
 誰?見たことの無い男の人。でも、こっちを見てにっこり微笑んでいる。
「どこかで会ったことある人かな?」と思い、取りあえず、微笑み返す。
 そして、再び、大学への道のりを歩き出した。


 やはり気になった、さっきの人。
 いくら考えてもわからない。もしかして、ただの私のファン?…それはそれでこわいかも…。

 色々考えているうちに、全ての授業が終っていた。
 朝のことが気になり、授業の内容はさっぱりだったけど、結構充実していた。

 夕焼けが背中に迫る時刻。
 朝来た道を逆に向かって歩く。
 帰りも、やはりいつもと同じ、何も無い。
 だが、行き交う人々にあの人物の影を探していた。もう、そこに居るか居ないかわからないのに、何故か私は感じていた。「居る」と。
 でも、朝居た場所には居なかった。いつのまにかアパートの前、ふうっとため息をつき、部屋に入ろうと階段を上ろうとしたとき、また、感じた。あの視線…。
 その視線の方へ振り返る。
 居た。
 あの男の人だ、やはり見覚えが無かった。
「こんばんは。」
 何を思ったか、気がついたら彼に声をかけていた。
「こんばんは。」
 あの微笑で、彼は返事を返した。

 今、私はとてつもなく後悔している。部屋に戻ってきたのだが、何故か彼がここにいる…。初めて会った男性を部屋に上げるなんて…、自分の神経を疑う。
「えっと、コーヒーで良いかな?」
 ソファに座り、じっとこっちを見ている彼に問い掛けた。
「お構いなく。」
 さらっと返事を返し、またあの微笑。
「あぁ、私ね、この部屋に、まだ誰も居れたこと無かったんだ。だから、なんか、ちょっと、緊張してるかも。」
 そう言った私は、あせっていた。
 彼が、微笑んだまま私を見ているせいだろうか。
 それとも、本当に初めてのお客さんに戸惑っているのだろうか。
 彼は、何も答えなかった。ただ、ただ、私を見つめている。
「あの…、私の顔に何かついてる?」
 思いきって聞いてみた。でも、やはり彼は首を左右に振るのみ、何も答えてくれない。
 温まったカップを持ち、彼の元へと向かう。
「どうぞ、私好みに合わせてあるから、ちょっと苦いかも。」
「ありがとう。」
 やっと一言喋ってくれた。それがちょっと、うれしかったりする。
「ねぇ、この辺に住んでるの?朝も会ったよね、何してたの?私のこと知ってるの?どこかで会ったっけ?」
 ふと気付くと、柄にもなくうかれて質問攻めにしていた。
「あ、ごめんなさい。質問攻めだったね…。私は「かなえ」夢を叶えるの「叶」。でも名前負けしてるでしょ?こんな私じゃあ、誰の夢も願いも叶えられない、自分の夢ですら…。」
 彼は再び首を左右に振り、微笑む。
「叶は、これからだよ。」
 たった一言そういわれただけなのに、不思議と安心できた。


 どのくらいの時間がたったのだろう。時計の針はもう夜の十二時を指していた。
 私は、初めてあったこの人に、自分の生い立ちなんか話していた。その間も彼は、その優しい微笑のまま、黙って私を見つめていた。
「もうこんな時間。ごめんね、すっかり話しこんじゃって。お腹すいてない?何か作るから食べていく?」
 彼は黙ったまま、うなずいた。


 料理の時間は、さほどかからなかった。
 メニューは、パスタとサラダ。
「ご、ごめんね。こんな物しかなくて。」
 少し恥ずかしげに、もくもくと食べている彼に、声かけた。
「ううん、おいしいよ。」
 お世辞でもうれしかった。そんな彼に心の中のもつれた糸がほどけていくかのように、、私はまた話し出した。
「私ね、こうして夕食を誰かするのは本当に久しぶりなの。ずっと独りだったから。多分、これからも…。」
 その私の言葉に彼は手を止めた。
「…、寂しくないの?」
 切なそうな声で彼は、私に初めての質問をした。
「うーん、寂しいっていう感情がわからないんだ。小さいことからずっとこんなんだったし。施設の前はどこにいたとか、父親とか、母親の温もりもわかんないし。だから、大丈夫。」
 にっこり笑って見せた。
 彼は、悲しそうな微笑を返した。
「な、なんだか、変な話しちゃったね。さっきの事は聞き流してくれていいから。さ、食べよ、食べよ。」
 わざとへらへら笑った。彼は、まだパスタの残っているお皿にフォークを置き、私の手を両手で包み込んだ。
 さっきまでとは違う、真剣な顔。まっすぐ私を見つめる澄んだ瞳。
「え?」
 無償に恥ずかしくなった。まるで、今まさに彼の前で裸にさせられているような…。自分の顔が赤くなっていくのがわかる。
「違う…。叶は、ずっと助けを求めていた。自分自信でも気がつかないうちに。」
 いったい何を言い出すのだ、この人は。
 でも彼の声は、まるで一切の汚れを知らない、とても澄んだ水のようだった。今までは、喋っても一言、二言ったから気がつかなかった。
 彼は、こんな声で話すんだ。
「怖がらないで。過去に目を背けちゃいけない。」
 私には、彼が言っていることの意味がわからなかった。でも、体が、勝手に反応してる。私の意思とは関係なく、勝手に涙がこぼれた。
「あれ、私…、泣いてる?」
 彼は、席を立った。私の隣にくると、その場に膝をついた。そして、そっと彼の腕が私の体を包み込む。
「叶の体は、わかっていたんだ。」
 優しい声、暖かい腕、不思議な感情が芽生えていく。すごく、懐かしい。心に染み渡ってくるよう。
「さぁ、その心の奥にしまいこんだままの記憶を解き放つんだ。」
 その言葉の直後に、体全身が「ドックンッ」と大きく波打つ。色々なことが頭をよぎる。目を閉じるとまるで、ビデオの再生を見ているかのように、映像が流れる。


 いつもより目線が違う。これは、子供の目線。私はいつのまにか、子供になっていた。両隣に誰か居た。私よりはるかに大きい人たち。
 誰…?私はゆっくり見上げた。
 そこには、優しく微笑む二つの顔。
「お父さん…、お母さん…?」
 一瞬で正気に戻った。気がつけば私は大泣きしていた。
「思い出した…。全部っ。」
 泣きながらも、必死に彼に話した。
「私の親は…、小さい頃、事故で…。」
 私をかばって…、亡くなっている。
 彼の手が、優しく頭を撫でてくれた。
「叶は、記憶を失っていたんじゃない。自分自身で封じ込めていたんだ。親を亡くした悲しみ、苦しみを認めたくなくて、逃げた。でも、その頃からずっと、助けを求めている。自分自身でも知らず知らずのうちに…。叶、辛くても逃げちゃいけない。過去から目を背けては、回りの小さな幸せすら感じられないよ。」
 彼の手は、泣き崩れている私に、とても優しかった。以前、この手に会ったことあるような気がする。
「毎日、同じ日なんてないんだ。今日は今日しかない…。今は、今しかないんだ。そのはかない一瞬を大切にしてあげなきゃ。昨日吹いた風は、今日とは別のものだよ…。」
 体から、何かがはがれていくような感じがした。それは、いままで私がこもってきた、殻。今、パラパラと音を立てて落ちていく気がした。
 彼を見つめると、自然と口が開いた。
「あなたは…、誰?」
 彼はゆっくり立ち上がり、私の方を向き、はっきりとした口調でこう告げた。
「叶が助けを求めたから、僕はここに来た。僕は、叶が助けを求めつづけていた人物だよ。」

 私が助けを求めた人物…、それは、


    神様


 私は、改めて彼を見上げた。だが…もうそこには彼の姿は無かった。


 私は、その日を境に人が変わった。回りの友達は、始め戸惑っていたけど、すぐに受け入れてくれた。
 今の私は、独りじゃない。父親、母親はいないけど、私には沢山の友達がいる。

 新しい人生のスタートを向かえた。
 こんな日が来るとは夢にも思ってなかった。
 ありがとう、お父さん、お母さん。あなた達が居なければ、私もこの世に居なかった。
 そして…助けてくれて、ありがとう…、優しい微笑をくれた私の…、神様。


「今日も良い風だぁ!」

おわり♪




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