「映画館」
著作者:古川 浩樹



 私の住む街にはたった一つの映画館しかない。駅を出て南口の階段を下りると左手にバスのターミナルがあり、右手にはタクシー乗り場と一般乗用車の降車場があり、目の前には片道三車線の大通りが延々とどこまでも続いている。大通りの両側には新旧のデパートがひしめき合うように林立していて、私は朝出社する時や晩に帰宅する時には、あまりの人の多さに必ず誰かの足のかかとを踏んだり、肩をぶつけられたりして辟易しているのだが、それも駅から十分も歩けば次第に人通りは少なくなってゆき、私の住むアパートの前に近づくにつれ、街頭がぽつぽつと時折思いついたように光を作り出す程度の、静かな住宅街へといつのまにか変貌してゆく。その映画館はちょうど人通りが少なくなり始める辺りに存在する。両隣を若者向けのデパートと、ニ十分三百円の有料駐車場に挟まれるようにして映画館があるのだが、この映画館は実に奇妙な映画館なのだ。建物はマンションに換算すると四階建てくらいの高さで、一辺の幅は五十メートルくらいといったところだろうか、入り口は自動ドアが両端に一つずつと真中に一つの計三つで、正面の一階は中が見えるガラス張りになっている。そのガラス張りの中には上に上がっていく階段が一つ、中央に見えるのだが、建物自体は他に窓は一つもついていない。この点はとりたてて変わった趣向でもないのだが、奇妙なのはこのクリーム色の外壁のどこにも、今上映している映画の看板がないということだ。それだけではない。どの映画館にも宝くじ売り場のような入場券の売り場があるのに、それすらもないのだ。つまり、この建物の外見上はどこにも、ここが映画館であることを示す手がかりは全く示されていないのである。ガラス張りの入り口と上階に続く階段、それがこの建物を外から一見した時の全てなのだ。
 この建物の中に消えてゆく客層は実に様々である。若い男女や一人で入っていく会社帰りのOL、会社員、親子連れ、老人、友人何人かとひっきりなしに喋りながら入ってゆく女の子のグループ、とありとあらゆる年代の人が一人で、或いは複数でこの映画館に足を踏み入れるのだ。つまり、いかがわしいポルノ映画やとびっきりアーティスティックなマイナー映画ではない、ということになるのだろう。それにしても、客はどうやってここが映画館であるということを見分けるのだろうか?実際に、映画館であることを何も案内していないこの建物に、客は足を緩めたり止めたりすることもなく入ってゆくのだ。他の一般的な映画館ならば、一度建物の前に足を止めたり緩めたりしながら、看板を見て自分が観たい映画であるかどうかを確認しながら入っていくものだが、元々この建物には看板がないという理由があるにしても、ここが映画館である手がかりを建物の外見には全く求めずに、自動ドアを抜けて階段を上がっていくのである。何かしらの地図や情報誌で場所を確認するひとすらいないというのは一体どういうことなのだろう?もちろん、どんな地図や情報誌にも、私の知る限りではこの映画館は掲載されてはいないのだが。
 つまりこの映画館の前を通る人々は二通りに大別される。映画館に入る人と入らずに通り過ぎるパターンだ。これは他の映画館でも当然の現象なのだが、先にも述べた通り、この映画館に入ってゆく人は迷わず中に入ってゆくし、通り過ぎる人はこの何も案内されている建物に一体何があるのかということには全く興味を示さないどころか、ここに建物が存在しないかのようにあっさりと素通りしてしまうのである。
 さて、私の場合について話してみることにしよう。私はどのような手段でここが映画館であることがわかったのであろうか?私がこの街に住むようになってもう四年になるが、実はここに映画館があるということにはつい最近まで全く気がつかなかった。それどころか、ここに建物があるということすら、記憶にないのである。毎日四年間、出勤する時と帰宅するときにこの映画館の前の道を歩いているのにも関わらず、だ。つまり私も今までは素通りしていた人々の中の一人だったのだ。ところがある日曜日、私に転機が訪れた。私は一人で都内に買い物にでも行こうかと思って、ぶらぶら家から駅の方に歩いているうちに、そういえばここしばらく映画を観ていないことに思い当たった。今日は特に必要な買い物をしなくてはならないという訳でもなかったので、久しぶりに映画でも見ようかと気が変わったその時に、ちょうど例の建物の前でふと足を止めたのだった。私は全く何の疑問も持たず、そのまま引き込まれるように建物の中に入って行った、というのが最初のきっかけなのである。その時、私がどんな映画を観たのかは記憶にない。いや、そもそもそれが果たして映画なのか、というのが正直な感想だ。建物の入り口を入って二階にまっすぐ続く階段を上りきると、どこの映画館でもよく見られる、防音式の分厚い壁が目の前に広がっていて、この壁に沿って右手の方に歩いて行くと、客席の最前列の扉が左手に、男子トイレが右手に見えてくる。逆にこの壁に沿って左手の方に歩いていくと同じように、最前列の客席に座れる扉が右手に、女子トイレの扉が左手に見えるといった按配なのだが、このここに至っても映画館に必要不可欠なチケット売り場は無い。建物の外にもなく、ここに上がってくる階段の途中にも見当たらず、かといってこの外周にも、そしてこれらの分厚い扉を入った場内の何処にも見当たらないのだ。つまりこの映画館は全くの無料ということになるわけだ。慈善経営か或いは、金持ちの個人的な趣味によって経営されているのか、全くの謎である。いや、そもそもここが誰か人の手によって経営されているのか、といった疑問すら湧いてくる。何故ならここにはチケット売り場はもちろん、スナック類を販売している店、トイレや館内を掃除して回っている清掃人、といった関係者らしき人物が一人として見当たらないからである。見渡す限り、観客ばかりなのだ。でもだからといって、館内が不潔であるわけではない。確かに、長い年月経ている建物だけあって、壁のいたるところに小さな亀裂や、客席に深く腰かけるとスプリングがギィギィと音を立てるが、客席の下に食べかけの菓子がちらばっていたり、空き缶が転がっていたり、ごみ箱が一杯で溢れているということもなく、トイレのタイルも清潔に保たれているのだった。
 さて、重く分厚い扉を押し開けて中に入ると、そこには先に述べた、様々な年代の人々が七〜八割の客席を埋めて、スクリーンに見入っている。私も空いている席を見つけて腰を下ろし、まだ何も映し出されていない白いスクリーンをぼんやりと眺めながら、何度も足を組替えて映画が始まるのを待っている。ところが、三十分、一時間と過ぎてもスクリーンは白いままで何も始まらないのである。私が客席に腰を下ろしてから十分経った頃に、映画の始まりを告げるベルの音が館内に響き渡って場内の照明がすっかり消えて真っ暗になり、スクリーンを覆っていた赤い垂れ幕がするすると両端に引っ張られていってから一時間経っても、相変わらずスクリーンは白々としたままなのである。しかしながら場内を埋め尽くしている客席からは何の不満も上がらないし、ざわめきすら全く聞こえてはこない。それどころか、観客は皆熱心に何も映し出されていないスクリーンを食い入るように見つめ、時には笑い声を立てたり、ハンカチでそっと目を押さえている女性客すらいるのだ。しかもそれらの反応はてんでバラバラで、ゲラゲラと腹を抱えて笑い転げているカップルの男と同じ時に、横で感動のあまりからなのか、涙をそっと拭っている女がいるといった具合だ。これは一体どういうことなのだろうか?一つ言えるのは、私以外の客には明らかに、何かが見えているということであり、私には何も見えていないということである。彼らは3Dが見えるような特殊な装置などつけてはいないのに、白いスクリーンを思い思いの反応を示しながら、眺めているのである。そしてさらに小一時間も経つと、おもむろにスクリーンの幕が下り始め、客は三々五々に席を立ち始めるのだが、結局私の目には何一つ映ってはいなかった、と思う。他の人々にはちゃんと見えているのに、私の目には全く見えていないという事に対して、私の方がおかしいのではないかという不安にかられながらも、私は席を立ち上がり出口へと向かって行った。
 私は次の日曜日、私の付き合っている恋人と一緒に再びその映画館を訪れることにした。或いは二人で一緒に観ることで、私にも何か変化が現れることを期待したのだ。
「今日も暑いわね」と彼女は額にうっすらとにじみ出た汗を、手の甲で拭いながら言った。「まだ湿気がないからいいけど」
「喫茶店にでも寄って行こうか?」と私は言った。
「時間は?」
「いや、全然大丈夫だよ」と答えたものの、私は映画が何時から始まるのか全く知らないでいた。もちろん、映画館には上映時間など案内されていないし、聞けそうな従業員もおらず、どの情報誌にもその映画館の場所は掲載されていないので、知る手段など一つもないのだが。
「じゃ、行きましょうよ。喉渇いて」
 私達はとりあえず喫茶店へと向かって、一休みすることにした。喫茶店では、私達はいつも会っている時のような何の変哲もない話に終始した。新作のブランドの服や、盆休みに私達が予定している、海外旅行についてなどで、私は例の映画館については一切触れなかった。彼女に先入観を持たせずに、彼女がどういう反応を示すか試してみたかったからである。途中彼女は、
「何て映画なの?」
 と聞いてきたが、私は、
「タイトルは忘れたけど、最近上映している映画みたいだよ」
 とごまかしておいた。
 私達は喫茶店で三十分程くつろいでから今日のメインである、映画館へと向かった。映画館に向かう途中でも、私は映画のことについては一切触れない話題を選択しながら、ぶらぶらと散歩気分を演出していた。そして映画館の前まで来ると、私は何気ないふりをしながら、
「ここだよ」
 と言いつつ、そのまますっと往来の人混みを離れて建物の中に入った。その時の彼女の様子は、私が「ここだよ」と言った時点で、ちらっと建物の上方を眺めたが、特に何の感想も持たなかったようだ。或いは、この建物の何階かに映画館のあるフロアーがあるから、外に何の看板が出ていなくても不審に思わなかったのかもしれない。ところが彼女は、階段を上がって入場券も買わずに扉を開けて中に入り席に腰かけても、何の口にはせずに普段と変わるところが全くなかった。映画はまだ始まっていないようで場内は明るく、スクリーンにはまだ垂れ幕が下りたままだった。私達はそのまましばらく話をしながら映画を待っていたが、彼女の様子は他の映画館で映画を観る時と同じだった。やがて場内にブザーが響き渡り、照明が消えてスクリーンを覆っている赤い垂れ幕がスルスルと両端に退いた。私は椅子にきちんと背筋をピンと伸ばして座り直し、何か見えることを期待しながらスクリーンを凝視した。が、結局前回と同じように、映画が終わったと思われる九十分程の間、ずっとスクリーンは白いままで、何も観ることはできなかった。周囲の観客も前回と同様に、笑ったり鼻をすすったり、突然悲鳴を上げてびっくりしたりと、多様な反応を示していた。彼女はというと、私の方はスクリーンが白いままだったのでちらちらと彼女の様子を見ていたのだが、特に何の反応も示さなかった。が、じっとスクリーンを食い入るように熱心に見ていたので、恐らく何かが見えていたのだろう。付き合い始めてもう三年近くになるが、それほどまでに真剣に集中している彼女を見るのは初めてだったようなきがした。
「どうだった?」
「うん・・・」と彼女は珍しく言葉に詰まった。そういえば、映画が終わってから全く口も開かずに考え込んでいるようだったことに私は思い当たった。映画の内容が影響していることは間違いないのだが、なにぶん私自身が映画を観た訳ではないので、私の方からは具体的な話は切り出せないので、とりあえず彼女が考え込んでいる様子からこう聞いてみることにした。
「ちょっと難しかったかな?」
「そうね・・・」と彼女は未だ話す言葉の整理がついていない風だったが、程なく意を決したように喋り始めた。
「難しいという訳じゃなかったのよ。一つ一つの断片は理解できるんだけど、一番最後でそれらの断片で展開されていた物語が一つにまとまったんだけど、その最後の場面がちょっと早くまくしたてられるような感じで、私の理解が追いつかなかったの。だからニ、三回観れば完全に理解できるんでしょうけどね」
「ふーん」と私は答えつつも、最も聞きたい映画の内容について彼女が喋ろうとしないことに対して、苛立ち始めていた。ストレートに聞くべきなのかもうちょっとまわりくどく聞くべきなのか、ストレートに聞いたとしたら、何故私が映画のストーリーを聞くのか弁解しなければならないし、その事に対して彼女が変な誤解を持つんじゃないかと、それだけが私の不安の種だった。しかし、私の映画の内容について知りたいという思いは、そんな私の不安をはるかに凌駕しているものだったため、とうとう私は彼女に聞いてしまうことにした。
「どんな内容だった?」
「うん・・・」と彼女はまたもや考えるかのように地面の一点を見つめながらそう呟いて、歩き続けた。明らかに彼女は何と答えてよいものか迷ってはいるものの、説明できない内容のものではないように私には思えた。今の状況は私と彼女にとって、付き合い始めてから初めて重苦しい雰囲気に包まれていて、彼女としても慎重に言葉を選ばないと、今までの二人の関係性が壊れかねない危機的な状況に、私が映画の内容について質問するという、一見何の変哲もないやりとりによって、引き起こされてしまったのだった。このような状況にはじめて遭遇する私は、ただ彼女が口を開くのを待つ他に手段を知らなかった。彼女は左手で前髪をかき上げた手をそのまま止めて、左の額を私の方に見せながら尚も言葉を捜し求めていたが、その手を下ろすと私の方を見ながらこう言い始めた。
「登場人物や背景、ストーリーといった細かい事はあまり関係ないと思うのよ。私が話したところであなたがうまく理解できるかどうかは疑問だし、それにあの映画のことをよくわかっているのは他でもない、あなただから私が話す必要もないだろうし」
「僕がよくわかってるって?でも僕は・・」と私はびっくりして口を挟もうとしたが、彼女は私の言葉を諌めるようにさえぎった。
「わかってるわ。あなたにあの映画は全く見えなかった。そうでしょう?だってあの映画はあなたの無意識が作り出した映像なんですもの。無意識ってことは本人には意識されないってことでしょう?だからあなた自身にあの映像が見えないのは当然のことなのよ。それはあなたの本質でもあるの。だから無意識ではあっても、あなたにとっては当然の事でもあるわけ。あなた自身だけが感じることのできる無意識を、第三者である私が説明なんてできっこないわ。ただ、私なりの理解をするしかないのね。それはそれでひどくもどかしくもあるんだけど」
 私は呆気にとられて彼女の話を聞いていた。彼女が一体、何を言っているのか私には全く理解できないのだ。彼女はあの映画が私の無意識を映像化しているのだと言うが、そんな事が現実に起きる訳がない。かといって、彼女は冗談を言っているわけでも、嘘をついているわけでもなさそうだった。第一そんな嘘を言っても私に不信感を与えるだけで、彼女にとっては何のメリットもないからだ。しかし、彼女は自分が変に思われるかもしれないという覚悟をもって、私に話してくれているのは事実で、私はそんな彼女に何らかの真剣な反応を示さなければならなかった。でも一つ問題なのはやはり、私があの映画館では何も観ていないというただ一点にあった。私は考えた挙句の上、自分の正直な感想を述べる以外にはない、と思ってこう答えた。
「悪いけど僕には君が何を言っているのかわからない。君の言う通り、僕にはずっとスクリーンは白いままで何の映画を上映しているのかわからなかった。でも君は確かに映画を観たというけれど、その映画が何故、僕の無意識だとわかるんだ?僕の無意識の映像を流していたと仮定して、何故公共の場で僕の無意識を上映する必要があったのだろう?いや、そもそもあの訳のわからない映画館は一体何の為に建てられたのだろう?僕にはわからないことだらけなんだ」
「何故あの映画があなたの無意識だってわかったのかは」と彼女は私の疑問にすぐさま答え始めた。「私にもわからないの。ただなんとなく、としか言いようがないわ。私がそう思ったまでのことで、他の人が観れば違う答えが返ってくるかもしれないしね。何故あなたの無意識を上映する必要があったのかは、あの映画館そのものがあなたの為に建てられた映画館だからよ。だから必要性の問題じゃないの。それは必然なのよ。あの建物に看板がなかったのも、入場券売り場がなかったのも、係員がいなかったのも、そして周囲の観客達も、あなたがあの映画館に望んでいたものなのよ。もちろん、あなたの無意識を上映していたのも、あなたが望んでいたからなのよ。だから、あなたが望めばあの映画館はいつでも開いてるし、入ることもできる。様々な反応を示す観客もそこにいるし、あなたが映像を観ることができる時も、場合によってはあるかもしれない」
 彼女はそう言ったきり黙った。私達はいつしか公園の池のほとりをゆっくりと歩きながら、そんなやりとりをしていた。池の水面は波一つなく穏やかで、まだ落ちきっていない夕日が一面をオレンジ色に染めていた。数羽のガチョウが自分達のおもむくままに、首を垂れてゆらゆらと揺れていた。木陰でいち早く夜が訪れた池のほとりのベンチには、数組の男女が寄り添っているのが見えた。私達はそんな夕暮れ時の公園の中を尚も、しばらく二人とも黙ったままで歩いていたが、彼女は腕を絡めてきて最後にこう言った。
「でも私はここにこうしてあなたの為にいる。映画が終わっても、観客が帰ってしまってもずっと」
 そう言って彼女は夕闇の中で微笑んだ。私は今日は、この微笑と肌の温もりだけに集中しよう、と心に決めて公園を後にした。


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