「ダイレクトメール」
何を今更、と自分のことながら呆れて笑ってしまう。
だってもう1年も経つ。
時間の流れは、絶対的なものだと思っていた。
何よりも、解決を手助けしてくれるのは時間のはずだった。
それなのに、このザマはなんだろう。
情けなくなる。
私はまだぜんぜん忘れていない。
何で今更、こんなにも胸を締めつけられなけばいけないんだろう。
この期におよんで、私はまだ彼が好きだとでもいうんだろうか。
* * * * * * * * * * *
それは何の前触れもなしに舞い込んだ。
化粧品会社からの広告や、クレジットの請求書なんかと一緒に、まるで悪気のない涼しい顔で紛れ込んでいた。
あの人、が席を置くバンドのライヴの案内状。
途端に、一瞬で心臓を掴みあげられた。
その文字が目に入った瞬間に、私の頭の中には文字が存在しなくなった。
ただ、いろんな思い出が何の脈絡もなく現れては消え、そしてそれは何の意味も持ちはしなかった。
あの人、とは、以前の私の恋人だ。
とても愛していたし愛されていたけれど、それでも終わりはやってきた。
泣き明かした夜もあるけれど、そう毎日もやっていられない。
やがて私は彼を想って泣かなくなった。
いくら悲しくても、この世の終わりが来るのとは違う。
そして私は彼が現れる以前と同じように、ただ彼が抜けただけの生活を送ってきた。
…送っていた、はずだったのに。
ぶち壊された。
見ないようにしてきたことに、気がついてしまった。
いつも、そういつも彼を想っていた。
誰かと比較する時。
手持ちぶさたな一人の電車の中。
お気に入りだった曲を耳にする度。
何の理由も口実もない時でさえも。
私はいつも想い出を引っ張り出していた。
だけどそれは想い出だったのだろうか。
もう過去のものになっていたのなら、どうして今、こんなにも胸が苦しいのか。
どうして、単なる懐かしさだけを伴って会いたいとでも思うことができないのか。
こんなの、恋をしていた時の気持ちとちっとも変わっていない。
いったいこの1年間、私は何をしてきたのだろう。
責められるべきは私だけじゃない。
いったいこの1年間、癒してくれるはずの時間は何をしてきたのだろう。
何も変わっていないじゃない。
今更、切ない恋愛などしたくはない。
どうして忘れさせて、せめて薄れさせてくれないんだろう。
あれから、ずっとガラス玉の中に詰めた想い出を眺めてきた。
ガラスで蓋をして、綺麗に見えるように。
それを中途半端に手助けしたのは時間のはずだ。
なのに、壊れてしまう。
弾けて、あふれ出てしまう。
何もかも。
傷ついて流した涙も、恥ずかしいほど憎んだことも、何もかも全部一緒に。
もう一度私は誰かに向って訴える。
今更、私は切ない想いなどしたくはないのだ。
最近、何のときめきもない平穏な毎日にうんざりしていたことを後悔する。
贅沢はもう言わないから、お願い、取り消して、そう神様に謝ってすむのならそうしたかった。
こんなぬるま湯に浸かっている生活でも、守りたいと初めて思った。
お願い、私を放っておいて。
* * * * * * * * * * *
その日からライヴまでの期限は一週間あった。
以前のように泣き明かしはしなかったけれど、なんとなく、少しだけ寝つけない夜を重ねて、その日は近づいてくる。
一瞬取り乱した動揺は、静まっていった。
結局、私はそのライヴハウスを訪ねていた。
1年前、足繁く通っていたライヴハウス。
それから全く足を踏み入れていなかったライヴハウス。
私は、一番後ろの壁に背を凭れて、いやに冷静な目で彼を見る。
ウッドベースを弾く彼を、見ている。
あの頃と同じ、彼は私に気づくことはないだろう。
でも多分、これでいいのかもしれない。
気持ちの整理も区切りもついてはいないけれど、それでいいことにしておく。
もう、放っておくことにする。
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