「異端―吸血鬼事件― Chapter1 朝の後/一日目」
著作者:依夢


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 結局ぼくらは公園へは行かず、ユウナのマンションへ戻ることにした。
 今公園へ行ったところで混乱に巻き込まれるだけで、何も得るものはない、と考えてのことだった。
 公園の様子は気になったが、今は人が多すぎるし、ぼくらでは何をどうした所で、何ともなりはしないだろう。その辺は警察か、それが無理ならフジヤが何とかするだろう。警察はそれが仕事だし、フジヤの《クレスト》にしてもそれは同じこと。街のロドレンたちが嵌めを外しすぎないように統制する。そのための《クレスト》だ。フジヤには詳しい情報が判り次第知らせてくれるように依頼した。
 帰る途中で走ってくるユウナたちに会った。彼女たちは当然詳しい情報を知りたがり公園へ向かおうとしたが、ぼくらは何とか説得して引きずるように連れて帰って来た。
 マンションの部屋に入ると、部屋の状況はぼくらが出てきた時とほとんど変わっていないように見えた。
 曰く、散乱するビールの空き缶、缶チューハイ、焼酎、ワインのボトル、スナック菓子、つまみ類の空き袋。
「……お前ら、何やってたのさ?」
「んー? 朝ごはんの食器洗ってたのよ?」
 平然とチコ。
 台所の方へ、視線を向ける。なるほど。本当だ。食器だけは綺麗に片付いている。しかし、それだけにしては少し時間がかかり過ぎてないか?
「乙女には秘密の時間が多いのよ」
 とユウナ。
 ああ、そうですか。ぼくにはよく判らない。
 秘密――にしてることくらい、一つや二つ、それなりにあるけれども、秘密に時間とられることなんて、今のぼくにはないし。
「しかし、改めてみると、本当によく食ったな」
 嘆息するハクに引きずられるようにぼくはぼんやりと眺める。食べ物はともかく、飲んだ量はとても五人分とは思えない。いつこんなに飲んだのだろう? 昨夜に決まってる。微妙に記憶はないけども。
「――つーか、ワインなんて飲んだ記憶がないんだけど」
「ええー? キョウちゃん覚えてないの?」
「何を?」
「昨夜、キョウちゃんがわたしに無理やりワインを飲ませて、酔っ払って動けなくなったわたしを……」
「いや、もう冗談はいいからさ」
「……ちぇーっ」
 全然、テンション変わってないし。ユウナは。

 ――人が死んだというのに。

 友達が死んだというのに?
 拗ねたようにふて腐れるユウナを見ていると、なんだか、夢の続きのようで――夢なんて見なかったけれども――二日酔いの続きのようで。
「……なんか、実感ないね」
 ぼんやりとつぶやいたチコの言葉は、たぶんその場にいるぼくらに共通した感情だった。
 本当に死んだのか?
 ぼくらは死体を見ていないし。ぼくらは現場を見ていないし。ただ、集まっている人と、警察のパトカーを見ただけ。
 本当に死んでいたのか?
 本当のパトカーだったのか?
 別の理由で集まっていた可能性は?
 ぼくらはフジヤの証言を聞いただけ。
 フジヤたちの狂言でないと言う理由はあるのか?
 そう考えると、ぼくらを見つけるなり質問にも応えずフジヤを呼びに行ったあの少年の行動は、ひどく怪しげな、伏線のように思えてくる。
 いや、そんな馬鹿な話はない。フジヤにはそんな手の込んだ悪戯を仕掛ける理由がない。
 ――理由がない?
 なぜそんなことがわかる?
 他人のことなのに。
 所詮は、他人のことにすぎないのに。
 行為の理由は、絶対的な理由は、その行為者以外には知りえないものなのだし。
 ぼくら第三者にできることはただ想像だけ。
 想像してしまう。
 まるで仮想現実のように曖昧な境界。
 夢のように、夢であるかのように、現実の情景が像を結ばない。
「真実かどうかであるかは――」
 と、ハクがテレビをつける。
 NHKのニュース番組。ちょうど都合よく、地方ニュースが始まっていた。計ったような、胡散臭さを感じるタイミング。どこか見覚えのあるテレビのアナウンサーは平坦な、落ち着きを払った声でニュースを読み上げていく。それこそ、どこか異世界の、仮想現実の出来事を語るように。
『今朝未明、新天地町郊外の新天地第三公園付近の林の中で、女性の遺体が発見されました』
 けど、ああ、それは間違いない。
 それは確かにぼくらの公園のことで。
『遺体は付近に住む女子高生。寺田志保さん、十七歳と見られていて――』
 確かにぼくらの知るシホのことで。
『昨夜は公園内で若者グループによる集会が開かれており――――多くの人が集まっていましたが、誰も志保さんの殺害現場を目撃したものは――――』
 確かに昨夜の出来事を示したものだった。
 どうあがいても現実は現実でしかなく。仮想現実の入る隙間すらないと、ニュースは伝えているようだった。
 淡々とアナウンサーの声が流れる中、ぼくらは奇妙に沈黙し続けていた。
 現実だろうと、どれほど現実であろうと、現実感がないことだけは、確かな現実で。
 奇妙な不安定感。
 居心地の悪さ。
「……どうして?」
 沈黙に被せるように、チコが声を漏らした。
「誰がシホを殺したの? どうしてシホは死んだの?」
 ぼくは、ハクを見た。
 ハクとフジヤは何かを知っていた。
 ハクと目が合った。
 なぜかドキリと、心臓が高鳴った。
「情報は正しく伝わらないものだ」
「……それは、何が言いたい?」
「別に……」
 ハクにしては曖昧な台詞だった。さすがに少し、動揺しているのかもしれない。だとすると、動揺している自分にきっと気付いているだろう。ハクは、そういうやつだ。
「……正しい情報ほど、早く隠され、都合により改竄されていくという、原理的な問題のことだ。だから、話せない」
「自分で調べろってこと?」
「いや……」
 ハクは首を左右に振った。
「正しいと確信できる情報が手に入るまで、シホのことは少し待ってくれ」
 それでハクが何かシホの死の理由に関して心当たりがあると、チコにもユウナにも伝わったが、彼女たちはわずかに驚いたように顔を上げただけで、特に何も言わなかった。
『――光花市役所では、恒例の――』
 ニュースはもう次の話題に映っていた。
 何かの行事。
 誰かの笑顔。
「喪服、用意しなくちゃ――」
 ユウナがつぶやいた。


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