◇ 一家団欒のひと時を襲った電話での解雇 ! 整形外科医院に「正規職員」(看護助手)として勤務していたAさんは土曜 日の夜、突然、病院長からの電話で解雇を通告された。 理由は「4月から診療報酬が改定され病院経営の悪化が懸念されるため、パート職員に切 りかえるため」とのこと。「経営悪化」が解雇理由でないことはAさんにはすぐ理解できた。 何故なら、昨年末頃より病院長はAさんに挨拶さえ返さない状態が生まれていたからだ。原 因には病院長の妻である事務長のAさんに対する根拠のない嫌悪・悪感情があった。 見かねた同僚のパートさんたちは「患者さんの治療にも差し支えるので個人的な感情を仕 事の場に持ち込まないで欲しい」と、病院長に申し入れてきた。Aさんはパートさんにも患者 さんにも信頼されていたからだが、病院長はAさんが他の職員に「言わせている」と逆恨み し、改善のための話し合いの場さえ持とうとしてこなかったばかりか、解雇を通告してきたの だ。Aさんは強く抗議したが病院長の返答は「もう決まっていたことだから…」の一点張りだ ったという。 ◇ 休みなく尽くしてきたのに電話一本で解雇 ! Aさんは突然の解雇。それも土曜日の夜という一家団欒のひと時を襲った電話での解雇に 愕然となった。 受験期の子ども二人を、低賃金の中一人で養育し、どんなに体調がすぐれなくても一日も 休まず(有給休暇も取らず)、病院のため、患者さんのために身を粉にして働いてきたのに、 この仕打ち!絶対に納得できない…。悔しさと生活不安で眠れない一夜が明け、Aさんは意 を決して院長宅に電話した。電話口に出た事務長には「あなたの行為は絶対に許せない」 と抗議、病院長に「解雇理由を書面で…」と要求した。 翌週の月曜日、Aさんは朝礼で「解雇を通告された」こと、「解雇は納得できない」ことを、 涙をこらえて職員に訴えた。病院長より「解雇予告通知書」を受け取ったAさんは、休暇を 取り、区役所や労政事務所など相談機関を訪れ、相談を重ね、ユニオンに辿り着いた。 ユニオンはすぐさま団交申し入れ書をを郵送した。 ◇ 団交要求に「戻ってもらいますから」の一言 ! ところが、翌日、病院長はまたまた夜間、「戻りたいのなら戻って良い」とAさんに一方的 に「解雇撤回」を電話で通告!その上、「病院内の問題なのに外部に持ち込んだ」とユニオン に相談したことを非難してきた。Aさんは横暴な病院長の電話攻撃に「もう人間的に信頼で きない」と直感し、「ユニオンと話し合ってください」と毅然として対処した。動転した病院長は 「戻ってもらいますからそれで良いでしょう」と今度はユニオンに電話してきた。 ユニオンは、電話での解雇通告、電話での解雇撤回は余りにも非常識であると抗議し交渉 の場を求めた。 ユニオンは不当解雇の撤回とAさんへの謝罪を約束させた上、復職のための条件 整備について延々と病院長を説得した。とりわけ、解雇通告によって被らされた心の傷は 容易に癒やされるものではないこと、解雇の本当の理由が「経営悪化」ではなく、事務長に 問題がある以上、事務長の更迭は職場復帰の条件として譲れない一線であることを強く主 張した。しかし病院長は、事務長に問題があることを認めたものの、「妻である」ことから 「更迭」には難色を示してきた。このためユニオンは、Aさんが病院への期待と信頼を失い、 精神的にも大きなダメージを被っていることを配慮し、Aさんの立ち直りを期すことを第一 に、「和解案」を提示した。病院長はユニオンの誠意をつくした説得に応じ、「和解案」を 承諾した。 ◇ 『足跡』を残したAさんの闘い ! 和解内容は、解雇の撤回、謝罪と償い、勧奨による退職、再就職支援、就業規則の作成・ 届出・周知、雇用契約書の交付等…。特に「就業規則と雇用契約書」は、「あとに残る職員 の仲間たちに役立つ『足跡』を残したい」というAさんの強い希望により申し入れ、確約させ ることが出来た。 「患者さんから"どうしたの?"と聞かれるのが辛い」「私を支えてくれた同僚の方々を"見捨て てしまう"ようで辛い」…。 Aさんは「和解」には安堵し再出発を期しながら、後ろ髪を引かれる思いも募らせている。 病院という、人の生命と健康を守るべき職場での人権侵害、労働基本権の無視を許すこと は出来ない ! Aさんの闘いを無にすることなく、Aさんの闘いを拠り所に、医療現場での労働条件改善を 進めよう ! |