二子山古墳(国指定遺跡)・味美古墳群

住所:春日井市二子町

春日井市内には、かつて90基の古墳があったとされますが、現存するものは34基となっています。
二子山古墳は、前方後円墳で、墳長は94mあり、県下では4番目の大きさがあり、国指定遺跡となっています。

古墳は3世紀後半から7世紀末にかけて造られた、大王や豪族など政治的権力者の墓で、、古墳と同じく墳丘をもつ墓であっても、以前の弥生時代のものは、墳丘墓、8世紀以降は、墳墓として、区分して呼ばれています。

二子山古墳は味美古墳群のなかにあり、近辺には次のような古墳が現存しています。
  
 ・白山神社古墳  前方後円墳   墳長84m   6世紀後半
 ・春日山古墳   前方後円墳   墳長72m   6世紀中〜後半
 ・御旅所古墳   円墳             直径31m   5世紀末〜6世紀初頭

二子山古墳が属する味美古墳群は、現在の名古屋市北区の味鋺地区と春日井市味美地区に所在する古墳群を総称し、5世紀前半から味鋺地区の造墓が始まり、5世紀後半には味美地区へその中心が移動したものといわれています。

尾張国を統合した、南部を本拠とする尾張氏と北部の有力豪族であった味美古墳群が同盟関係にあり、前者は現在の名古屋市熱田区にある断夫山古墳(墳長 151m 県下最大の前方後円墳)、後者は二子山古墳に、その政治的勢力が象徴されているといわれています。

尾張氏はまた、武烈天皇後の後継として、大伴金村らによる継体天皇擁立の動きに協力した近江、河内、越前、美濃等の中でも傑出した存在であったと考えられています。このような外戚関係が古墳規格や、埴輪祭祀にも表されています。
墳丘はほぼ相似形で、墳長比は、10:8:5の近似値になっていることや、埴輪は近接した場所に窯業遺跡が控えるという供給体制にも一定の共通点があります。

 今城塚古墳(継体天皇稜)  墳長 190m
 断夫山古墳           墳長 151m
 二子山古墳           墳長  94m

また二子山公園は、「はにわ館」を有し、「日本の歴史公園100選」にも選出されています。
二子山古墳の上空写真
はにわ館より二子山古墳を望む
二子山公園と、はにわ館
二子山古墳から出土した
馬形埴輪
同、人物埴輪 同、須恵器 同、円筒埴輪
白山神社古墳(古墳の上に神社が築造されている) 御旅所古墳



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