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シェルスタールアー開発と商品化の経緯
今から10以上年も前の話だが、弟といつもの場所へトローリングに出かけた。
場所は日光 中禅寺湖、ここは大型のレーク、ブラウン、ニジマス、本マスなどが釣れる場所として名高い場所であろう。
午前2時に自宅を出て、入れ込んでいた我々には「通常」どおり2尾のレイクトラウトがヒットしたのであった。帰り支度をしていた私に突然、目を疑う事件が起こった。弟が何やら大型魚らしきものを掛け、悪戦苦闘していた。何事かと思い、近づいてみると、信じられないような見事な1メートル近いレークトラウトをヒットさせていた。「何だ、これは!!蛇か?化け物だ!」と驚嘆したことを鮮明に記憶している。計測してみるとなんと、80cmオーバーの大物レークトラウトであった。以後、入れ食い状態であったが原因の判明しないまま、帰途に着いた。
弟が言うには、ルアーは金属やプラスチックを素材にしている。だから奴ら(魚類)は食わない。元々無機質なものを「食事」の対象にしないのは、人間とて同じ。そこで、古い文献を見ていたら、針の上に「ツノ」と呼ばれる、「魚の骨」や「鹿・牛の角」を加工して取り付け、大釣りした結果が載っていた。「これだ!!」と弟は直感し、鮑の貝殻で手製のルアーを作り、試していたのだ。この事件以後、「これはいけるかも」といろいろ試作品を作っては、田子倉ダム湖で試釣りが続いた。
当時、他の釣り客は1日の釣果2〜3尾程度で満足していた。しかし、我々兄弟は毎週クーラー満タンであった。それでも飽き足らず、残雪の中に魚を隠し、再び空となったクーラーを担ぎ、湖の魚に挑み続けた。再度クーラーが満タンになる日も少なくなかった。
帰り支度をしていた時、湖で釣っていたアングラー達が一斉に寄ってきた。「どんなルアーか見せて欲しい。」と。見せたところ、「次回はいつ来る?今度は俺にもこのルアーを作ってきてくれないか?。金は払うよ。」と言い出した者がいた。その後次々と「俺にも、俺にも、私にも・・・。」弟は何が何だか理解できないままの帰途であったに違いない。
弟の本職は建具職人で、何度も県知事賞等を頂いた、腕の確かな職人である。私は釣り好きなクリーニング屋の店主で、お互いに「釣り」という共通趣味が兄弟の絆を固く結び付けていた関係であった。田子倉ダム湖での釣果以来、魚ではなく我々が共同開発した、シェルスターを狙う釣り客で溢れてしまった。釣行後は必ずといってよいほど、次回はいつ?幾つもらえる?そんな会話が日常茶飯事となってしまった。しかし、まだ商品として完成していないので金を頂くわけにはいかない。
今の段階では商品価値の無い、ただの「貝殻」だ。金を頂くには、これを「誰もが納得する芸術品」に仕上げる必要がある。試行錯誤の連続の末、3年の月日を経て、やっと商品として販売できるものが仕上がった。その間は、「釣れない」「釣れてもルアーが折れる」などの大きな問題が我々兄弟の前に立ちはだかった。
S字カーブ、磨き、強度などに対して徹底的に研究し、やっと「芸術品」と呼べるものが完成したのだ。
たった5グラム程度で、3キロオーバーのトラウトが爆釣できる至高のルアーを完成させたのだ。以後田子倉ダム湖では、魚よりも我々兄弟が作ってくる「シェルスター」に人気が集まってしまった。
シェルスターは高価なルアーと思う。しかし、その価格の何倍もの価値のある「ルアー」であると自負している。
事実、このルアーの釣果を体験した方々の中には根掛りすると、潜ってまで回収する釣り人までいるのである。
現在、シェルスター工房では専属テスターの協力を得て、より洗練された商品の開発と研究を続けております。 |