ハイファイとインターネット

私は高校生のころ、つまり今から25から27年前、好んで昔の指揮者たちによるオーケストラの演奏を楽しんだ。すでに当時は、ハイファイのステレオ録音全盛の時代ではあったが、音質の悪さには目をつぶっても、戦時中から戦争直後、そして、せいぜい1970年ごろまでの「巨匠」と呼ばれる人たちの演奏にしか興味がなかった。

(注: 巨匠とは、フルベンだのクナだのという、知る人ぞ知る指揮者たちのこと)

当時すでに、最後の巨匠と呼ばれていたオットークレンペラーもいなくなっていたから、古い録音のものしか聞かなかった、というより、たとえ聞いても感動しなかった。

ノイズのかなたから聞こえてくる、団子のように固まった、高温の伸びも無く、低音はつぶれ、強音は歪んだ、超ローファイな音にひたすら耳を傾け、想像力を極限まで駆使して演奏に聞き入っていたわけだ。カラヤンや小沢がいくら新録音を出し、音楽雑誌で絶賛されても、FMでちょっと聞いてはすぐに飽きて、またローファイに逆戻りという按配であった。

しかし、やがてクラシック音楽から遠ざかり、というより、オタクの気が減り、もう少し普通の音楽愛好家になってからは、デジタル録音に対する興味も手伝い、しだいにハイファイ、要は、良い音響のものを聞くようになっていった。ノイズのかなたに耳を傾けるほどの余裕がなくなったためでもあろうか。

そして、コンピューターの時代になり、自分でもMIDIによって曲作りをするようになると、ますますデジタル志向が強くなり、CDでも良い音響に浸りたいと思うようになった。そしてついにフルベンは卒業したかと思われたのである。

しかし、しかしである。世はインターネット時代、ハイテク全盛である。そして、インターネットを通して音楽が配信されるようになった。ところがこのネット上の音楽、これがなんと驚異のローファイ、低音質なのである。もちろん、通信速度が遅いことを考慮して、ひどく圧縮しているためであるから、将来皆が光ファイバーケーブルでつながり、非圧縮のまま流せるようになれば解決する問題ではある。しかし将来のことは将来。今現時点では、大方の人にとって、インターネット音楽がローファイであり、さらにパソコンまわりの音響も貧弱である事実にかわりはない。

そして、かなり以前からネットを利用している私は、すでにネット上の極度に貧困な音響に馴れてしまった。さらに、いくら良くなったとはいえ、所詮限度のあるMIDI音源の音にも馴染んでしまったのである。要するに、ネットのおかげで、ふたたびひどい音質のものを聞く習慣が戻ってきたわけである。

そこで、久しぶりに図書館からフルベンものを借りて聞いてみたら、なんと、思っていたより良い音ではないか! ネットと違って、途中で切れる心配もないだけ、ずっとマシである。おかげで、フルベンに限らず、たとえモノラルの古い録音でも、良い演奏であれば、他の巨匠たちのものをたっぷりと楽しむことができるようになった。

インターネットという最先端技術が、ローファイを復活させた。なんとも奇妙な話ではある。もっとも、インターネットは、単に地理的な境界線を弱めるだけでなく、時間的な差異をも相対化する、良く言えばすべてを結びつける、悪く言えば味噌もくそも一緒という、まさに現代の申し子なのかもしれない。