礼拝メッセージ要約
2026年1月25日「取税人」
マルコ福音書2章
13 イエスはまた湖のほとりに出て行かれた。すると群衆がみな、みもとにやって来たので、彼らに教えられた。
14 イエスは、道を通りながら、アルパヨの子レビが収税所にすわっているのをご覧になって、「わたしについて来なさい。」と言われた。すると彼は立ち上がって従った。
15 それから、イエスは、彼の家で食卓に着かれた。取税人や罪人たちも大ぜい、イエスや弟子たちといっしょに食卓に着いていた。こういう人たちが大ぜいいて、イエスに従っていたのである。
16 パリサイ派の律法学者たちは、イエスが罪人や取税人たちといっしょに食事をしておられるのを見て、イエスの弟子たちにこう言った。「なぜ、あの人は取税人や罪人たちといっしょに食事をするのですか。」
17 イエスはこれを聞いて、彼らにこう言われた。「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです。」
前節では家におられたイエス様ですが、ここでは湖のほとりで人々に教えられました。どこにいても、イエス様はまず教えを優先されているのがわかります。もちろん、その教えとは神の国の福音です。それに続き、イエス様は収税所にいたレビに声をかけ、彼はすぐにイエス様についていきました。このあたりの消息をマルコは記していません。主のことばが「すぐに」実現し、レビが弟子に加わっていくという、神の業がシンプルに描かれています。ちなみに、この「レビ」はマタイと同一人物なのかどうかは確定していませんが、どちらであるにしても「取税人」が召されたこと自体に意味があります。今回の箇所は、この取税人の家での食事がテーマになっているので、改めて取税人について確認しておきましょう。
当時の税は二種類あり、「ケーンソス」と呼ばれる直接税(人頭税と土地税)と「テロス」と呼ばれる間接税(通商される物品にかかる税や道路や橋を通る税など)がありました。マタイ福音書に「この世の王たちは税「ケーンソス」や貢「テロス」を誰から取るのか」とるように用いられており、当時の人民が二重の税負担の下にありました。直接税は役人が徴収しましたが、間接税は一定地域の徴税権を最高額で競り落した請負人が徴収に当たりました。この請負人が「アルキテローネース」(関税請負人)と呼ばれ、徴税実務はその下請けの「テローネース」(徴収人)が担当しました。ルカ福音書のザアカイはエリコの「アルキテローネース」であり、数人の部下の「テローネース」》を持っていました。福音書で「取税人」と言われているのはこの《テローネース》のことであって、「関税請負人下請け」という職業の人を指しています。
「取税人」すなわち「関税請負人」やその下請けたちは、請け負った一定金額をローマ総督やヘロデ王家に収めればよいので、実際の徴税に当たっては民衆の無知につけこみ必要以上の税金を取って、私腹を肥やしていました。そのため「取税人」は盗賊や詐欺師と同様の不道徳的職業とされていました。彼らは公職や法廷での証人の資格も認められず、民衆から村八分のような扱いを受けていたのです。「取税人」が軽蔑された理由として、彼らが異教の支配権力に仕えていたという政治的理由や、異教徒との接触によるけがれという宗教的理由もありましたが、それ以上に彼らの職業の不道徳性であったと思われます。
そのような取税人であるレビはイエス様一行を自宅に招きました。食卓に着いたとありますが、当時の習慣で横になりながら食べる姿勢であることから、本格的な宴席が設けられたと思われます。レビは自分がイエス様から呼ばれた喜びと、おそらく今後の進むべき道を示すために、多くの人々を招いたのでしょう。そして、まさにその招かれた人々の階層が問題となったのでした。それは取税人や罪人と呼ばれる人たちでした。当時の「罪人」とは、法律上の犯罪者というよりも、不道徳な職業についていると見做される人たちでした。代表的なものが「取税人」と「遊女」で、「賭事師、高利貸し、両替商、税吏、羊飼い」なども含まれていました。彼らは、律法を知らず、律法を行うこともできない「地の民」と呼ばれる、社会から見下されている人たちでした。いわば、律法の枠からはみ出た人たちと言えるでしょう。そのような人が多数イエス様に従っていたというのがポイントです。
宴席は単なる娯楽以上に、宗教的にも意味のある共同体を支えるイベントですから、そのような場に「罪人たち」がいるというのは、イエス様も彼らの一員であることを示すことになります。つまり彼が「罪人の友」であるとはどういうことなのかが問われるのです。その問いを突き付けたのがパリサイ派の律法学者です。パリサイ派とは「分離派」という意味で、汚れた一般大衆からは分離し、律法に忠実な生活を送る「義人」を自認している人々です。「分離」といっても、エッセネ派のような出家をしたのではなく、民衆の中にいて、彼らに律法を教え、人々からも一目置かれていました。ユダヤ教には他にも祭司階級のサドカイ派もありましたが、彼らとの違いは別の機会にゆずります)。とにかく律法に熱心な人たちで、町に出た後にはかならず清めを行う位ですから、積極的に「罪人」と交わり食事を共にするなど言語道断でした。そのことを弟子を通して咎めると、イエス様は有名な言葉を返されました。「医者が必要なのは病人である。私は義人ではなく罪人を招くために来たのだ」というのです。
この言葉は誤解されることがあります。「医者が病気を癒して健康にするように、イエス様は「罪を癒して健全にする」というものです。もしそれが、律法に背いている不道徳な生活が改められて道徳的な人になる意味ならば、それはパリサイ派と変わらなくなります。順序は違いますが。パリサイ派ならば、まず健全にしてから交流するのですが、イエス様は交流してから健全にするという違いです。このような考え方は今日のキリスト教でも、洗礼までの準備が非常に長いパターン(まず健全にする派)と、まずは洗礼をしてから教育しようというパターン(あとから健全にする派)があります。このような発想をするのは避けられないのかもしれません。しかし、イエス様がここで言われているのはそのような事ではありません。言われているのは、医者が関わるのは病人であるように、わたし(メシヤ)が関わるのは罪人であって、あなたがた義人ではないという強烈な宣言なのです。
しかしこれも誤解されることがあります。パリサイ派が義人といっても「自称義人」であって本当は悪人(偽善者)であり、反対に罪人とされる人たちも、周りから悪人とされているだけで本当は良い人たちなのだという考えです。もちろん、パリサイ派も取税人も道徳的には程度の差しかないというのはその通りでしょうが、ここでの論点はそのようなことではありません。義人とは律法によって生きている人で、罪人とは律法によって生きていない人たちを指しているのです。この話の文脈は「神の国が近づいた」というものです。その神の国に招かれるのはだれなのかが問題なのです。それは、神の国がどのような国なのかによって決まるでしょう。もしそれが、律法が遍く支配する国ならば、そこにふさわしいのは律法を守る人であるのは自明のことです。パリサイ派であっても完全に律法を守っているとは主張しないかもしれません。しかし少なくとも「罪人」と違うのは明らかです。パリサイ派が過失犯となることはあっても、彼らは確信犯なのですから同一視されることは絶対に認めないでしょう。彼らにとって神の支配と律法の支配は同じことなのです。そしてイエス様は、この根本を覆しておられるというのがこの話のポイントです。罪人こそが神の国に招かれているというのは、神の国の土台そのものを問う革新的なメッセージなのです。
このことは、今日のキリスト教にとっても重要な話です。一般に、キリスト教に良いイメージを持つ人は、それが不道徳な人を悔い改めさせて真面目な人に変える道徳的な教えであるとか、弱っている人を助ける福祉的な活動であるとか思っているでしょう。もちろんそれらは良いことではありますが、そのような道徳主義的、福祉主義的要素はあくまでも福音の結果であって原点ではありません。福音とは律法を超える自由をもたらすものです。そしてそれは決して不道徳に陥るのではなく、かえって律法を完成するのです。