礼拝メッセージ要約
2025年11月16日 「継承と飛躍」
マルコ福音書1章
14 ヨハネが捕えられて後、イエスはガリラヤに行き、神の福音を宣べて言われた。
15 「時が満ち、神の国は近くなった。悔い改めて福音を信じなさい。」
16 ガリラヤ湖のほとりを通られると、シモンとシモンの兄弟アンデレが湖で網を打っているのをご覧になった。彼らは漁師であった。
17 イエスは彼らに言われた。「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしてあげよう。」
18 すると、すぐに、彼らは網を捨て置いて従った。
19 また少し行かれると、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネをご覧になった。彼らも舟の中で網を繕っていた。
20 すぐに、イエスがお呼びになった。すると彼らは父ゼベダイを雇い人たちといっしょに舟に残して、イエスについて行った。
イエス様がヨハネのバプテスマを受けられたことが、伝統の継承を表していました。同時に、その水によるバプテスマに対して、イエス様が授けるのは聖霊によるバプテスマであるという対比によって、伝統からの飛躍が語られました。今回の箇所の同じテーマを別の観点から語っています。まず14節です。この福音書では、イエス様が宣教を開始されたのは、ヨハネが捕らえられた後になっています。しかし、ヨハネ福音書では、ヨハネとイエス様の宣教は一部時期が重なっていて、共通の弟子がいたようになっています。また、イエス様側も弟子たちがヨハネ同様にバプテスマを授けていて、当初はヨハネの宣教と似た様相だったようです。厳密な史実は分かりませんが、ヨハネ福音書は、その時点での「継承」「連続性」が描かれていると言えるでしょう。それに対して、マルコ福音書は先を急いでいるかのように、「飛躍」の方向が強調されているようです。
14節では簡潔に「ヨハネが捕らえられた」と書いてあるだけですので、そのいきさつについては別の箇所に譲ります。逮捕の理由は何であれ、ヨハネの活動が弾圧を受けたことを通して、当時の切迫した空気が伝わってきます。そして、それは後にイエス様ご自身も捕らえられることの予表ともなっています。ここにも、継承と飛躍を見ることができます。継承というのは、古来、預言者たちが受けてきた受難を、ヨハネもイエス様も継承しているということです。伝統の継承と言えば、一般的には昔から受け継いできた良いもの(文化や技術など)を受け継ぐことを言います。いわば正の遺産を受け継ぐことです。しかし、遺産には負のものもあります。私たちは歴史から負の側面も受け継いでいるのです。よく言われる「歴史を直視する」ということも必要なのです。そして、旧約時代からのユダヤの歴史・伝統を直視するならば、そこに正と負の両面があることが明らかです。と言うより、あえて負の部分も隠さずに記録しているところが、旧約聖書の特徴とも言えるでしょう。
正の遺産は言うまでもありません。ローマ書でパウロが「ユダヤ人のすぐれたところはいったい何ですか」と問い、それはいろいろあると書いてあるように、神、選び、契約、律法その他さまざまな「霊的なもの」であり、その究極がキリストです。それに対して負の遺産とは、神に背いて偶像に走り、選ばれた目的を忘れ、契約をだいなしにし、律法主義に陥って罪が増し、さらにはキリストを処刑したという、あまりにも大きなものです。もちろん神はその状態を放置していたわけではなく、何度も預言者たちを遣わして彼らに警告を与えてこられました。しかし彼らは退けられ殺されてきました。ローマ書でもパウロが悲痛な思いで書いているとおりです。そして今や、旧約の最後の預言者であるヨハネもその負の遺産を継承し、イエス様に引き継いでいるのです。
イエス様は荒野ではなくガリラヤで宣教を開始されました。ヨハネを捕らえたのは、ガリラヤとペレアの領主ヘロデ・アンティパスです。ヨハネが捕らえられたペレアはヘロデの直轄地でしたが、ガリラヤは同じ領主とはいっても周縁で、ヘロデの権力もやや弱く、民衆が強い地域でした。ヨハネが民衆を荒野に引き寄せて宣教をしたのに対して、イエス様は自ら民衆のところに赴き宣教をされました。ここにも対比があります。当時のガリラヤを簡単に見ましょう。上述のように、政治的にはやや危険度が低いところでした。それはユダヤ中心から離れた辺境だったからですが、預言者の伝統では、この辺境に特別な地位が与えられていました。イザヤ書 9:1–2には
「ゼブルンの地とナフタリの地…闇に住む民は大いなる光を見た」とあります。(マタイ福音書では明示しています)。またガリラヤには異邦人も多く、宗教的純粋さがやや弱かったという事情もあります。
周辺地域といってもいわゆる田舎ではありません。ガリラヤ湖周辺で漁業や農業が行われていただけではなく、各地との交流も盛んで、商人は兵士、巡礼者などが行きかう活動的な場所でした。同時に、ローマ帝国の軍事、文化的な支配も色濃く、人々は重税で苦しんでいました。農民は小作化が進み、漁師も自由業ではなく経済システムに組み込まれていました。というわけで、宗教的には多様であり、社会的には人々の不満が高まっている、いわば激動の地域だったのです。イエス様の宣教活動は、ガリラヤ時代と、十字架に至るエルサレム時代に分けることができますが、ガリラヤ時代も、のどかな自然の中で人々を教えていたというイメージではなく、緊張感にあふれた劇的なものでした。その幕開けを告げるのが、今回のこの聖書箇所なのです。
イエス様はそのようなガリラヤで宣教を開始されました。その言葉は、神の国が近づいたから、悔い改めで福音を信じよというものでした。これは、ほとんどバプテスマのヨハネと同じ言葉です。(ヨハネの言葉自体は、他の福音書に記されています)。ここでも、まずは「継承」の面がでています。ただし、言葉が同じだからと言って、その意味までが同じなのではありません。そこに「飛躍」があるのですが、この段階ではその飛躍が何なのかは明らかになってはいません。神の国すなわち神の支配が近づいていますが、その支配がどのようなものなのかということです。ヨハネは預言者ですから、神の支配はいわば外部から突入してくるのですが、イエス様の場合はキリストご自身を通して、いわば内部から現れます。ですから、イエス様はまずご自身の近くに弟子たちを置いて、証人を置くことから始められました。弟子たちは、単なるイエス様の助手だったのではなく、イエス様を目撃し、イエス様と共に過ごす存在でした。それでイエス様は後に彼らを「友」とさえ呼ばれたのです。
イエス様が最初に弟子にされたのはペテロを始めとする漁師たちでした。彼らは経済システムに組み込まれながらも、舟や網を所有し雇人も持っていた、いわば中間層の経営者だったと思われます。搾取されながらも自立心もあり、また仲間意識もある人たちで、イエス様の証人として歩むのに適していました。そのような彼らが、「網を置いてすぐに従った」のは、彼らの中に神の国の到来を待ち望む心があったからでしょう。もちろん、網を置いたといっても、いわゆる出家をしたわけではなく、後にも漁をしているのですから、まずはイエス様の活動に参加したということです。「すぐに」は、ここでもマルコ特有の表現で、それが神の時(カイロス)であったことが強調されています。すなわち、彼らに弟子となる適性があったのは事実ですが、それは人間の観点であって、実はそれが神のわざであることが示されているのです。
彼らは、人間をとる漁師になるのですが、これはもちろん彼らの職業を使った比喩です。しばしば混沌を象徴する海から魚を引き上げるように、混沌とした世界で苦しんでいる人びとをそこから引き上げることになるのです。
また、神の支配が訪れる「終末」は収穫にも例えられるので、大漁のイメージも重ねられているのでしょう。いずれにしても、ペテロたちは彼らの前途に何が待ち受けているのかを知らずに、イエス様との旅に出ました。これは、アブラハムや預言者たちの系譜に連なる「信仰」の行為でした。イエス様の声が、神の呼びかけでもあることを表しています。このようにして、イエス様の「十字架への道」は始まったのです。