「ハケンの品格」〜大前春子と聖書(7)

 

今回から最終回までの4話は、「ハケン弁当」を中心とした連続したストーリーとなります。

この第7話の冒頭、春子と部長は名刺をカルタに見立てたゲームをしますが、里中主任が予想したとおり、最後の1枚でわざと負けます。

この「わざと負ける」というのが、今回のテーマです。

春子がわざと負けるのはこれが初めてではありません。東海林とホチキス対決をした時もそうでした。

理由は、ハケンとして生きていくためには、見栄を重んじる社員とも共存しなければならないということでした。

今回の名刺対決も同じ路線でしょう。しかし、それがすべてではないことが今回のラストで明らかになります。

 

会社で企画のコンペが大々的に行われることになり、応募は社内外を問わずという文句を真に受けたハケンの森ちゃんが

ハケンのための弁当という企画を考えます。

主任のために頑張るというほのかな恋心もあるのですが、主任は森ちゃんが考えた企画なのだから、

森ちゃんの名前で進めるべきだと思います。

もちろん、春子はハケンが企画を考えること自体ナンセンスだと言い、その点では、東海林や会社の考えも同様です。

企画はマーケティング課の皆が協力することになり、定食屋での調査時、春子が幼児を泣き止ませるエピソードもはさんで、

春子が完ぺきな「ハケン弁当」の企画書を完成させます。

春子は主任に「この企画を通したいのか」と聞きもちろんと主任が答えると、企画書を主任の名前で提出します。

前回とは違う形ですが、春子がハケンの立場を明確にすると社員と同じ結論に至るところが興味深いところです。

社員とハケンを「棲み分け」ていれば問題はないのですが、果たして春子はそこに留まるのでしょうか。

 

自分の名前で企画書が提出されることにどうしても納得できない主任は、

春子の店を尋ねどうしても納得できないと言います。

それに対して春子は、主任は甘い。あなたはハケンも森の企画も守ることはできない。

だから主任の名前で提出したのだと告げます。

春子の棲み分けは、会社の実態と主任の可能性についての厳しい現状認識から来ているものだとわかります。

結局主任は会社に帰り、企画書の名前を森ちゃんに書き換え提出してしまします。

 

「ハケン弁当」の企画は最終選考に残ります。

これに営業部は大騒ぎになり、部長は里中主任に自分の名前で再提出するように迫りますが

里中は受け入れられません。

社員たちも森ちゃんを責め立てますが、森ちゃんは主任のためにがんばったようなことを言ったため、

ますます窮地に陥ります。

ここで、社員対ハケンという二項対立に、社員でありながらハケンも対等に扱いたい里中主任という

3の立場が明確に現れます。

前回はハケンの春子が社員的な要素を内包する話でしたが、今回は社員がハケンの立場を内包しようという話になっています。

はたして里中主任はこれができるのでしょうか。すなわち森ちゃんとハケンの企画を守れるのでしょうか。

答えは春子がすでに言ったようにNOです。

主任の考えは正しいとしても、それを実現するには何かが足りないのです。

 

部長は森ちゃんの契約を切ると決まます。

ハケンを抹消し社員の立場を維持するのは、会社員の彼としては当然のことなのでしょう。

これを知った主任は部長に食い下がりますが相手にされません。

東海林に「こんなことおかしい。明日道場に連れて行ってくれ。部長に直談判をする(部長は剣道の道場で子供たちに教えています)。」

と言うとそこに春子が現れます。

春子は、「森みゆきを守るといいながらこのザマ。人を守るには体をはるがいのちをはるか自分の首をかけるかがいる。あなたにはできない。」

と告げエレベーターに乗り込みます。

主任が「森君を守る方法を教えてください」と言うと春子は「あなたには無理です。優しいだけでは人は守れません。

私がお手本を見せます。」と宣告し立ち去ります。

 

翌日(休日です)東海林は主任を連れて道場の部長のもとに行きます。もちろん部長はとりあわず「帰れ」の一言です。

そこに白装束の春子が現れ、部長に「お手合わせ」願います。道場破りのようなものですが、部長は笑顔で受け入れます。

しかしいざ試合は始まると春子の実力が上回り、部長は防戦一方となります。見守る子供たちが「先生、負けそう」と叫ぶ中、

春子は部長に、「子供たちの前で恥をかきたくないなら、森みゆきを切るのをやめよ」と迫ります。

その上で春子はわざとすきを見せ、部長に一本とらせます。再びわざと負けたのです。

もちろん、東海林も主任もこれに気づいています。

部長は子供たちの前では体面を保ちましたが社員の前ではありません。

春子は社員とうまくやるためではなく、森ちゃんを守るために負けたのです。

人を守るには「自分のいのちをかける」ことが必要だということを、まさに身をもって表したのでした。

 

「友のためにいのちを捨てる。これよりも大きな愛はない」という聖書のことばがあります。

まぐろの解体ショーの時も、会社ではなく友のために働きましたが、今回も会社ではなく森ちゃんのために働きました。

違いは、前回はそれが会社のためにもなり、春子の評価が上がったのですが、

今回は部長から睨まれることを覚悟の上で行動しており、まさに、自己犠牲的な行動が人を救ったのでした。

「優しいだけでは人は救えない。」 キリストの十字架は神の弱さですが、「神の弱さは人よりも強い」(第1コリント125節)のです。

 

結局部長は森ちゃんを切るのはあきらめますが、代わりに里中主任を子会社に飛ばし、東海林にハケン弁当の企画を担当するように命じます。

さすがの春子も、この段階では企画までは救えませんでした。ドラマは続きます。