「ハケンの品格」〜大前春子と聖書(1)

話題のテレビドラマ全10話が完結しました。

雇用の問題を、正社員と派遣社員との関わりから取り上げるというヘビーなテーマを、ほとんどマンガともいえるコメディーに仕上げ、しかもそこにほんのり純愛ストーリーをからませ、登場人物それぞれの成長も描いた、なかなかの傑作だったと思います。主演だけでなく共演者の演技もそれぞれすばらしく、かなりの高視聴率を稼いだのも頷けるところです。

ご覧にならなかった方は、公式ホームページや Wikipedia などのウェブ情報で、あらすじは確認していただくとして、ここでは、このドラマで取り上げられた聖書的なテーマについて取り上げていきたいと思います。

第1話

主人公「大前春子」は、超人的なスキルを持った「スーパー派遣」です。派遣社員として契約期間3ヶ月働き、続く3ヶ月はスペインなどを放浪しています。契約期間の延長、残業、担当部署以外の仕事など一切なしで、職場での人間関係も絶対に作らないという極端な人物です。日本にいる間は、母親代わりの女性が経営しているフラメンコの店に居候しています。なお、春子自身もフラメンコを踊ります。

第1話は、彼女が放浪先のスペインから帰国し、S&Fという食品関連会社に派遣されたところから始まります。面談の時から、愛想なく、ほとんどしゃべらない春子に対して、面談をしている社員は初めは戸惑い、やがてあきれ、憤慨します。因みに、その社員とは、やり手の営業マンであり派遣差別主義者の東海林主任と、やさしいだけが取り柄の里中主任(春子の上司になる人)です。なお、この二人の主任は親友でもあります。

さて、この面談で口を開かない春子にかわって、春子のマネージャーである一ツ木氏が契約条件を朗読します。すなわち前記のように、残業をはじめ「〜はしません」という、春子側の一方的な条件を宣言します。主任たちは文句を言いますが、春子を雇いたい、桐島営業部長が雇うときめている以上、どうしようもありません。

ここで、第一のテーマが登場します。すなわち「契約」というテーマです。これがまさに聖書のテーマであることは言うまでもありません。

「契約」というと、なにかドライな取り決めという印象を持つ人がいます。実際、春子もはじめに契約条件を具体的に提示し、契約以外のことは一切しないという、一見ドライな態度をとっています。それに対して、「普通」の人である社員(ここでは特に東海林主任)は、いくら契約だからと言って、本当に忙しい時は残業してもらわなくては困ると、常識的な反応をしています。この常識的な立場、「契約」というより、お互い助け合って働くのが会社というものだという社員の立場、言い換えれば、周囲との関係から導き出される「立場」に応じて柔軟に生きることが正しいというあり方が、春子という異質な存在によって脅かされるという構図がここに出現しているのです。

ところで、春子と同期で同じ部署にもうひとりハケン(派遣社員のこと)が来ます。「森ちゃん」と呼ばれることになる愛らしい新米ハケンで、スキルも経験もないダメハケンですが、春子のことを先輩と呼んで慕っています。このドラマの主役はもちろん春子ではありますが、森ちゃんも単なる脇役ではなく、春子が森ちゃんに与えたインパクトがひとつのテーマになっています。

さて森ちゃんと春子を迎えたマーケティング課ですが、主任の里中は、課をまとめようと歓迎会を企画します。当然、春子は参加しません。東海林主任が春子のマネージャーにプレッシャーをかけたり、部長が残業代をだすからとまで言っても、帰ってしまいます。

ハケンに対する見方のひとつに、ハケンは会社のためではなく、単に時給のために働いているのだというのがあります。春子は時給3000円以上という高給取りですが、ここで彼女は単に時給のために働いているのではないということを宣言しています。もちろん、周囲から見れば、このような態度はたんに不可解、身勝手、変わり者、傲慢ということにしかならないでしょう。「契約」など自己中心の隠蓑に過ぎないというのが、「社員」に象徴される「常識的な立場」なのです。

第1話の終盤は、森ちゃんが会社のデータを家に持ち帰り、タクシーに置き忘れるという騒動です。そのタクシーが事故で廃車され、スクラップで山積にされてしまいます。社員とともに現場に駆けつけた森ちゃんは、なんとかよじ登って資料を取ろうとしますができません。そこに現れたのが、移動式クレーン者を運転する春子です。スーパー派遣の披露する資格その1ということですが、クレーンを操ってタクシーを地面に下ろした春子は、さっさと昼食に行ってしまいます。実は、春子を12時から1時までの昼食タイムが厳守するはずなのですが、ここでは昼食を後回しにしています。自ら契約を破っているのでしょうか?

昼食をとりながら森ちゃんは春子に助けてもらったお礼を言います。春子は、「お礼を言われる筋合いはない。あれは業務だ」と言います。契約に背いているわけではないと言いたいのでしょう。確かに業務と言えば業務ですが、内部の人間の助け合いではどうにもならない状況を「外部」の人間が「侵入」し救出するというパターンが発生しています。日本では、困難な状況を打開するためには「外圧」が必要だというようなことが言われますが、「内部」と「外部」、ウチとソトという、きわめて日本的かつ普遍的な問題が提起されていると言えるでしょう。

最後に、ふたりの主任がしみじみと語りあうシーンがあります。「会社人間」」東海林が、昔の家族的な会社をなつかしみ、それが崩壊した今日、「よそ者」であるハケンがはびこる現状を愁いています。彼にしてみれば、ハケンは「インベーダー」なのです。

しかし、果たして、「家族的」会社は、本当に家族的だったのでしょうか? 良いものが悪いものによって壊されてしまったのでしょうか? 「家族的」会社は「日本的」で、契約を盾にとる春子は「外国的」なのでしょうか?

 

つづく