瀬戸内海のさほど大きくはない島に、こんなにもすばらしい現代美術作品が集まっているというのは奇跡のよう。
世界のあちこちで生まれている美術作品がここへ流れ着く 。そんな不思議な海流がこの瀬戸内海、直島の周辺にあるのかしらん?
そんな不思議な海流を作ってくれた故福武哲彦氏、そしてその意志を継いだ福武總一郎氏。
そんな両名に感謝をしつつ。。。
さて、野外作品。ベネッセゾーンに入ってすぐ、パーク棟前にはゆかいな作品が。
本当にたのしい。家に帰って紙粘土こねたくなります。そーゆー無邪気さを触発してくれるカレル・アペルとニキ・ド・サンファールの作品。
あいかわらずの大人気「南瓜」。
ぼってり、どっしり。みんな必ず直島に来たら南瓜詣。
ダン・グラハム「平面によって二分割された円筒」霧島アートの森にもダン・グラハムの作品があってそのときも思ったのだけど…「なにかの施設?なんにつかうの?」…と思ってしまう。作品というより実用性を感じてしまう佇まい…。
まだまだ解釈する修行が足りないのだなーと。来年、再来年にはもっと良いコメントできるかしらん?
蔡國強「文化大混浴」
今はベネッセハウス宿泊者しか(それも入湯グループ数限定!)入れないとは…
前回入っておいてよかった…。敷居の高いフロになってしまいましたな。でも、昼間に入っているヒトは見なかったなぁ〜…やっぱり夜だけ?なのかしらん?
でも混浴の楽しさって、しばらく忘れているなぁ。

ウォルター・デ・マリアSeen/Unseen Known/Unknown 見えて/見えず/知って/知れず
前回、重い扉を開けることができず諦めたデ・マリアの「Seen/Unseen Known/Unknown 見えて/見えず/知って/知れず」今回はおじちゃんが開けに来てくれた。中に入ってぐるりと作品を見ることができて満足。建物の中から、外から、そして丸い石に映る中から見る風景はどれも特別な場所に見えてくる。
作品の前の植え込みの前に座って、宿のお湯で入れてきた水筒のコーヒーを飲む。
なんて贅沢な時間なのかしらん?もううっとり。寒い中、暖かいコーヒーを飲みながら、デ・マリアの作品を見られる幸せ。
見ていると、二つの石が私のそばに転がってきて話しかけてきそうな。そんな何かを思う力を感じる二つの石。でもそのくせ、まったくマイペースに遠くの海を見ているような。水平線の先、椰子の木そよぐ南の島や極寒の地の氷塊を見つめているような。
デ・マリアのテーマ「永遠性」を酌んで、100年1000年先を想像する。何が見えるか?
草ぼうぼうで蔦が絡み、蔦の隙間をトカゲが這う。日は相変わらず優しく、波音も変わらず、そして二つの石も変わらず海を見つめている。

三島喜美代・もうひとつの再生2005-N
前回訪問時にはまだ無かった「三島喜美代・もうひとつの再生2005-N」大きいゴミ箱。
丁度撮影をしているときに、ガイドをしている方が通りかかって、写真をとってもらったり、話を聞いたり…
「この後ろの桜が青い桜なんですか?」(ネット上で青い桜の話が飛び交っていたので…)
「…そりゃウソ。ずっとここの桜の写真とってるけど、青い桜なんて咲かないんだよ。」
「ええええ!!!!!」
このあと、色々と、事情ありそうなお話を聞いたのだけど、まあそういうこともあるということで…

「こっちにね、新しい美術館ができる予定なんだよ」と指差す方向にはまだなーんにもない。
「オレの予想だとSANAAあたりが建てるんじゃないかって思ってるんだけどネ」
直島ですごいなーと思うのが、こーゆーフツーのおじ様が、さらっと現代美術作家や建築家の名前を挙げて、自分の感想を絡めながら説明をしてくれるとこ。
ちゃんと生活と芸術が絡んでいるんだなぁ〜…

さてさて、そのまま地中美術館に行くのもよしですが、ここは戻ってベネッセハウスへ。
◆ブルース・ナウマン「100生きて死ね」
ベネッセハウスに入り、すこうし進むと地階に見えるネオンの明かり。
小さな歓楽街の集合体のような鮮やかで華やかで、すこし淫靡な。歓楽街を歩くような緊張感と、何か面白い物をこれから見つけることができるのではないか…というような好奇心がそこに。
愛、悲しみ、性、老いと若さ、すべての営みには常に生と死が必ず付きまとう。

ぼんやりと作品前の椅子に腰掛けて、くりかえし2回見た。ひとつひとつつぶやくように、言葉が点灯し、最後には全ての言葉が点灯する。
ひとつひとつの言葉が点灯するたび、見るひとそれぞれの記憶と思い出シンクロするのではないかしらん?走馬灯マシン。最後はお花畑のようなネオンの嵐。
前回見られなかったせいか(朝早くベネッセハウスに来ると、この作品は点灯していない*作品保護の為)今回しゃぶるようにこの生と死の羅列を鑑賞。

じっとみていると、はたと気がつく。
この後ろの階段はなんだっけ?作品の裏側に階段があるのだけど、上りきったとこには特に扉があるわけでも作品があるわけでもない。ベネッセハウスのスタッフに「この階段は、何の為に?」と聞いてみると「特に何があるというわけではないのですが、上から下を見下ろしたり、天窓を見に昇られる方が多いですよ」と。では昇ってみるかな…と、昇る途中にスリット状の窓があって、向こうには他の部屋の作品が見える。
昇りきったところはたしかに何もないのだけど、すぐそこには天窓。下を見下ろすと「100生きて死ね」を見つめているカップル。たしかにここからの光景は、神の視点というとおこがましいかもしれないけれども、生と死を冷静には反芻できる場所なのかもしれない。

◆ジョナサン・ボロフスキー「3人のおしゃべりする人」
もう好きでしかたがない作家なのだけど。で、今回も3人は元気に動いていたわけなのだけど、「あれ?これ喋ってなかったっけなぁ〜?」とまたまたベネッセハウスのスタッフに「テープ流してませんでしたっけ?なにか喋っているような…」と聞いてみたところ「テープ擦り切れてしまって…」と。ありゃま。

◆ジェニファー・バートレット「黄色と黒のボート」
画面の中の黄色と黒のボート、そして画面の前にも黄色と黒のボート、そして後ろを向き、窓の外、海岸沿いをずっと先に目をやるとそこにも黄色と黒のボート。
実際に海岸にあるボートを見に行ったのだけど、とおくにベネッセハウスが見えて、どんどんとリアルな作品に近づいていったということがなんとも楽しい。
あまりこの海岸まで来る人はいないのかしらん?ボートの上に寝っころがって(入ってはいけない…というような注意書きは見つからなかったのだけど…よかったのかなぁ??)空を見上げると、なんだかこのまま海を漂流しそうで、まぁそれもまたいいか…と、なにかそういう気分にさせてくれるのでした。

◆ヤニス・クネリス「無題」
海苔巻き状に鉄板を巻いて、窓を覆っている作品。作品完成時は窓にみっちり埋まっていたらしいのだけど、時間とともにその重さで上部に隙間が…
…うーん2年前よりさらに隙間ができているような…

◆安田侃「天秘」
なにはともあれ上に乗っかる。空を見上げる。ぬるっとつるっとした石は身体を横たえるときもちいい。ちなみに、ここの扉と、外に展示してある「タイム・エクスポーズド」を見るために出る扉は開きにくい。「天秘」側は押して、「タイム・エクスポーズド」はスライド。ぎゅうぎゅう開けていたら、外から眺めるだけだった外国人カップルが驚いてた。ぜひ眺めているだけの人がいたら窓を開けて驚かせてあげましょう。

◆須田悦弘「雑草」
なぜかまじまじ見ている人少なかったのですが…みなさんこの作品に気がついてないってことはないですよね?…まーそーは言ってもしかたがないくらい、自然な作品なのだけど。
我が家の駐車場に生えている雑草を見るたび「あ!須田悦弘!」と思うぐらい。

◆大竹伸朗「シップヤードワークス 船底と穴」
今回、ベネッセハウスのくつろぎポイントとなったのがライブラリー。ここの椅子に座ってシップヤードワークスと、ジョージ・リッキーの「フォー・ラインズ」を見ているのはとても贅沢の時間だった。
いつかこんな家に住みたいなー。と野望(?)を抱かせてくれたひととき。静かで、日差しが暖かく、けれどもフォー・ラインズが空をつかむ箸のように交差するのが楽しくて、いつまでもそこにいたかった。

◆前回と違ったとこ
1)ヤニス・クネリス「無題」の奥に置かれていた椅子が無くなっていた
。。。残念
2)1Fの柳幸典「ワンダラー」先の扉から外に出られなくなってた
。。。無念

◆引き続きオススメポイント

朝早い鑑賞がオススメ!

今回の発見
ベネッセハウスに行く裏道>>野外作品「三枚の正方形」手前右手にベネッセハウス方面に登る階段あり。
登りきるとベネッセハウス駐車場に到着。なんかコーユー道見つけるの得意な気がする…

◆さて課題
今回も宿泊はベネッセハウスでは無かった…。色々とお世話になったベネッセハウスのフロントスタッフに(重い荷物を預けたり、色々質問しまくりました)ベネッセハウスに泊まりたいんだけど、なかなか都合がつかない旨を伝えると、「ぜひ次回はベネッセハウスへお泊りください」と宿泊用ガイドパンフレットを頂いた。
宿泊していなくとも、親切丁寧、そして次回へ繋げる提案に、ベネッセハウスのコンシェルジュサービスの質の高さを感じる。
というわけで、次回はベネッセハウスです(ミュージアムorオーバル)。夜、美術館で過ごすとゆーのは、他ではないしね。しかし夜の美術館とゆーと、NHKみんなのうたの「メトロポリタンミュージアム」を歌いたくなるのは私だけでしょーか?

ベネッセアートサイト直島