やさしい言葉


ばせど〜になった頃、自分だけつらいと思ったことはありませんか?

ばせど〜に限らず、病気になったりつらいことがあると
人は「自分だけつらい」と思うと、私は思う。

わたしも、いつも自分だけ最低な目にあっていて
こんなにつらい思いをしている人間は
わたし以外に誰もいないだろうと思っていた。
自分は病気でこんなにつらいのに、

「みんなはちっともやさしい言葉をくれない」

いつもいつも、そう思っていた。

友達が、あるとき妊娠した。

妊娠すると情緒不安定になる人もいるらしい。
友達がそれ、であった。

あるとき、その妊娠した友達ともう一人の友達が
うちに遊びに来た。

わたしと、一人の友達はタバコを吸うため、
妊娠していた友達に気をつかい、
茶の間に妊娠した友達を残して台所の換気扇のところで
タバコを吸っていた。
話をしながらタバコを吸っていて、タバコを吸い終わっても
その話は終わらず、盛り上がってしまい茶の間に戻らず
台所で話しに熱中してしまった。

盛り上がっている私たちに
「ねー、まだタバコ吸い終わらないの?」
妊娠している友達が私達に声をかけてきた。
私は冗談のつもりで言った。
「吸い終ったけど、ちょっと話をしてるからうちの子と遊んでれば?」



沈黙。



妊娠している友達は
「私帰る」
といって帰ってしまった。
傷つけたかなと思ってあやまったのだけれど
やっぱり帰ってしまった。
多分、一人で取り残されて寂しい気持ちになったんだろう。
けれど、それは彼女が妊娠していて人の言葉に敏感になっているからで
妊娠していない彼女なら、
「いやー。もう!!あんただったら」
と流して笑って終わっただろう。

後からメールで謝ってみた。
返事が返ってきた。

「妊娠してからブルーになることがよくあって
いつもなら冗談で流せる言葉がながせなくなってる」

いいなー。いいなー。
わたしはそれを見て、いいなぁ、と思いそして少し落ち込んだ。

彼女は妊娠していて、おなかに子供がいる。
「わたしは妊娠しているから、情緒不安定なの」
この場合、目に見える理由により、彼女の情緒不安定は世間に認知される。

わたしは甲状腺が腫れている。
「わたしは甲状腺が腫れているから、情緒不安定なの」
この場合、目に見えない理由により、わたしの情緒不安定は世間に認知されにくい。

目に見えないものに対して、人はやさしさを表すことは少ない。
目に見えなくてわからないから。
目に見えるから、それに対して人はやさしさを発揮するのだ。
目に見えてわかりやすいから。

そう考えて
少し落ち込んで
わたしはまた考えてみた。

わたしが彼女に言った言葉にたいした意味はなく
冗談できりかえされるものだと思い発言した。
しかし、彼女は情緒不安定でわたしの言葉を流せなかった。
わたしが台所でタバコを吸う行為は、彼女をひとりぼっちで
寂しい思いをさせるつもりだったわけではなくて
妊娠している彼女を気遣っての行為であった。

と考えると、わたしが普段、感じている
「みんなはちっともやさしい言葉をくれない」のは間違いで
本当はやさしいのだけれど、
それがうまくわたしに伝わっていないだけなのかもしれない。

認知されやすい情緒不安定でも
認知されにくい情緒不安定でも、
目に見えやすいわかりやすいものでも、
目に見えにくいわかりにくいものでも、
情緒不安定には間違いはなく
変わりがない。

同じ原理で、
やさしい言葉というのも、

「大丈夫?」とか
「大変だね」とか
「がんばってね」とか

そういうわかりやすいものだけではなくて

「明日は晴れるかなー」だったり
「今日は楽しかったね」だったり
「池袋は東に西武があって西に東武があるのは変だよね」だったり

するかもしれないのだ。

そういう言葉をやさしいと
受け取れるかどうかは、その人の心の感度とか、感覚とか
感受性とかを、どの程度持ち合わせているのか
ということで決まるのかもしれない。

そう考えると、わたしがちっとも気がついていないだけで、
手を変え品を変え形を変えて、
やさしい言葉はわたしの周りにいつも潜んでいて、
やさしい言葉の中にわたしはいつも包まれているのかもしれない。




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