友達

人には大きく分けて二つのタイプがあると思う。

友達が多い人と少ない人。
広く浅く付き合いを広めどこへ行っても自分がそれなりに楽しめる人。
狭く深く付き合いを濃厚化していき、一定の人たちとの付き合いを楽しむ人。

わたしは後者である。

友達の中には、たとえば初対面であったとしても、
うまく自分の居場所を確保してしまう人がいる。
あれはもう、生まれながらに身についた芸当だろうと密かに思っている。
うちに泊まりに来たときにも、
一日でもののありかや冷蔵庫の中身を把握し、
うちのしきたりを把握し、
翌日には、「生まれたときからうちに住んでいたのではないか」というような、
錯覚さえ起こさせるくらいに溶け込んでいる。
人の家に泊まるのは、どんなに親しい人の家でも、
吐き気がするほど緊張してしまうわたしにとって、彼女の行動は神業でしかない。

わたしは割と人見知りするタイプで人の好き嫌いもかなり激しい。
直感でダメ、と思ったらなるべくその人に近づかないようにし関わりを避けている。

そういうわけでわたしは友達が少ない。

その数少ない友達の中で一人、不思議な存在のやつがいる。
彼女とは、わたしが「もしかしてばせど〜かも?」と自分で怪しんでいながらも、
まだ通院もしていなくてもちろん診断もついていない曖昧な時期に知り合った。

季節はちょうど春で、どんどん気候がよくなっていき、
みんなが
「そろそろ暖かくなって気持ちのいい季節よね」
なんて言いあう頃だ。
服装はまだトレーナーやら、薄手のセーターやら
・・・とにかくみんな長袖を着ていた。
わたしも長袖を着ていたのだが、何故かとにかく暑くてたまらない。
春とはいえ、気候の安定していない北海道では、
突然、冬に逆戻りしたかのような寒い日も多い。
みんなが寒い寒いという中、わたし一人だけ、
暑い暑いと騒いで、暖かい日も零下の日も異常なほどの大汗をかいていた。

人間というのは自分と違う人間がいると、どうも疑問に思うものらしい。

「どうしてそんなに暑いの?」
「なんか少しおかしいんじゃない?」

同じような質問を毎日のようにされた。
今思うと、相手にしてみれば、本当にただの疑問であったのだろうが、
当時「未治療のバリバリのばせど〜」であったわたしには
その何気ない質問が、

「どうしてそんなに暑いの?(変ナヤツ、ワタシタチトハ違ウ人間)」
「なんか少しおかしいんじゃない?(体モ頭モ精神モ、オカシイヨネ)」

と、いうように変換されて心に届いてしまっていた。
自分で勝手に落ち込んだり、死のうと思ったりし、
もうこの世は終わりです・・・みたいな顔をしていた。
かと思えば、逆に
「そうそう、わたし変なの。それがどうした、ふふん」
なんて開き直りながら、人が引くほどテンションがあがっていたりした。
精神不安定状態であった。

そんなわたしの様子を彼女はずっと黙って見ていた。
時々は「どうして暑くなるんだろうねぇ」みたいなことは言ったかも知れないが、
わたしが死にそうになったり、
突然天国にいるんじゃないかみたいにテンションが高くなったときも、
きっと支離滅裂だったに違いない話を最後まで聞いてくれていた。

そんなこんな日常を過ごして、無事、わたしは通院し「バセドウ病」という立派なお墨付きをもらった。

わたしが病名をもらった後も彼女は、わたしが泣いたり、怒ったり、喜んだりしているのを
黙って見ていたり、時々意見を言ったり、話を聞いてくれたりしていた。

彼女が、わたしの病状がある程度落ち着いた頃、ぼそっと言った。

「初めて会ったとき、なんて短期間でいつも気分が変わる人なんだろうと思ったんだ」

絶妙なタイミングだった。
わたしにとって。
もし、この言葉を「バリバリ未治療のばせど〜」のときに言われていたら、
わたしは激しく打ちのめされて壊れていたと思う。
逆にもっと、病状が落ちいていたとしたら、
わたしはこの言葉を聞き流していたかもしれない。

まさに、わたしの心にすっと溶けるタイミングで彼女はこの言葉をつぶやいた。

多分、偶然だろうとおもう。
わたしの心の中のこととか、わたしの病状のこととかそういうのを計算して
「今だ!」と図ってこの言葉を言ったわけではないだろう。
わたしが落ち着いた頃に、ふとした思い出話のひとつとして、
なにげなく話したものだったかもしれない。
何も考えていなかったのかもしれない。

しかし、たとえ無意識であったとしても、
わたしの心にちょうどうまく届くタイミングで、昔のわたしのことを一言で語ってくれた彼女に、
そして、彼女の無意識の気遣いに、今でもとても感謝している。


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