バセドウドロップ。


蒸し暑い診察室であたしは医師の次の言葉を待った。

「血液検査の結果、あなたはバセドウでした」

医師はそういいながら、机の引き出しの3段目からドロップの缶を取り出した。その缶は、まるでサクマ式ドロップの缶にそっくりだった。缶には、甲状腺の写真が貼り付けられていて少し生なましい。医師は缶を少し振り、中にドロップが入っていることを確認すると蓋をあけ、ざっざっと手のひらにいくつかのドロップを出した。赤や、青、黄色のドロップが医師の手のひらに乗っているのを、あたしはぼーっと眺めていた。

「これをなめれば一発でバセドウが治る時代になったんですよ」

医師は手のひらのドロップを転がしながら言った。

便利な時代になったものだ。ほんの数年前まではメルカゾールという薬を飲まなければならなかったららしい。しかも、いつまで飲むかわからない。おまけに白血球が減ったり、じんましんがでたりする副作用とかもあったりして、苦労した人が多いのよ、なんてあたしの母がよくこぼしていたものだ。

そう、うちの母もバセドウだったのだ。

むかし、母もメルカゾールで治療していたのだけれど、バセドウドロップが発明されてからドロップをなめて、その日のうちにバセドウが治ってしまった。「メルカゾールを12年も飲んでいたのは一体なんだったのかしらね」と、母は少し複雑そうに言った。
 
あたしがバセドウになってしまったのは、母が持っていたバセドウの因子を受け継いでしまったらしいとのことだ。因子を持っていても、かならず発病するわけではないらしく、因子を持っている人が強いストレスを受けたり、環境的に穏やかに過ごせなかったりすると発病する場合があるらしい。あたしが最近うけた強いストレスといえば、ボーイフレンドのトオルくんに二股をかけられたあげく、こっぴどく振られてしまったことだろうか?それとも母と、学校の先生に「こんな成績じゃ大学進学は無理だ」だと叱られてしまったことだろうか?
なんにせよ、あたしは最近イライラしたり、手が震えたり、情緒不安定だったりしていた。それを見た母が「もしかしたらバセドウじゃないかしら?」と診察を薦めてくれたついでに、むかしのことをいろいろ教えてくれたのだった。

今じゃバセドウは風邪と同じ扱いで、街角でも「またバセドウになっちゃった」「じゃあドロップなめなくっちゃ。今度は何色にしようかな」なんて言葉が気軽にかわされている時代だ。だからバセドウになったって、あたしはぜんぜん平気だ。風邪のほうが何日も寝込まないとならないのでまだ大変だと思う。

「さ、どの色にしますか?お好きな色をとってください」

医師はドロップをのせた手を差し出した。どの色にしようかな、そう思いながらドロップを受け取ろうと思った瞬間、あたしは重大なことに気がついた。心臓が急にドキドキして手だけではなくて体中ふるえてきた。言葉もうまくでてこない。・・・バセドウの人は緊張したり興奮したりするとこういう状態になることが多い・・・このまま、このドロップをなめたら、バセドウはなおったとしても、あたしは違う病気になってしまうかもしれない。あわてて、そして必死で医師に向かってさけんだ。

「せ、せんせい!このドロップ手垢まみれなんですけど」

何回も何回も、何人ものバセドウ患者が来るたびにドロップを手のひらに出したりしまったりしていたのだろう。手のひらの上に乗せられているドロップは、医師の手垢にまみれて端のほうが黒く変色していたのだ。しかも、よく見るとすこしとけかかっているものも混ざっている。いくらドロップとはいえ、薬なのだから品質管理と温度管理はきちんとしてほしいものだ。あはははは、と照れくさそうに医師は笑うと、やっぱり机の3段目の引き出しから新しい未開封のドロップ缶をだしてくれた。あたしはそれを缶ごと受け取り、賞味期限を確認して自分でドロップを缶から取り出した。

昔は数値を教えてくれない、病状をきちんと説明してくれないなど病院を選ぶのに一苦労だったらしいが、今はドロップの新鮮さで病院を選ばなければならないのか…。もしかするとドロップの色を選ばせてくれないから違う病院に行くという人もいるかもしれない。ドロップは色によって、イチゴ味だったり、ハッカ味だったり、ふつうのドロップみたいに味が違うのだ。そんなことを考えながら、あたしは、だんだん愉快な気持ちになってきた。家に帰ったら、母に今日あったことを教えてあげよう。きっと「今も昔も病院選びは大切なのね」なんて言っておもしろがって笑うだろう。

無事、新鮮なドロップをなめ、もうバセドウじゃなくなったあたしはスキップをしながら家に帰った。

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いうまでもなくフィクションです。

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