四川長虹集団

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 四川省の電子工業の開発は第一次五カ年計画時代に始まる。ソ連との蜜月時代に取り組まれた156の技術プロジェクトの中には9つの電子技術関連のプロジェクトがあり、そのうちの7つのプロジェクトが四川省に配置された。そのなかで、長虹は軍事用レーダーを生産する工場として設立されたのが始まりである。当時はまだ単なる軍需工場で、家電を生産していたわけではない。
 混乱の文化大革命の時代になり、長虹は転機を迎えることになる。文化大革命の時代になり、生産ラインは停止した。窮地に追い込まれた長虹は、70年代中ごろより、テレビの生産に活路を見出すことになる。これが家電メーカー長虹の始まりである。
 しかし、長虹の歩んだ道は決して平坦なものではなかった。当時流通の確立していない四川に本拠を構える長虹は、当初販売ルートをもたず、一軒一軒、各家庭に訪問販売を行っていたという。
 文革終了後、も苦戦は続いた。当時は世界的な軍拡競争の中、軍需工場でありながらも、家電製品を生産する四川長虹に対して、家電生産を停止するように政府から圧力がかかる。しかし、長虹は家電生産を継続を決定し、政府と対立、国家の保護を得られない状況での、軍需工場から、民需工場への転換を決定する。
 結果的に、政府の束縛を受けなかった長虹はその後大発展を見せる。そして、ついには政府からの評価を勝ち取り、国有企業改革の成功例、モデルケースに指定されるまでになった。90年代、中国は高度成長をみせ、人々は豊かになり、耐久消費財の需要が伸びるとともに、四川長虹の業績も上がり、90年代の家電業界をリードした。
 現在、中国において、テレビの市場占有率はトップであり、テレビの年鑑生産量は1000万台を超え、世界4位の規模を誇る。今後はフォーチューンが選ぶ世界企業500強を目指す。

ここでは紹介のみです。西部大開発のコーナーに四川長虹研究を加える予定です。


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