Hillock カナダ便りNo24

『モントリオール交響楽団のコンサートへ行って 2005‐04』

米国出身の指揮者ケント・ナガノがモントリオール交響楽団で初めて指揮をするコンサートがあった。
彼は前からここではずいぶんの評判で、マーラーの交響曲No3は早くからチケットがソウルド・アウトになった。そのマーラーを聴いてきた。

*同じオーケストラでも指揮者によってこんなに音がかわるのか!と驚いた。 それぞれの楽器の音色が鮮やかに浮かび上がってくる澄んだ清らなサウンドに楽団員一人一人が大切な要員だと改めて思った。 バランスのマジックだろうか?

*フレーズごとに、楽器ごとに物語を話しかけてくるような表現力から、自分の中にイメージが広がり完全に交響曲No3の中に没頭した。

* 合奏であっても一種類の楽器が奏でるそのメローディーのなかに、はちきれんばかりの感情があふれ、それに対し自分も全身全霊で返事をし会話をした。

神経の細やかさと繊細な表現力、それでいて伸びやかな流れはまさに美の世界。指揮する手が拍子のとおり動かないときがあったり、時々大きく身体を動かすがオーケストラのサウンドは大きくならず、次の瞬間大きく響く場面があった。一回目、「?間違い?」と素人目に思ったが、それが何回かあるとこれはエネルギーの動きなのだと分かった。すごい呼吸だ!
ケント・ナガノが日系アメリカ人であることを嬉しく思った。日本から離れて日本を見てみると改めて日本人の感性のすばらしさを認識する。大切にしたいものだ。

指揮者のとても心に残る言葉をパンフレットに見つけたのでシェアーしたい。




「音楽は驚くべきすばらしさを体験することのできる唯一のアートである。ライブのコンサートでは束縛されない自由があり瞬間に理想の世界へ連れて行ってくれる。これは(起こりうること)でなく(当たり前)のことなのだ」

今日、TV, ラジオ、CD, iPodなど音楽を聴くことのできる環境はたくさんある。しかしライブコンサートほど、その場で多くの感情を感じる強烈な瞬間はありえない。『ながら』でなく全ての環境が整うからだ。
私たちは簡単にクラシック音楽を聴いているというが、たいせつなのは単に音楽を聴くことではない。「音楽の表現するものを分かち合うことのたいせつさ」を今までにもまして忘れてはならない今日現在である。

ギロックの音楽観ととっても似ている。やはり心の交流をライブでする環境をもっともっと広めていかねばならないと思った。

Canada便りTopへ