2003Bonne Année2003
初春
今年も楽しい一年になりますように!
Hillock Diary from Canada
クリスマスのできごと
12月20日仏語の学校でクリスマスパーティーがあった。
13カ国から集まった生徒が自分の国の得意料理を持ち寄り,会食をした。
いろいろな味があるがやっぱり和食が一番。誰もが自分の国の料理が一番と思っている。そして他国の料理も楽しんで味あう。音楽の解釈も同じこと。一人一人の個性を大事にしたい。

隣ののクラスは2週間前から「もみの木」をフランス語とルーマニア語で歌う練習をしていた。それでパーティーの前日になって我がクラスもなにか練習して隣のクラスへ披露しに行こうではないかということに決まった。
私は仏語のクラスではいつもみんなの後からゆっくりおとなしくついていくが、いざ音楽となると血が騒いでじっとしていられない。
それで「はじめてのノエル」のメロディーに音階をあわせるのをやってみようと提案した。はじめはなんとなく、皆気恥ずかしそうに小さな声で歌う。しかしきれいにハモれるようになると嬉しくなって、もう一曲することになった。
《家族と離れ、誰も友達のいないカナダへ移住し寂しさと不安がつのる。しかし憧れと夢を追いかけてカナダへ来た。仏語の学校へ通い始めな仲間に出会い、今ではたくさんの友達に囲まれている。これが自分の選んだ道》という歌「Le Carrefour」(十字路・仏語学校の名前) を少し前に作っていたのでこれをみんなで歌ってくれることになった。
モダンなサウンドで音楽を作りたいと思っていた。しかし心の中に繰り返し浮かんでくるメロディーはまるで演歌。まずはじめに試しに歌ってくれたマンスーはイランから来たのでイランの音楽がなんとなく演歌に似ているのでますます演歌にちかずいた!!!!!
前日と当日の二日間で10回ほど練習した。はじめあんなに小さかった声が最後のリハーサルでは皆胸を張って大きな声で歌っている。「ちょっと声が大きすぎるのでもう少し声を小さくしてください」とはとても頼めない勢いだ。
そして、いざ出陣、隣のクラスへ披露しに出かけた。
まず2週間続いている「もみの木」を聴かせてもらった。その後、彼らは「勝利はわれらのもの!」とおおはりきり。それが終わって我がクラスの番が来た。
「はじめてのノエル」のコーラスを聴いて隣のクラスは皆「うゎーきれい!」と驚いた。それに続いてロレン先生がこの曲はヒロコが我らのために作詞作曲をしクラスメイトのマンスー夫妻と一緒に 仕上げました。その曲を今日ここで歌いますと「Le Carrefour」の説明をした。
歌がはじまり、しばらくすると涙を流して聴いている生徒がたくさんあった。終わると皆立ち上がって「ウォーウォー」とはやしたて拍手をしてくれた。進路相談を受け持っているタニア先生はぽろぽろ涙を流しながらやって来て私を抱きしめて両ほほにキスをしてくれた。クラスの皆も、もちろんはじめ歌うのを嫌がっていた生徒も今は皆笑顔で満ち溢れていた。隣のクラスのフランシーヌ先生は私がはじめて仏語を習った先生だからだろうか、言葉がすぐに出でこない。その代わり強く抱きしめてくれた。そしてクリスマス休暇が終わったら全校でこの歌を歌おうと言ってくれた。
今までがむしゃらに仏語を勉強してきた生徒たちも音楽を皆で一緒にすることで、はじめて自分の周りに友達がいることに気づいたのだろ。音楽を通して心を通わせることができて皆とても嬉しそうだった。本当に音楽は魔法のようだ。
クラスでビリの生徒が仏語で歌詞を書き歌を作リ指揮をした。私はまるで自分が『子犬のウンチ』(全音版音楽童話・CDビクター)になったような気がした。ロレン先生はいつも「一人一人違った才能をもっているから」「小さな列車ほど遠くまで走る」「ゆっくりでも何もしないよりずっと価値がある」と励まして私たちを教えてくれる。ギロックと同じ考え方なので私は仏語のみならず教え方も教わることができる。
パーティーが済んで帰る時、いつも真剣に勉強をしている中国の若い女性シェイラが私のところへ来て私を抱きしめ、そして満面に笑みを浮かべて「Je t’aime beaucoupジュテームボク・あなたが大好き!」と言ってくれた。とても嬉しかった。私たち日本人は人に「あなたが大好き!」と言う習慣がないので、この言葉を言うときとても気恥ずかしく思う。しかしこの短い言葉でこんなに幸せな気持ちになれるのならば、私も幸せを分けてくれた人には「あなたが大好きです!」と素直に言えるようになりたいと思った。
「音楽はコミュニケーションするためにある」と教えてくれたギロックにとてもとても感謝した。
安田裕子