HILLOCKのカナダだより 2003.11
Vol.12 2003年8月19日 モントリオール・ジェネラル病院へティータイム・ミュージックの
ボランティアでピアノを弾きに行った。 ピアノの横のソファーでお見舞いにきている人が昼寝をしていた。
邪魔になるかな?と思いつつピアノを廊下へ持ち出し、まずギロックの叙情小曲集をはじめから弾き始めた。
するとその昼寝をしていたおばさんが、
「私は音楽が大好きなの。クラシックは弾けるの?あなたはどんな曲が弾けるの?」とたずねたので、
「聞きやすいシンプルな曲をひきます」、
「誰の作品?」、
「アメリカの作曲家ウィリアム・ギロックです」と答え、またひき出した。
するとそのおばさんはまた私を呼び止めて
「ベートーベンのソナタ・・・は弾けるの?」、
「今日は準備していません」
「それじゃガーシュインの・・・は弾けるの?」、「リストの・・・は?」と立て続けに難しい作品ばかり言うので
「弾けません」と答えると
「背の高いボランティアのピアニスト知っている? 彼は私がどんな曲をリクエストしてもすぐに弾いてくれるわよ!
弾けないなら仕方ないわね、知っている曲を弾いて頂戴。 私は本当に音楽がすきなのだから」
といいつつ、しらけた表情で聞いていた。
とっさにリクエストに応じられなかった自分が情けなく思えた。ましてこのおばさんの目の前で、鍵盤がネタネタして時々なりにくい音がある電子ピアノでリクエストに添えない曲をどうして演奏しようかと思うと体がカチカチになった。
背中がびんびん痛くなった。
「叙情小曲集」をひき終えたころ、そのおばさんは「それじゃ帰るわ」と去っていった。
身体が少し楽になった。「リクエストに答えられないピアニストがピアノを弾いてもいいじゃないか!
好きなギロックをひきたいピアニストがいてもいいじゃないか!有名な曲も初めは誰も知らない曲だった。
そしてひき続ける人があったから今も残る名曲になっているのじゃないか!自分がすばらしいと思う曲は自信を持って弾けばいい!」と自分を励ました。
しばらくして「音楽、楽しんでいますよ、とっても素敵!」とピアノの横の病室から出てきて拍手をしてくれる家族の人があった。ほっと救われる気持ちだった。それからは自分でも演奏を楽しめるようになってきた。
ここで根強い人気の「ラブストーリ」は患者さんと家族の人を若かりしころへ引き戻してくれるのだろうか、
「これを聞くとどきどきするわ」といいにきてくれた。しかし情けなや、こんなときに限ってミスタッチ!・・・・
「ユー・アー・ソ・ビューティフル」「ミスティー」など懐かしい曲を続けて弾いた。
「分かれ道」(自作なのであつかましく毎回ひいている)をひいたとき、いつも来ているボランティアの女性が私の横でメロディーをハミングし始めた。彼女はメロディーを覚えてしまったな・・・しめしめ!とうれしくなってきた。いやなこともあるけどうれしいこともある。「人生プラスマイナスやなぁ・・・」なんて思いながらピアノを片付けた。
帰り、地下鉄の電車の中で急にサックスの音が聞こえだした。ざわざわした車内にホワーッと温かい空気が流れてきた。駅のプラットフォームではよく演奏をしているけど、狭い電車の車中でサキソフォンを吹く人と出会ったのは初めてだ。その若者は長い髪の毛を後ろで束ね、サムエを着てバックパックを背負ってサキソフォンを吹いていた。偶然か、さっき弾いてきた「ミスティー」を演奏していた。心が和んだ。
次の駅で電車を降りなければならないのが残念だった。
HILLOCK
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