Hillockのカナダ便り Vol.10    ( 2003/2 )

The present of St-Valentine

バレンタインのプレゼント

214日バレンタインデェー

夕方飛行機に乗ってシャペイヘ行った。モントリオールからローベルバルへ。そこで給油。何しろ席が16しかない小さなやかましい飛行機。乗った時は機内も外と同じくらい寒くコートに包まっていないと寒くてしかたない。それからシブガム空港へ行く。大体2時間半。

今回の目的はシャペイで催されるスノーモービルのラリーに出場すること。

というと、とてもカッコよく聞こえるがここのラリーは特別なもの。シャペイのスノーモービル愛好家協会が主催するラリーで、古いスノーモービルで参加するほど高いポイントがもらえる。そのポイントと参加者全員がくじを引きそこで得た点数(ビンゴのようなもの)との合計で順位がきまる。参加のルールは二人が一組で参加し、ゴールはいっしょにしないとならない。2台のスノーモービルでも1台に一緒に乗っても良い。パートナーはもちろん、道でてこずっている人を見かけたらお互いに助け合って皆がゴールへたどり着けるようにすること。(特に北国の寒い国では命にかかわるので、顔見知りでも知らない人でも関係なく、困っている人を見たら助けあう)

シャペイは人口2000人ほどの小さな町。今年の参加者は101202名。人口の10%を占める。参加しない人は道端でマラソンの時のように応援してくれる。

およそ50Kmを約2時間半で完走した。

この朝はとても寒く−34度。アウトドア‐スポーツにはちょっと寒すぎる。風や湿度の影響で体感温度−47度だそうだ。この気温の中を時速50km以上で走るのだからどれほど寒いか想像できる。しかし私はまずこの北国でアウトドア‐スポーツをするのにどんな衣装が要るのか分からない。一応スキーパンツに一番暖かといわれるKANUKコート、それにスノーブーツを用意した。こちらへ来て知り合いのダニエルに見せると、とてもこれでは寒さに耐えられないという。それでサイズがちょうど同じくらいなので彼女の衣装を一式貸してくれることになった。ジャケット、セーター、パンツ、くつ、手袋どれを取っても皆私にぴったりで、その上真新しく高価なものばかりで私は大喜び。しかしラリーのとき気づいたのだがこの衣装は彼女の旦那さんとペアールックのもの。その日ダニエルは古いものを着ていた。私はとても恥ずかしい気持ちになった。もし私ならかっこいいペアルックの衣装を友人に貸しただろうか?年に一度のラリーのときに自分は古いほうを着ただろうか?

何も持たない者にとっては古いほうの衣装でも十分ありがたいのに。なのに私がお礼を言うと「貴方に喜んでもらえてとっても嬉しい」と。私はダニエルのやさしさと心配りに心打たれた。

ラリーが始まり走り出した。頭全体を覆うヘルメットをつけないと風が冷たくて耐えられないとパートナーのピエールに教わり窮屈なヘルメットをつける。衣装も重くて、自由に動けないし、まるで相撲取りになったような気分でピエールの後ろに乗せてもらった。ヘルメットをつけても走り出すと、顔が寒いのを通り越し、痛くて痛くて耐えられなくなってきた。「どうしてこんな辛い思いまでしてここの人たちはスノーモービルに乗るのだ!!!!?」と彼らの気持ちが分からなかった。顔はしもやけで赤くはれるし、踏んだりけったり。ダニエルに相談するとこの気温ではヘルメットの下に覆面をしないと耐えられないといって覆面を貸して切れた。又ピエールはヘルメットに風穴があり今までは全開だったので寒かったのだろうから、穴を占めるといいとアドヴァイスしてくれた。それでヘルメットの風穴は全部占め覆面ですっぽり顔を覆い、目だけ開けた。しばらく走ると、息苦しく、暑くて汗が出てきた。酸欠状態でしんどくなってきた。一度ヘルメットをかぶると脱着する時手袋をはずすことから始まるのでたいへんな作業になるが、次のストップでヘルメットを取って付け直すことにした。空気穴はほんの少し開けておくと空気が入ってくるので呼吸がらくになった。覆面も眉毛の5cmほど上まで引き上げた。これならOKだろう。

走り出すとなかなか爽快で気分がよくなった…が5分も経たないうちに体中の熱が発散して寒くて仕方なくなり、スノーモービルを止めてもらった。前のように覆面を眉毛の下まで持ってきた。これでもう一度試してみようと思った。その後ヘルメットにも衣装にも問題なく、心地よくスノーモービルを楽しめるようになった。どれくらい深くかぶれば体温を奪われないか・・・、ほんの5cmの差で命取りにもつながるかもしれないのである。人それぞれ感じ方が違うし、他の人には自分がどれほど寒いかもわからないのである。自分の気持ちは自分しか分からない。いくら良い衣装道具がそろっても、たくさんの方法を教わっても、自分で考えて調節し、自分でそれを使いこなせないと何の役にも立たないことが分かった。

ピアノも同じことが言えると思った。先生の言われるとおりに演奏し、表面は素晴らしいものであっても、演奏者本人が心地よくなければ何も表現していないのと同じではないだろうか? 演奏者自身がいかなる環境でも(ピアノや場所)音を聞きながら自分の思う音楽を作れるように育てていかなければならないのと同じだと思った。

森の中を抜けるとき、針葉樹に雪が部分的に積もり、その重さで木の枝がいろいろな姿を見せる。濃緑と雪の白さで幻想的な世界を描き出している。その美しさに涙が出てきた。

なぜ人はこの寒さにもかかわらず外の世界へ出たいのかがよ−−く分かった。

古いスノーモービルが多いので途中で立ち往生しているチームに沢山であった。グループが協力しながらエンジンを調性したり、ロープでもう一台を引っぱってゆっくりとゴールに向かう姿を見かけた。こんな姿を見るだけで心が温まった。日本で塾に通う生徒から聞いた話をふっと思い出した。「友だちの落とした消しゴムは拾ってあげるな!拾っている時間、自分は損をしている」・・・

このあたりには大きな製材所、発電所、鉱山とモントリオールの町から比べると、ブルーカラーと呼ばれる労働者がたくさん住んでいる。普段はジーンズにシャツといういでたちでけっして流行に左右されることもない。ホワイトカラーがかっこいいといわれる都会を思い浮かべながら、私はここへ来て自然に自ら適応し、何か問題があると自分で機械を調べて自分の手で直し、そして走り続ける人たちがとってもかっこよく見えた。自分のことは自分で解決し前へ進んでいく。そして回りの人たちとお互いに助け合って走り続けるライダー。人は誰でもその人にしかない魅力を持っているものだと思った。

残念ながら我がチームは等外。夜は参加者とその家族が体育館に集まり一緒に食事をした。ケベックの人はよく喋る。自然の中にいるとおしゃべりは大きな楽しみなのかもしれない。

次の日、シャペイにある製材所を尋ねた。寒い日でも外で働いているブラックと呼ばれるこの作業場での人気者に会った。彼はコンピューターとはかけ離れた生活を送っているので、オフィスで働く人たちが冗談でコンピューターに彼の写真をインストールし、彼の行く所はどこでもコンピューターで調べられると寸劇をうった。ブラックはその冗談を信じ込みコンピューターをとっても恐がっているという。そんな話をきいたときなんて素朴な人だろうと思った。昼過ぎに彼の作業場へ行った。するとダンボールの箱に顔の絵を書いて、それをかぶって迎えてくれた。朝からずっとそれを用意して待っていたそうだ。私はその歓迎がとっても嬉しかった。自分の中に失いかけていた大切なものを思い起こさせてくれたようにやさしい気持ちになった。「小さなことが人を幸せにできる」というが本当だなと思った。

  


音楽にはいろいろな世界がある。激しい競い合いの世界もある。しかしこの「ミノン(古いスノーモービル)」と呼ばれるラリーのように古いものでも参加でき(老若、上手い下手関係なく)、チームで力を合わせながら困難も乗り切り(自分の力で自分の音楽を作り出し)、皆で助け合いながら皆がゴールにたどり着ける(他の人の才能をお互いに尊重しあう)そんなギロックの世界を世界中に広めたいと心に誓った。

Hillock

 Canada便りTopへ